【詩を食べる】ゆふ空から(種田山頭火)/心ほぐれる、さといも柚子味噌煮
詩のソムリエによる、詩を「味わう」ためのレシピエッセイです。今日紹介するのは、種田山頭火の無季自由律俳句を味わうレシピ。放浪をつづけた彼の、そぼくな喜びを一皿に表現しました。
柑橘をいただく。すると、持ち帰ったお部屋に、香りがふわりと漂う。
6年前。
新社会人になって、大好きな友人たちに見送られ、誰一人知り合いがいない町に引っ越した。
友人のひとりがくれた大きな文旦。新しいがらんとした部屋の片隅においておくと、きいろの文旦のある空間だけがポッと生気を放っていた。
柑橘類には、ふと心をゆるめ、生き返らせるような力があると思う。
ひとりでいるときほど、弱っているときほど。
ひとりの心に、ほっとする美しさ
そんな心細いなかに明かりが灯るような俳句がある。放浪の俳人・種田山頭火の一句だ。
ゆふ空から柚子の一つをもらふ
昭和7年10月、山頭火は50歳。43歳からはじめた放浪の旅にいったんの終止符を打ち、小郡(現・山口市)の其中庵に落ちついたばかりの頃の句。
庭に柚子の木があったらしい。
日記には、次のように句が記されている。
ゆふ空から柚子の一つをもぎとる
そして、この句を第二句集『草木塔』に入れる際、「もぎとる」を「もらふ」と直したらしい。
落ち着いて文字通り地に足がついた暮らしをしはじめたころ、こんなふうに記している。
……私もだんだん落ちついてきました、そして此頃は句作よりも畑作に身心をうちこんでをります、自分で耕した土へ自分で播いて、それがもう芽生えて、間引菜などはお汁の実としていたゞけるやうになりました、土に親しむ、この言葉は古いけれど、古くして力ある意義を持つてゐると痛切に感じました。……(十月十二日)
家庭菜園をしていると、「土に親しむ」ことの喜びや新鮮な驚き、そしてなんともいえない安堵などいろんな感情が押し寄せてくるもの。
「ゆふ空から柚子の一つをもらふ」
そのなかで生まれたこの句もまた、そういった自然な感情からふと溢れ出たものに響く。「ゆふ空」「柚子」の色合いや、「もらふ」という字面がやさしい。
10歳のときに母親の自死にはじまり、実家の経営難や父の蒸発、弟の自死、離婚など、「そりゃ放浪もするな…」となるくらい憂愁多き人生を送った山頭火。
まつすぐな道でさみしい
分け入つても分け入つても青い山
さみしさ、心細さが彼の句のベースに漂っている一方で、前掲句はようやくほっとした気持ちが宿っている。そこに、柚子という柑橘はあかるい、清々しいものとして存在感を放っている。
心ほぐれる、さといもの柚子味噌煮
この句を味わうのは、さといもをやわらかく炊いて白味噌とあわせた一品。
地味だけれども、ほっと心をなごませ、柚子の香り高さを味わえる。かなりの酒飲みだった山頭火にもよろこんでもらえる味だと思う。
材料(二人分)
・里芋 5.6個
・だし2カップ
・砂糖、酒、薄口醤油 各大さじ1
・白味噌、だし 適量
・柚子
作り方
①里芋はよく洗って皮をむき、面取りをする。
②水から里芋をゆでこぼす×2回
③だし、砂糖、酒、うす口醤油で里芋を煮る。
④白味噌とだしをあわせておく。(写真くらいの濃さを目安に)
⑤ゆであがった里芋に、④をあわせ、ゆずの皮を散らす。
(ゼスターやおろし器を使用して細かく砕く)
ていねいな工程をたどるうちに、なんだか心が落ち着いてくる料理である。口にいれると柚子の香り、だしのやさしい味わい、そしてとろけるようなやわらかさに笑みがこぼれる。
作者について
種田山頭火(1882−1940)山口県生まれ
▼どんな俳人?
大正・昭和の俳人。季語や五・七・五という俳句のルールを無視し、自身のリズム感を重んじる「自由律俳句」を詠み、多くの人に今なお愛されている。
▼憂愁深い人生
10歳のころ、父の芸者遊びを苦に井戸に母が投身自殺し、その遺体を目撃したことが生涯暗い影を落とすことになる。
10代から俳句をはじめ、28歳のとき「種田山頭火」を名乗って文芸活動を開始。30代なかばには実力が認められ俳句誌の選者の一人になるが、翌月に実家の「種田酒造場」が倒産。父は家出し、兄弟は離散、山頭火も熊本に妻子を連れて逃げる。その後、商売をはじめるもうまくいかず、弟の自死や生活苦もあり、市電に立ちはだかって死のうとしたところを助けられて禅寺へ入れられた。
これを機に出家し、この頃亡くなった漂泊の俳人・尾崎放哉の世界に共感し放浪の旅をはじめる。施しを受けながらの旅(行乞)を七年間も続け、その中で多くの句が生まれた。50歳のとき其中庵に落ち着き、その後も放浪して57歳で逝去。辞世の句は「もりもり盛りあがる雲へあゆむ」。
↑ほんと…父ちゃんひどい…
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きょうもすてきな一日になりますように。