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元気がない日には本格カレーを

なんだかちょっと風邪気味で、つられて気持ちも元気がない。

気分転換に、たまにはカフェランチでもしちゃおうか。そう思って外へ出た。が、炎天下を歩くうち、気が変わった。

“いや、ちがうな。これは……、暑い国のものを食べなあかん!”

ひとりもくもくと歩きながら、脳内でひびくエセ関西弁に背中を押され、進路を変えた。

* * *

かくしてカフェでの優雅なひとときはまたの機会に先送りし、以前見かけて気になっていた路地裏のカレー屋さんへと足を運んだ。

平尾から薬院の間には山荘小路といって、雰囲気よさげな小さなお店が集まっている一角がある。この前行った無花果タルトのカフェもそこにあるもの。そのときはごはんを食べたあとだったので寄らなかったのだが、「ぐぐカレー」の看板がなんともかわいらしくて気になっていた。

外から見えるこじんまりとした店内のようすに、常連さんばかりかしら、とちょっと緊張する。でも迷いはない。エイッと勇気を出して戸を開ける。

わたしが行った平日のお昼すぎは、店主らしき男性と、スタッフさんらしき女性の方がひとりでやっていた。

プライベートでも知り合いらしきおじさんと店主が、なにやら楽しそうに話している。だれもいなければ店主へいろいろと話しかけてしまうところだが、今回は先客があるのでとりあえずおとなしくメニューを眺めた。

* * *

初めてなのでメニューについて聞いてみる。店名そのものの「ぐぐカレー」というのは激辛で、それ以外のカレーならば辛さの調節が効くという。ひとつひとつスパイスを調節しているからできることだなあ。

激辛を食べる気分ではないので、チキンカレーとスリランカカレーで迷う。スリランカカレーはココナッツミルク使用というので、タイカレーも好きな自分は気になってそちらを選択。単品でもいいかなあと思いつつ、心の回復のために、思い切ってサラダとプリンがつくセットにした。1100円。

水を飲みながら、店内をぼーっと眺めて待つ。

店内はL字型のカウンター席のみで8席ほど。木を基調としたナチュラルな感じが心地いい。店主もスタッフさんも服装はモノトーンで統一しているのか、黒の帽子に白シャツ、黒のエプロンやボトムスでスタイリッシュな感じだ。

店主は鍋の前でカレーにスパイスを加えたりしながら、味をみている。観察していると、提供するひとさらひとさら、味見をしているようだ。辛さ調整もできるというから、その都度味を仕上げているんだな。時折、小さな器にスパイスらしきものを入れて砕いたりもする。

ついたてがなく準備するようすがよく見えるカウンター席って、待つ時間もたのしくて好きだ。そして、飲食店として、お客に嘘がつけない配置だよなあと思う。自信があるんだな、とも思う。それ自体、初めての店に入りたくなる要素のひとつでもある。

スタッフさんが手際よくサラダを和えている。なにやらそちらにもスパイスをかけている。

* * *

そんなことを思いながらカウンターの内側を眺めつつ待っていると、その調理場から「お待たせしました」とサラダが提供された。

第一印象、「あ、おしゃれ」と思う。そして「セットにしてよかったな」と。いろいろなお店でセットメニューというのはあるけれど「サラダ付き」「スープ付き」というのは当たり外れが激しいと思うのはわたしだけだろうか。

「サラダ付き」を選択して、出されたサラダが「市販のカット野菜(しかも乾き気味)に市販のドレッシングをかけただけ」か、それに申し訳程度にトマトが添えられているだけのものだったとき、がっかりする。しかもそれはよくある。または、「グリーンサラダ」と格好良く言いつつ、ちぎったレタスにドレッシングかけただけ、とか。

だから、「セット」の「サラダ」にこだわっているお店はわたしの場合、それだけで好印象だ。

角度も探さずに正面から撮ってしまったばかりに後悔しかないが、パシャパシャ撮るのも嫌だったので、この一枚だけでぐっ……と我慢。きゅうりの後ろには、キャベツや人参の和えものに、スパイスがふりかけられたものが盛り付けられている。カメラをしまいながら、いやそこ撮れよ自分!と激しく思ったが、撮りなおすよりも食べるほうを選んだ。

手前にあるれんこんや人参はピクルス。こちらもスパイスの風味がしみていて、インパクトのある味。そしてきゅうりの後ろの和えものがまたおいしかった。全体的にスパイスの香るサラダ。インドカレー屋さんならではのサラダだな、という感じがしてうれしい。ていねいな姿勢に、カレーへの期待感も高まるというものだ。

んー、セットにしてよかったなー。野菜好きな自分は、カレー屋でカレーを食べる前にすでに満足している。

***

食べ終えてまたカウンターのなかをぼーっと眺めながらしばらく待っていると、スリランカカレーがやってきた。

これは……、初めて見る感じだな。形状はさらさらとしたスープ状だ。

さっそく口に運んでみる。うん、スパイスが効いていて、おいしい!おいしい……。でもこれなんて形容するんだろう。何みたい、と言えないぞ。なんだろう、初めての感じだ。

職業柄、けっこう食べながら「これどう書いたら伝わるかな」と考えながら味わっていることが多いのだが、めずらしく言葉が出てこない。

いや、それらしいことを言うことはできるのだ。「スパイスの複雑な奥行きがあって、ココナッツミルクの甘みとまろやかさがその刺激を絶妙にやわらげてくれる」とか。「ココナッツミルクを使っているけれど、タイカレーとはまた違い、あきらかにインド系統のカレーとわかる香り」とか。

どちらも確かに嘘じゃないし、実際わたしの貧弱な語彙と経験からしぼりだすのはたぶんそれが限界なのだろう。

せめてスリランカに行ったことがあったなら、「スリランカの食堂で食べたあの味を、その店内の喧騒とともにありありと思い出した」とか言えたのに! 

そんな謎の悔しさを抱えて、おいしい、うまく表現はできないけどとりあえずおいしい、と夢中でカレーを食べる。

食べているうちから、からだが内側からポカポカとして鼻水が出そうになってくる。古くは漢方が由来とも言われるカレーのスパイスたちが、風邪気味のわたしの体内でさっそくはたらいてくれているのだろうか。よしよし。

* * *

デザートはプリン。

え、そこはプリンなんだ!とちょっと思ったが、インドのスイーツって激甘すぎるイメージなので、食後のデザートはジャパンナイズド歓迎である。

スタッフさんが型で冷やしたプリンを取り出し、細い棒でクルリ、とプリンの周りを一周させて空気を入れ、カパッ、と皿に出してくれた。

さらさらしたカラメルソースに、手作り感があってうれしい。

そして、この金属皿とかいちいちかわいい。カレー屋なのに。カレー屋なのにセットメニューの細部にまでこだわってくれるの、好きだよ。

しかも味だけじゃなく、その盛り付けまで。カウンターだけのカレー屋なのに女性来店も多いというのがわかる。わかるぞ。

* * *

ごちそうさまでしたといって、昼下がりの道ばたへ出た。

相変わらず、この街は暑い。

でも暑い国のものを食べて汗をかいたから、いまの自分はなんとなく大丈夫、な気がする。大丈夫、暑さとたたかってない。暑さを認めて、ふさわしいことをしている。

ひとまず気持ちだけはだいぶ元気になって、ゆっくりと帰り道を歩いた。

(おわり)

P.S.ちなみに、その日の夜には体調が回復したのを感じた。朝にはのどにあった違和感がなくなったのだ。もちろん病は気からというのもあるだろう。でも、胃腸の動きを整え、からだを温めるというカレーの漢方効果もあながちあなどれないかもな。そんなことをちょっと思った。

P.S.2 後日、別のインドカレー屋に行ってカレーを食べたとき、比較してようやく特徴がわかったような気がした。なんというか、ぐぐカレーのスリランカカレーは、「スパイスが立っている」ような気がしたのだ。調合されたスパイスひとつひとつの味と香りがしっかり感じられて、舌の上で主張してくる感じ。別店のインドカレーは煮込まれて完全に一体化している感じだったので、なるほど!と思った次第。

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info

「ぐぐカレー」
福岡県福岡市中央区平尾2-17-21 メゾン山荘
070-6595-1477
※平尾駅と薬院駅の間くらい。山荘小路の一角に。

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小中ぽこ(ぽこねん)
自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。