3日後に命運が決まる、パルワールドという偶然の物語
1. 金さえあれば、面白いゲームが作れる訳ではない
クラフトピアを開発してから3年間、パルワールドというゲームを作り続けてきた。
それがようやく3日後、リリースされる。
ここまでの道のりは長かった。
振り返ってみると、凄く回り道をしてきた気がする。
する必要のない失敗の連続だ。
知っていれば、躓く必要のない場所で、何度も躓いた。
業界の専門家なら、知ってて当たり前の事を、知らなかった。
私たちは素人の集団だったからだ。
「これ、どうやるんだろう?」
全てが分からない事からのスタートだった。
でも、その回り道が、人の縁を作り、今のチームを作った。
業界慣行に縛られない作り方が出来たのは、素人集団だったからだ。
もし、私たちポケットペアという会社が、ゲーム業界出身のプロフェッショナルの集団で、資金調達を行い、キャッシュリッチな状態だったら、パルワールドというゲームはこの世に生まれなかっただろう。
金さえあれば、面白いゲームが作れる訳ではない。
2. リリース出来なかった、最初のゲーム
実は私たち、ポケットペアが最初に作ったゲームは、世間へリリース出来なかった。
2年掛けて開発したが、パブリッシャーが見つからなかったのだ。
今からもう8年前の話になる。
2016年頃、まだ私が27歳だった頃。
私はまともにゲームを作った事は無かったが、面白いゲームを作れる自信だけは、なぜかあったので、大学の後輩である@weray166と一緒にモバイルゲームを作り始めた。
彼は、そのゲームの開発に本気で取り組む為に、新卒で入社した大企業を1か月で辞めてくれた。
私は新卒で入社したJPモルガンをやめるのに、あれこれ悩んで3年掛かった。彼はたった1ヶ月で辞めた。優秀なヤツほど、会社をすぐ辞める。
彼は私よりも優秀だったのだろう。
私たちは、初めての本格的な商業ゲーム開発に、死ぬ気で取り組んだ。
ゲームの面白さの追求には、一切妥協しなかった。
彼は何度もゲームを作り直しながら、革新的で面白いゲームを作ってくれた。数多くの困難があった。プロトタイプも、1日で作っては、すぐにボツにした。
毎日プロトタイプの山が積み上がり、ほとんどがボツになっていった。
途中でcocos2dxからunityへの開発エンジンの変更も行った。
3Dゲームを作るなら、Unityに切り替える強い必要性を感じたからだ。
既存のコード資産やアセットはすべて破棄した。エンジンの扱い方も全てゼロからだ。
モチベーションも下がる。エンジンを切り替える事で新しい物を産み出す訳ではないのだ。
大変な困難を伴ったが、何とかやり遂げた。
そこから2年。
私は今の会社の取締役になる人と出会い、一緒に色々なゲーム会社へ持ち込みをした。
パブリッシャーになってもらい、お金を調達し、プロトタイプから本開発へ移行する為だ。
ゲームの面白さには自信があったが、作ったプロトタイプがどうビジネスになるかはまだ分からなかった。
でも、主要なゲーム会社を全部当たれば、まあ1社ぐらいは引っ掛かるだろうと思っていた。
1社目。温かく迎えてくれて、レビューをしてくれた。企画やプロトタイプの細かい問題点を指摘してくれたので、持ち帰って対策し、再度資料を作成した。
開発メンバーには
「反応は良かったよ!ここを改善しよう!」
と伝えた。
並行して、2社、3社にアポを取り、企画とプロトタイプの持ち込みをした。
どの会社も、反応は悪くない。
「これはイケる!」
と思い、各社のフィードバックを対応しながら、社内で待つメンバー達にポジティブな感想を伝えた。
しかし、当然簡単には決定しない。企画の最終決定には、各段階で承認者からのレビューを受ける必要がある。
そして各社と繰り返しミーティングをしていく中で、だんだん本質的な問題が、企画の内容やプロトタイプの内容ではない事に気付く。
どの会社も言う事は大体同じだった。
「おお、プロトタイプとは思えない出来ですね。で・・・」
「会社の成り立ちは?経歴は?」※1
「予算は?」
「座組は?」 ※2
「IPは?」 ※3
自社の取締役から事前にアドバイスを受けていたので、聞かれそうな事は全てスライドに盛り込んでいた。
万全の準備が出来ている。
シナリオとしては悪くない説明がきちんと出来ていたと思う。
しかし、一通り聞かれ、話を詰めていった結果は、大体こうだった。
「ちょっと弊社側の体制を踏まえると難しいですね。」
「IPが無いとちょっと難しいですね・・・。」
「遊びの新規性だけで戦うには、少し厳しい。」
「引き続き、状況が変わったらまたご相談させて下さい。」
どこも、言及するのはゲームの具体的な内容ではない。
プロトタイプに触りもしない会社もあった。
彼らが気にしているのは、座組や予算や開発計画など、ゲーム以外の事だ。ゲームの手触りより、重要な事があるのだ。
ゲームのここが悪い、と指摘されるなら、改善のしようもあるが、ゲームの内容以外の開発体制の話は、社員が3人しかいない会社にとっては、解決出来る問題ではなかった。
段々、断られる会社の数が増えていく。
2社、3社。並行して、5社、6社。
開発メンバーには
「惜しかった!次は行けると思う!」
とポジティブに伝えていたが、5社ぐらいに断られ始めると、段々彼らも察していたと思う。
断られるたびに、ゲームのプロトタイプをさらに磨いた。
内心、意味がないかも知れないと思いながらも、改善は続けた。
資料もその度に作り直し、細部を詰めていった。
資料のデザインもどんどんアップデートしていった。
資料のクオリティばかりが上がっていた。
結果として10社以上の会社を巡った。取締役が人脈を駆使してアポを取ってくれた。
「今度こそは行けるかも知れませんね!」と軽い足取りで先方へ赴き、重い足取りで帰っていった。
最後の数社の結論が、ある日、メールで届いた。
結果、全ての会社に断られた。
何社か惜しい所まで行ったと思うが、結局ダメだった。
パブリッシャー側の社内体制の変更や、個別の事情があったんだろう。
他のメンバーはやはり少し落ち込んでいた。
私は、落ち込むというよりは、ゲームビジネスの根源的な部分を、嫌なほど肌で実感した。
ゲームビジネスというのは、根本的にリスクが高いビジネスだ。
大ヒットする時は大きな利益が出るが、ヒットしない場合は、ほとんど回収できない。
根本的にハイリスク・ハイリターンのビジネスだ。
そして肝心の、ゲームがヒットするかどうかは、実は事前にはほとんど分からない。ヒットする確率すら、見積もることは難しい。
そして大型タイトルほど、事前に分からない事がさらに多くなる。
だから、せめて「分かる」場所を増やそうとする。
「分かる」場所とは、つまり、実績だ。
「実績のあるパブリッシャー」が
「実績ある開発会社」と
「実績のある絵師やシナリオライター」と組み
「実績のあるジャンル」で
「実績のあるゲームデザイン」のゲームを作る。
これが事前に「ヒットするかどうかが分かりやすい」ゲームなのだ。
ソーシャルゲーム業界が、IPを活用したゲームにシフトするのも、理解出来る話だった。
ここまでしても、ヒットの確率は50%も行かない。厳しい世界だ。
そんな中で、どこの馬の骨とも知れないぽっと出の開発会社を使うメリットなど、ほとんどない。
要するに
「実績のない開発会社」が
「実績のないゲームデザイン」で
新規性のあるゲームを、数億円貰って開発するのは無理がある、という事だったのだ。
色々な反省はあるが、答えはシンプルだ。
身の丈に合わない事をしていたのだ。
身の丈に合わないだけならまだ良い。
身の丈に合わない事を、他社にリスクを背負ってやって貰おうとしたのだ。
そんな虫の良い話はない。
ちょっと面白いプロトタイプを作れるぐらいの会社がやるには、大きすぎるビジネスだったのだ。
3. 自分たちの命運は、自分たちで握る
企画が通らず、ゲームがリリース出来ないのは、本当に残念だった。
全力を尽くして、尽くして尽くして、考え抜いたゲームは、リリースすらされなかった。
その事実に目を背ける訳には行かない。
2年間頑張って開発し、議論を尽くし、10社以上巡って突きつけられた現実だ。
そこから、考え方を変えた。
ゲームの内容に自信はあったのだ。
不遜な考え方ではあるが
俺たちのゲームを、評価出来る会社は残念ながら、ない。
プロトタイプで、売れるかどうか判断出来る会社は、世の中にない。
そう考えるようになった。
自分たちが面白いゲームを作れるという事は信じ抜いていた。
でも、その面白いゲームのポテンシャルを見抜ける人は、世の中に居ない。
見抜ける奴がいないなら、仕方ない。
自分たちでやるのだ。
自分たちが本当に面白いと思うゲームを、自分たちのお金で、自分たちでリリースするのだ。
まずは、自分たちで管理できる範囲のゲームを作る。
失敗したタイトルは、想定予算数億円以上のタイトルだった。
その規模になると、他社から資金を調達しなければならない。
それでは、また同じことの繰り返しだ。
小さくても良いから、自分たちで全部作る。そして自分たちでリリースするのだ。
モバイル市場は開発開始から2年経った当時、さらに競争が激化し、完全なレッドオーシャンになっていた。ここで広告費無しで戦える気はしなかった。
そもそも、よくよく考えてみると、自分たちが趣味で遊んでいるゲームは、「Steam」というPCゲームプラットフォームの物だった。
Steamでゲームを自分たちでリリースすれば良い。
そう気付いて、当時大好きだったSlay the Spireとクラッシュロワイヤルを組み合わせた、オーバーダンジョンの開発をスタートした。
約半年で作り、アーリーアクセスとしてSteamにリリースした。
様々なユーザーから、多くの反響があった。
初めての経験だった。熱意のあるユーザーたちから、大量のフィードバックが来た。
自分たちのフィールドはここだと確信した。自分たちで、Steamでゲームをリリースすればいいのだ。
その後、株式会社ポケットペアという会社は今までに3本のゲームをリリースした。
全てSteamというプラットフォームに自分たちでパブリッシングしている。
1作目で、よく分かった。どんなに良いゲームを作れるとしても、身の丈に合わないことはするべきではない。
自分たちで作れる範囲の物を、自分たちでリリースすれば良いのだ。
面白さに自信があるなら、それで良い。
そうしてリリースされてきたのが、これらのゲームだ。
そして3日後、ここに新たに1本、私たちの代表作となる作品が加わる。
今までの失敗や苦労、反省を活かし、ゼロから新たにチームを組成し、本当に面白い物を作りたいという気持ちで作った、集大成のゲームだ。
それが「パルワールド」である。
パルワールドのリリースに至るまで、様々な経験をした。
各ゲームで、それぞれ新しい事を学び、人の縁を作っていった。
どのゲームが欠けても、こうはならなかっただろう。
4. パルワールドという偶然の物語
リリースされなかった幻の1作目が無ければ、オーバーダンジョンは生まれなかった。
オーバーダンジョンが無ければ、クラフトピアは生まれなかった。
クラフトピアが無ければ、パルワールドは生まれなかった。
そして、どのゲームも、本当に大変な困難を伴いながらリリースされた。
幻の1作目も、本当に何度も作り直した。プロトタイプは下手したら20個ぐらい作ったかも知れない。喧嘩・・・というか、意見の相違の議論も、何百回もした。
どうしても解決困難な問題にも必死に取り組んだ。
そしてそれは、報われなかった。
オーバーダンジョンも苦労した。Steamへゲームを公開するのが初めてだったので、何から何まで分からなかった。リリース後は、毎日アップデートを繰り返した。
やれば分かるが、死ぬほど大変だった。
パブリッシャーと初めて交渉もした。契約も行った。上手くいかないことも多かった。
結果論で言えば、失敗だったと思う。
クラフトピアも大変だった。そもそも最初はバトロワを作ろうという話だったのだ。ゲームの方向性は全く決まらなかった。
バグだらけでのリリースだった。リリース後はやっぱり毎日アップデートを行った。死ぬほど疲れた。
テストで致命的な不具合が出る度に、デプロイし、告知を書き直した。
それでも、プレイヤーのみんなが支えてくれたから、なんとかゲームとして成立した。
そして、満を持して迎えたパルワールド。
ゲームを何年も作ってきて、自分たちなりには学んだ事は沢山あった。
でも、パルワールドもやっぱり「正しいゲーム開発」からはかけ離れた作り方になったのだった。
結果から振り返ると、パルワールドが今完成し、こうしてリリース出来るのは、本当に奇跡だ。
運が良かったというしかない。
こんな進め方、こんな作り方で、よくこんなに凄いゲームが完成したなと思う。
「正しいゲーム開発」の対極を行く作り方だ。
沢山の奇跡に支えられて、今のパルワールドがある。
ここには書けない奇跡も沢山ある。
そもそも論として、ディレクターである幸太郎さんが応募してきてくれたのもほぼラッキーだ。
元々彼は、ネットイースに行くつもりだったらしい。
でも、Twitterで募集をたまたま見て、軽い気持ちで連絡したらしい。
結果として、彼がパルワールドをディレクションした。
こんな話がいくらでもある。
運が良かったとしか言いようがないが、一方で、面白いと信じて作ってきたゲームタイトルが、人の縁を繋いでくれたと言っても良い。
本当はもっともっと沢山の奇跡に支えられているが、いくつかピックアップしてみた。
奇跡1: 20歳のコンビニのアルバイトで業界未経験者が、若手のエース。
奇跡2: UnityからUnreal Engine 4へのエンジン移行に成功した。既存のコードは全て破棄した。社内にUE4経験者は1人もいなかった。
奇跡3: モンスターを100体以上作った。モーション経験者は社内に1人もいなかった。
奇跡4: 予算管理しなかった。ギリギリ完成した。10億円ぐらいかかった。
奇跡5: 書類選考で不採用にした新卒が、最も重要なポジションになった。
奇跡6: パルワールドが、めちゃくちゃ面白いゲームに仕上がった。
奇跡1: 20歳のコンビニのアルバイトで業界未経験者が、若手のエース。
パルワールドは若手に恵まれたプロジェクトだ。
社員数10人程度の会社に、優秀な新卒は普通、応募して来ない。
そんな人材は仮に来たとしても大手に取られてしまうし、新卒でこんな会社に来る理由はないだろう。
では、なぜ恵まれたのか?
たまたま採用したメンバーが、たまたま異常に優秀だっただけなのだ。
パルワールドの最も重要な要素の1つが「銃」だ。
日本ではバトロワの大流行と共にFPS/TPSが流行り始め、だいぶ市民権を得たが、そもそもグローバル基準で考えるとヒットしているゲームはFPSが圧倒的に多い。
こんなにRPGばかりを作っている国なんて、日本ぐらいなものだ。
パルワールドの企画の最初期から、FPS/TPS視点で「銃で撃つ」遊びをメインに据える事は決定していた。
しかしここで大きな問題がある。
前述した事情から、日本国内で銃ゲーを作った事のある経験者を採用するのは、かなり難しいのだ。
逆に思い浮かべて欲しい。国産のFPS/TPSがあっただろうか?
私がかろうじて思いつくのは「バイオハザード」ぐらいだ。しかも銃メインのゲームとはあまり言わないだろう。
「地球防衛軍」はちょっと特殊だし、まあそんなピンポイントな経験者採用、無理だろう。
私はとても困った。もちろん全員素人でもそこそこの形にはなるだろうが、出来ればFPS/TPSゲーム制作の経験者が居て欲しい。
しかし日本人で採用出来ないのならば、外国人でFPS/TPSゲームの制作経験者を海外から採用するしかないが、現状のチーム体制では英語しか話せない人材の受け入れは現場的に難しいだろう。
そもそも、チーム内に銃に強いこだわりを持つ人もいない。
私も別にこだわりはない。AK-47ぐらいは知っているが、口径の話やらなんやらが出てきたらお手上げだ。
どうしたら良いか分からなかったが、とりあえずいつも通りTwitterを巡回する事にした。
テーマを銃に絞り、Twitterでひたすら検索を掛けてみる。
そうすると、1つ、変わったアカウントを見つけた。
「この人、銃のリロードモーションの動画ばかり挙げている・・・・」
しかも、全てのツイートが英語だ。ハッシュタグのみ日本語だ。
英語のレベルは、ネイティブ級では無さそうだが、かなりカジュアルで慣れている英語だ。
少なくても日本人が書く学校英語ではない。スラングもある。
外国人か?ドルフロが好きで英語が堪能だとすると、中国人か韓国人・・?しかしツイートに簡体字やハングルはない。
何にせよ、銃は好きなんだろう。
日本に住んでいる確率は低そうだが、藁にも縋る思いだ。
問題は銃のリロードアニメーションに異常に拘りがあり、ひたすら動画を上げているという事だ。
まあちょっとというか、絶対、変な人だろう。
(ひどい偏見だった)
しかし、そういう人が欲しいのだ。銃に限らず、何かに異常に拘りがある人とは、大体変わった人だろう。それぐらいがちょうど良い。
パルワールドは銃に拘りがある人に是非作って欲しい。
まずは連絡してみよう。
早速伸びているツイートにリプライとDMを送ってみた。
英語で送るか悩んだが、日本語で返ってくるなら日本人確定なので、まずは日本語で送ってみた。
すると、すぐに返事が来た。
一番気になったのは、ゲーム業界経験者かどうかだ。
流石にこれだけのクオリティの動画を上げているのだし、FPS視点でのリロードモーションの動画を上げているのでおそらくゲーム業界経験者だろう。
しかし、ひょっとしたらアニメ業界や、CG業界かもしれない。
この辺りは業界が近いので、成果物だけ見ても特定は難しい。
依頼するならゲーム業界の経験者が当然良い。
一番知りたい疑問を率直に訪ねてみると、すぐに返事が来た。
ええ・・・
経験ゼロとはどういう意味だ?趣味?
「ゲーム会社等」という質問が悪かった可能性がある。
ゲーム会社での経験はゼロで、アニメ、CG業界、またはその他の業界でCGアニメーションに携わっているのかも知れない。
念の為、どこの会社に所属しているかの質問をしてみた。
すると・・・・
「フリーター・・????」
「趣味・・・・????」
おいおい、どうなってるんだ。こんな人、世の中にいるのか。
すぐにアポを取り、話を聞いてみる事にした。
早速Google Meetで話を聞いてみた。便利な時代だ。
話を聞いてみると、本当に業界経験がなく、今は北海道のコンビニでアルバイトをしているらしい。
アニメーションやツールの使い方は全てyoutubeを見て独学で覚えたらしい。
恐ろしい・・・独学でここまで行くのか・・・。
英語に関しては、FPSをプレイしていたら自然と覚えたらしい。
日本人のほとんどが大学生まで10年間以上勉強しても習得出来ない英語を、FPSをプレイしているだけで覚えるのは、正直普通ではない。
(なお、入社後、writingだけではなく、reading, listening, speaking, 全てが十分出来る事が分かった)
彼の実力を見る為に、開発中の動画を提供し、改善点を聞いてみる事にした。
すると、まずシフトの心配が来た。本当にコンビニでアルバイトしているようだ。
忙しそうで大変だ・・・。
送った時間が夜の20:12だったので、流石にバイトで忙しそうだし、こんな時間に送ってしまい悪かったな、今日は返事が来ないかなと思っていた。
しかし、25分程度で、以下の返事が来た。
これは本物だ・・・。
25分でこの返事は、普通は書けない。文章から熱意が滲み出ている。
しかも初対面で、これだけの指摘を物怖じせずに突っ込んでくるのは凄い。
指摘内容も妥当性があるものだった。
間違いなく日頃からFPSを大量にプレイしていて、かつ銃のアニメーションに拘りがある人間だろう。
こういう人が欲しかった。こういう人と一緒に銃のゲームは作るべきなんだ。
インターネットはいつも持たざる者の味方だ。
すぐに業務委託契約を行った。驚いたのが、彼はまだ20歳だった。しかも、中卒だ。
20歳で、独学でインターネットを使いアニメーションのスキルを身に付け、趣味で銃のリロードアニメーションをひたすらYoutubeとTwitterにアップロードしていたのだ。(しかもその再生数は数十万回を超えている)
なろう小説かよ・・と内心思いながら、これが現代の優秀な若者なのか、と戦慄せざるを得なかった。
すでに2Dアート側でも天才を1人採用していた(奇跡5参照)ので、そういう時代なんだろうと納得することにした。
業務委託契約を行い、リモートで1か月程度一緒に働いたが、業界未経験で、UE4もまともに触った事もないはずなのに、彼の覚えは早かった。
彼は物腰も丁寧で、覚えも早く、積極性も高かった。こんな若手は、小さい会社では普通は取れないのだ。
すぐに社内で、彼にフルタイムで働いて欲しいという話が出た。
優秀な若手なので当然だ。コンビニのアルバイトであろうと、20歳であろうと、中卒であろうと、ゲーム業界では昔から関係ない。
いや、今の成熟してしまったゲーム業界では、残念ながら関係あるのかも知れない。
しかしポケットペアでは関係ない。実力さえあれば良い。
早速彼に連絡してみた。
彼に連絡したところ、私の言い方も少し回りくどかったのかも知れないが、何が起きているか理解出来ていないようだった。
直球で、社員になって欲しいと伝えることにした。
すぐに話はまとまったが、その後、親に話したら、不安がられたそうだ。
落ち着いて考えてみると当然の反応だ。
突然、20歳のゲーム業界未経験の中卒でコンビニのアルバイトをしている息子に対して、東京の無名の小さなゲーム会社から「正社員として採用したいから北海道から東京に来てくれ」と言われたら、普通は怪しい詐欺を疑うだろう。
また、彼自身も不安だろう。彼にとっても全く同じ話だ。
彼の希望により、まずは2週間~1か月程度、東京に来て、実際にオフィスで一緒に働く事にした。
往復の飛行機代は、当然弊社持ちだ。
こちらからお願いしているのだ。
彼が東京で働き始めてからの流れは早かった。
彼は実際に対面で働いても、やはり優秀だった。
彼も生活に問題が無さそうだということで、正式にアルバイトを退職し、弊社で働くことになった。
東京の事もあまり分からないだろうと思い、年末でバタバタしながら、住居も手配した。
そして、現在。2年間で、彼はさらに優秀になった。
彼の才能は、銃のアニメーションに留まらなかった。
自分で動画を作っているからか、効果音の調整等もめちゃくちゃ上手かった。何より、作業が速い。
ツールを使いこなす速度が早く、どんな依頼も最速で行ってくれる。
キャラクターモーションに至っては、Unreal Engineで使われるBlue Printと呼ばれるほぼプログラミングに近いロジック構築の部分も、彼が勝手に全部やってくれた。
モーション、絵作り、カメラワーク、音付け、BP制作。
そして銃の調整。
初めは銃の調整だけ依頼しようと思っていたら、結果として、あらゆる事をお願いする事になってしまった。
小さな会社では、専門家であるスペシャリストより、何でもやってくれるジェネラリストが本当に重要だ。
彼と出会えた奇跡に感謝したい。
奇跡2: UnityからUnreal Engine 4へのエンジン移行に成功した。既存のコードは全て破棄した。社内にUE4経験者は1人もいなかった。
エンジン移行というと、詳しくない人にとっては、Windows 10からWindows 11になったのかな?ぐらいのイメージだろう。
全く違う。
WindowsからMacになったようなものだ。Windowsのアプリケーションは、当然Macでは動かない。
はっきり言って、流用という意味での共通点は、「ゲームエンジンである」という事ぐらいしかない。
まず、開発に使用されるプログラミング言語からして違う。
UnityはC#を用いるが、Unreal Engine ではC++を使う。
C#とC++は、CとJavaぐらい違うと思ってもらっても良い。しかもC++の方が難易度が高い。今となっては玄人向けの言語だ。
そして、パルワールドをUnityで開発していた頃は、Unityに依存したアセット素材を購入して作っていた。
最初の動画トレイラーで利用していた多くのパルのモーションは、アセットストアで購入していたものだった。
これらはUnityのアニメーションシステムに依存していたので、Unreal Engineでは実質的に使えない。
要するに、エンジン移行というのは、ほぼ丸ごと作り直しなのだ。
ギリギリ再利用出来るのは、3Dモデルぐらいだ。
それも、購入したアセットによっては利用できない事も多かった。
ただ、とは言ってもゲーム開発において、ゼロから作り直す事自体はたまにある。
ウマ娘などがゼロから何回か作り直した話などは有名だ。
MOTHER2の岩田聡さんの逸話も有名だろう。
しかし、現代における開発で、全メンバーが全く経験の無いエンジンで、ゼロから作り直すのは極めて稀だろう。
そんな意思決定をする人はいないし、そもそもその時点で、プロジェクトとしては失敗しているからだ。
では、なぜそんな決定をしたのか?
ある日突然連絡してきた、1人のエンジニアに賭けたのだ。
ちょうどパルワールドの最初の動画トレイラーを公開する直前ぐらいに、松谷という人から1通のメールが届いた。
要約すると、こんな感じだ。
「私はフリーランスのエンジニアだ。オーバーダンジョンとクラフトピアが面白かった。私は10年の経験がある。一緒にゲームを作らせて欲しい」
これだけ経験豊富なエンジニアからメールが来るのは珍しい。
私はすぐにミーティングを設定した。
松谷さんと話すと、彼が一定以上の技術的知見があり、リードエンジニア級の実力がおそらくありそうな事は分かった。
しかし彼にUnityの経験は無かった。弊社の全てのメンバーはUnityの経験しかない。
この時点で3択ある。
松谷さんを採用しない
松谷さんにゼロからUnityを覚えてもらい、このままパルワールドをクラフトピアと同様、Unityで開発する
松谷さんに賭けて、今まで作ったものを全て捨ててUnreal Engineでパルワールドを作り直す
この時点で、パルワールドのエンジニアは2人しか居なかった。2人ともリードの経験はない。
松谷さんは是非採用したかったが、ゼロから開発し、しかも私たちの知見がないUnreal Engineとなると話は別だ。
最終的に、この意思決定は本当に難しかったが、松谷さんを信じて、Unreal Engineでパルワールドをゼロから作り直す事にした。
私はやっぱり、今までと同じ方法ではなく、チャレンジをしてみたかったのだ。
もちろんUnreal Engineへの移行を決断した大きな理由の1つに、コンシューマーゲーム開発においては、一般にはUnityよりもUnreal Engineが優位と言われている事もある。
しかしエンジニアの調達コストは、Unityの方が遥かに低い。というか、Unreal Engineの経験者は市場にほぼ居ないと言っても良い。
この後エンジニアを5人以上採用したが、結局Unreal Engineの経験者は1人も採れなかった。全員、パルワールドを通して学んでもらう事になった。
彼らの教育もゼロから松谷さんへ任せた。
そして実際にUnreal Engineを採用し、ゼロからプロジェクトをスタートし直したら、想定外の事は続く。
松谷さんは意外な事に、バージョン管理システムであるgitの使用経験は無かった。
現代のチーム開発でgitを使った経験がないというのは、私から見たら信じられなかったのだが、実際そうだったのだ。
彼が言うには、Unreal Engineを使うならPerforceの方が相性が良いらしい。
しかしPerforceは高すぎる。うちみたいな会社が払う金額ではない。
Perforceが使えないのであれば、せめてgitより、svnを採用すべきらしい。
正直、今どきsvnを使う会社はレガシーなイメージがあったので、少し躊躇したが、そもそもエンジン移行を行うのだ。それに比べればバージョン管理システムなど何でも良い。
彼の言葉を全面的に信頼し、バージョン管理システムもgitからsvnへ移行した。
(一般には退行と捉えられるだろう)
本当に全てがゼロからのスタートだった。
そして結果として、このエンジン移行は成功し、パルワールドは無事、3日後にリリースを迎える事が出来る。
gitからsvnの移行も、今なら正解だったと言える。
松谷さんはやっぱり凄いエンジニアだった。
彼には高いエンジニアリングへの知見や経験だけでなく、エンジニアチームをまとめるマネジメント能力があったのだ。
私たちが過去にリリースしたゲームが、縁を繋いでくれた。
こんな奇跡が、パルワールドにはゴロゴロ転がっている。
奇跡3: モンスターを100体以上作った。モーション経験者は社内にいなかった。
これは、3Dゲーム開発経験があり、かつゲームモーションに詳しい人でなければ、ピンと来ないかも知れない。
私も実際、作り始めるまで、何が難しいか全く分かっていなかった。
分かっていなかったから、気軽にモンスター収集ゲームを3Dアクションゲームとして作り始めたのだ。
作り始めてから気づいた。
あれ、 パル1体作るのに、1ヶ月かかっている・・・3Dモデルだけで・・・。
今まで社内でまともに3Dモデルを自作した事は無かった。
クラフトピアでは、3Dモデルのほとんどはアセットとして購入していたのだ。
そして、3Dモデルを動かすには、モーションが必要だ。
クラフトピアはモーションもアセットとして購入して使っていたので、さほど気にしていなかった。
また、人間のモーションは、ボーンと呼ばれる骨が一致していれば使い回せるので、その点でも量産を意識する必要は無かった。
しかし、パルワールドのモンスターは、100体以上いる。
しかも、恐ろしい事に、1体1体のモンスターの骨格がすべて違うのだ。
その上、ユニークな形状ばかりだ。
敵キャラが人間であれば、骨格は同じなのでモーションは全て使い回せる。
リアル系のゲームの敵キャラが人間ばかりなのは、これが理由だ。
しかしユニークな形状のモンスターが100体いる場合、言わずもがな、モーションは共通化出来ない。全て手作業で1つずつ制作する必要がある。
ちなみに、モンスターハンターワールドですら、モンスターの総数は50体程度だ。
この辺りで、またもやこのゲームの危険性に気付く。
あれ、モーションってモンスター1体につき、何個必要なんだっけ?
歩き、走り、ジャンプ、被ダメージ、攻撃、…….
数えてみると、最低20個。本当はあればあるほど良い。
このゲームにはパルが拠点構築を手伝ってくれるという要素があるので、伐採、採掘など、個別のアクションごとのモーションも必要だ。
1モーション作るのにかかる時間は?
え、業界的には平均、1モーション作るのに1日かかる・・?
つまりモンスター100体 * 20モーション = 2000人日かかるってこと・・・?
そしてモーションの経験者は居ない。いたらとっくにこんな事には気付いて猛反対しているだろう。
これに気付いたのは、開発をスタートしてから約半年後だった。
遅すぎる・・・
というか、計画性がなさ過ぎる・・・・
ある日、人材会社から連絡があり、足立さんという人が見つかった。
経験豊富なベテランのモーションデザイナーであり、クラフトピアの作り方を見て、興味を持ってくれたらしい。
その後、業務委託としての採用が決まり、全てが変わった。
足立さんも最初は愕然としていた。
「この状態でモーションを作ってきたんですか・・・?」
「リグは・・?」
リグというのは、すごく簡単に言うと、モーションを付ける時にあったら便利な補助的な仕組みだ。
例えば、人間の関節は、曲がる方向が決まっている。逆には曲がらないだろう。しかしリグが無ければ、モーションをつける際に毎回それを手で修正しながら作る必要がある。
ポケットペアは、それまでリグの存在を知ってはいたものの、採用していなかったのだ。(なお私はリグという単語も知らなかった)
これは、まともなモーションを作っている会社なら絶対にありえないが、クラフトピアはモーションをアセットとして購入していたので、それまではさほど問題では無かったのだ。
しかし、パルワールドでは違う。100体以上のモンスターのモーションをリグ無しで作るのは、重機無しでピラミッドを作るようなものだ。現代ではありえない。
私たちは単に知らなかったのだ。
ベテランの足立さんが来て、ようやくモーションの量産体制が定まっていった。
ファイル管理もめちゃくちゃだった。命名規則も定まっていない状態で、svnでのバージョン管理も行われていなかった。
それらを全て整備し、量産体制を構築してくれた。
「え!100体作るんですか?この人数で?」
足立さんは、計画性の無さに驚きながらも、
「新しい作り方を見たくて、この会社に来た」
と言ってくれた。
そして、パルワールドを完成させてくれた。
たまたま、足立さんが採用出来たから、今の状況があるのだ。
ちなみに、以後引き続きエージェントからの募集は見ていたが、足立さんのようなベテランは1人も来なかった。
奇跡4: 予算管理しなかった。ギリギリ完成した。10億円ぐらいかかった。
予算管理をせずゲーム開発をするなんて、まともな会社ではありえないだろう。
ポケットペアはまともな会社ではないのだ。
なぜ管理しないのか?
一言でいうと、予算管理自体がコストに見合わないから、つまり面倒だったからなのだが、一応それなりの理由がある。
パルワールドはまず、イベント用のトレイラー(ゲームのPVの事)から制作を始めた。
トレイラーの反響が悪かったならば、そもそも予算を掛けて作るほどのゲームではないのだ。
そういうつもりで、約3ヶ月でトレイラーを作り、イベントで告知した。
すると、国内外から、想像を遥かに超えるリアクションがあった。
それも、大多数がポジティブな意見だった。
私はいくつかのシナリオを想定していたが、ゲームの見かけ上、どうしても批判を浴びる可能性もありえると思っていた。
しかし、ゲーマー達にとっては、「面白ければ、なんでも良い」という人が多かったようだ。ゲーマーのこういう所が大好きだ。
こんなに反響のあるゲームならば、予算を掛けてしっかり作った方が良い。
他のゲームを企画したとして、これ以上の反響があるゲームを生み出せるだろうか?
こうして開発がスタートした。
パルワールドは、初めは1年で完成させるつもりだった。
私はそもそも大型タイトルを作りたいという願望は無い。
同じものを何年も作りたいという願望もない。
そして、ポケットペアという会社はどうみても大型タイトルを作るのに向いていない。
というか当時10人しか居なかったので、そんなイメージは全く湧いていなかった。
そもそも既存の社員はクラフトピアの開発を継続する必要があり、物理的に無理だ。
だからこそ、新チームを作り、4人ぐらいでちびちび作っていたのだ。
さっさと作って、すぐにリリースし、ユーザーの反応が見たいという気持ちもある。
何年も開発をして良いゲームが出来るとは限らない。長期間の開発はさらにリスクが高まる。
そういうつもりで今までは開発してきた。モンスターの数も最初は25体も作れば十分だろうと思っていた。
しかし、反響を見て少し話が変わった。じっくり作っても良いのかも知れない。
まずは何も考えずに1年間、様子を見てみた。
するとどうだろう。
だんだんこのゲームのやばさが分かってきた。
まず、1年経っても全く完成していなかった。
UE4に移行して数ヶ月の映像がこれだ。
そして、開発を始めてから、1年後の映像がこれだ。
素人目には、何も変わっていないように見える。。。。
ようやく自キャラと敵キャラが動いて、基本的なゲームシステムが揃った・・・のか?
この時点では銃が打てて、敵を捕まえられるだけのゲームだ。
実際にはパルワールドには膨大な機能があり、それらは全く実装されておらず、グラフィックに関しては全てが仮素材の状態である。
そして想定していたゲームを実現するには、人員も、お金も、開発期間も、全く足りなさそうな事が分かってきた。
モンスターの3Dモデルを1体作るのに1ヶ月かかるペースだった。
100体作るのにはモデラーが1人なら100ヶ月かかってしまう。10年間も開発する訳にはいかない。
マップも、現代のオープンワールドに求められる広さを考えると、背景アーティストが大量に必要だ。
少なくても、じっくり計画を立てなければならない規模の開発だという事はすぐに理解した。
しかし、計画を立てるのも難しい。
この時点では、実際にどのようなゲームになるか全く分かっていなかったからだ。1年経って、基本機能しか出来ていなかった。
そこで逆に考えた。そもそも予算上限はいくらなのか?
一番わかりやすい上限は、会社が破綻するギリギリだろう。
もちろん借金をする事も出来るが、それは銀行口座の残高がゼロになったとき考えよう。
予算上限は、まずは銀行口座の残高がゼロになるまでだ。
ゼロになったら借金すれば良い。
その場合、予算管理をする必要があるのだろうか?
いや、会社が破綻する寸前、口座残高がゼロになるぐらいに、借金かリリースをすれば良いのだ。
まあ、あと2年ぐらいは余裕で開発出来るだろう。
とりあえず予算を気にせず、作り続ける事にした。早めに完成させたいから、人もバンバン採用しよう。
そして、3年が経った。
結果として追加で40人以上採用した。外注はさらに多い。
そこまでやって、ようやくギリギリ、完成した。
とは言っても、まだアーリーアクセスに何とか出せる状況で、真の完成からはほど遠い。一応、世に出せるという状態だ。
ちょうど会社のお金はほぼ全て無くなった。
計算通りだ!
いや、計算通りなんだろうか・・?
どうみてもただの奇跡だろう。
いくらお金がかかったかは、分かっていない。見たくもない。
クラフトピアの売上から計算すると、多分10億円ぐらいだろう・・・。
なぜならその売上が全て無くなったからだ。
奇跡5: 書類選考で不採用にした新卒が、最も重要なポジションになった。
今のパルワールドの顔となるパルのデザインをしているのは、Twitterでアーティストを募集した際に応募をしてくれた新卒の子だ。
しかし私は、その子を書類選考の時点で不採用にしたのだ。
ポートフォリオを見て、一定の実力がある事は分かったが、掲載されているイラストが少し個性的だった。
「うちのような会社に来たら、彼女の独自性を活かすような絵を描けないんじゃないか?」
そう思って、社内で軽く議論した結果、書類選考で落とした。
実力はありそうだったので少し残念だったが、入社した結果ミスマッチだった方が遥かに不幸なので、仕方がない。
そう思って、不採用メッセージを送信した。
これが2020年の10月だ。
すると、3か月後の2021年の2月に、再び1通のDMが来た。
ちょうど再びアーティスト募集の告知ツイートを行った次の日だ。
あの時の子だ・・・・
私は、数ヶ月前に一度、不採用通知を送ったのにも関わらずもう一度メッセージを送ってきた事に興味が湧いた。
まあ、元々実力がない訳ではなかったのだ。せっかくなので話を聞いてみようと思い、結果として採用した。
そして彼女が、今ではパルワールドのキャラクターの大部分を描いている。
彼女は新卒で、100社近く受けたが全て落ちたそうだ。
確かに面接受けは悪いのかもしれない。
しかし一緒に仕事をしてすぐに分かったのは、恐ろしい才能だ。
あまり天才という言葉を使うのは好きではないが、彼女は天才かも知れない。
少なくても希少性がある才能を持つ。恐ろしく切れるナイフだ。
まず、絵を描くのが恐ろしく速い。過去見た人の中でも最速だ。
下手したら4, 5倍速い。
そして、フィードバックの修正等も本当に速い。
指示さえ適切に出せば、1分で帰ってくる。
かつ、英語に全く抵抗がない。海外でどのような物が流行っているかにも詳しい。ネットミームにも敏感だ。
弊社に本当にピッタリの人材だった。
彼女が居たから、パルのデザインを100体仕上げる事が出来たと間違いなく言えるだろう。
居なかったらどうなっていたかは、考えられない。
この才能を100社近くが見落としたのは驚くべき事実だ。
弊社もうっかり1回落としてしまったので、人のことは言えないが。
たまたま。本当にたまたま。彼女がもう一度応募してきてくれたから、採用する事が出来ただけなのだ。
奇跡6: パルワールドが、めちゃくちゃ面白いゲームに仕上がった。
ゲーム開発に携わっている人で、「めちゃくちゃ面白いゲームが作れた!」という人は、実は少ない。
はっきり言って、めちゃくちゃ面白いゲームが作れる事自体がそもそもかなり珍しいのだ。
これは小規模ゲーム開発でも、大手ゲーム会社の大規模ゲーム開発でも同じだ。
小規模ゲーム開発では、そもそも残念ながらゲームが完成しない事が多い。
完成させるのは10人に1人ぐらいの印象だ。
また、予算も小さく、グラフィックにコストは割けない事も多い。
グラフィックは特に重要だ。大多数の人はグラフィックが良くなければ、触ってみようとすら思わない。面白さ以前の問題だ。
その上、完成したとしても「面白い!」となるゲームは極めて稀だ。
ゲームはエンタメである以上、全ての要素のクオリティが高い必要がある。
シナリオ、グラフィック、ゲームデザイン、プログラミング、サウンド、マーケティング・・・。
小規模ゲーム開発は、1人、または少数のメンバーが上記の全てに精通している必要があり、そんな超人は世の中にそうはいない。
小規模ゲーム開発でめちゃめちゃ面白いゲームを作るには、上記を意識したしつつ、それらをミニマムな設計に落とし込む必要がある。
さらに、そこまでやった上で、面白さを担保する新規性のあるチャレンジをしていかなければならないのだ。
逆に、大規模ゲーム開発では、とにかく無難に開発する事が求められる。言い方を変えると、失敗しない開発だ。
現代では、一番安全な開発は、グラフィックには有力なIP(ドラゴンボールやハリーポッターなど)を付けて、ゲームシステムはとにかく無難に落とし込む事だ。
なぜか?
グラフィックが良く、面白さが証明されている無難なゲームシステムを組み込めば、それだけで商業的に十分、売れるからだ。
採算が取れるだけのゲームに爆発的な面白さは必要ない。
無難なゲームはそれで、それなりに面白いのだ。
そもそも大規模ゲーム開発は、数十億円の予算を掛けて作られ、関わる人の人数も100人を超えるので、単純にプロジェクトとして、常に一定の失敗のリスクを孕む。
数十億円のプロジェクトは、きちんとゲームを完成させただけで偉いと言える。
そんな予算のプロジェクトで、リスクをとって新規性のあるゲームシステムを採用する事は、なかなか出来ない。
大型タイトルでそんな事が出来るのは任天堂ぐらいのものだ。
こうした事情によって、大型タイトルでは、チャレンジのない、無難に面白いゲームが出来上がる。
これがほとんどの大規模ゲーム開発だ。
つまり上記をまとめると、小規模にしろ大規模にしろ、「めちゃくちゃ面白い」ゲームが作れる事そのものがレアなケースなのだ。
パルワールドは、めちゃくちゃ面白いゲームが作れたと思う。
これは本当に凄い事で、かつ幸運としか言いようがない。
パルワールドがなぜめちゃくちゃ面白いのか、そもそもめちゃくちゃ面白いゲームとは何なのかに関しては、ここでは話しても仕方がない。
3日後、多くの人が面白いと言っていれば、それで十分だろう。
ただし、私が考えるめちゃめちゃ面白いゲームには、月並みだが、1つ共通点がある。
「新しいこと」だ。
ゲームの新規性に関して話すと、話題が荒れがちだし、今度は「新しさとは何か」みたいな議論が始まるので、これも面倒なので避けようと思う。
しかし、パルワールドは間違いなく新しく、革新的なゲームだ。
こんなゲームは他にない。
パルワールドは現時点では多くの人が単なるパクリゲーと思っているだろうが、実際にはBOTWと原神ぐらい違う新規性を持つ。
まず、Minecraftから派生したオープンワールド・サバイバルクラフトというジャンルで、モンスターをテイム出来るゲームは、一定以上のヒットタイトルでは、ARK: Surival Evolvedしか存在しない。
そして、パルワールドはARKと違い、
パルという生物のStylizedなグラフィックと、リアル調の背景を組み合わせたルック
パルが自律的に動作する拠点構築
テイム方法の違い
パルごとに色々な技を自由に付け替える事が出来る
という特徴がある。他にも細かい違いを挙げればいくらでもあるが、少なくても上記の分だけ違う。
特にパルによる拠点構築は、RTSやAutomationジャンルから着想を得ており、非常にユニークだ。
私も何度もプレイしているが、ARKやその他のサバイバルクラフトゲームと、体験は全く違う。
面白すぎて、こんなゲームが作れてしまった事に感動を覚え、逆に開発の再現性がないことも、よく理解している。
ラッキーだし、奇跡だと思う。
自分の実力が凄いから開発出来た、という感じはしていない。
偶然の出会いが組み合わさり、運良く、最高のゲームが生まれたという感じだ。
今まで作ってきたゲームが人の縁をつなぎ、ようやく完成したのだ。
5. まとめ: 面白いゲームを作りたいと願い続けたら、人の縁が繋がり、パルワールドという奇跡のゲームが生まれた
パルワールドが生まれたのも、完成したのも、そしてめちゃめちゃ面白いゲームになったのも、本当に奇跡だ。
もちろん、努力はしてきた。他のメンバーも全力で頑張ってくれた。
結果として今があるのはその通りだ。そういう意味ではそれも含めて実力と言って良いのかも知れない。
しかし私は、とてもそう言う気にはなれない。
あの時、書類選考で落としてしまった彼女が再応募してくれなければ。
北海道の彼が、東京に来てくれなければ。
松谷さんがメールを送ってくれなければ。そしてUnreal Engineへ移行しなければ。
足立さんが見つからなければ。
パルワールドは完成しなかった。今のクオリティでは絶対に無かった。
新規に採用した40人以上のメンバー1人1人が全てそうだ。
このストーリーに登場していない人も沢山いるが、彼らがどこを担当したのか、ほぼ全て把握している。
あの仕組みは、あの人の実装だから良かったな。。彼は動きを作るのが得意なエンジニアだ。彼のお陰で良い動きになった。
あのキャラデザは、彼に任せて良かった。難しい注文を沢山したが、上手く仕上げてくれた。そういえば彼も、偶然Twitterで声を掛けてくれただけだったな。。
yoshipさんもクラフトピアのMOD作ってたのを声掛けたら入社してくれたんだった・・・
Twitter経由で採用した人だけでも10人近くいる。みんな面白そうだと思い、プロジェクトに参加してくれた人たちだ。
いくらでも思いは巡る。
パルワールドは出来る限り開発を効率化しており、各ポジションの属人性が非常に高い。
誰が欠けても、今のゲームのクオリティは大幅に下がるか、そもそも完成しなかっただろう。
もっと言うと、
AIアートインポスターを作らなければ、ゲームを支えるプランナーの1人は、応募してくれなかっただろう。
クラフトピアを作らなければ、パルワールドのメンバーは居なかっただろう。
オーバーダンジョンを作らなければ、クラフトピアは生まれなかっただろう。
2年掛けてリリースが出来なかったあの幻の1作目が無ければ、オーバーダンジョンは生まれなかっただろう。
全てが繋がっているのだ。すべての経験が無駄ではなかった。
最後に、それが試される瞬間があった。
開発終盤、どうしてもエンジニアが足りないので、私がゲームの最適化業務を行わなければならない時期があった。
私はパルワールドでは、Unreal Engineを一切触らないようにしていた。プロジェクトの規模が大きいので、直接手出しすることを避けていたのだ。
そもそも会社運営と、クラフトピアのアップデートと、パルワールドの実際の開発全てを両立するのは不可能だ。
しかし、開発の本当に最後の最後で、複雑な事情があり、メモリ削減は私しかやる人がいなかった。
正直、全く自信は無かった。Unityは5年以上触っているが、Unreal Engineを触った事は一度もないのだ。
そんな人間が、他のエンジニアが十分に最適化したメモリを、これ以上削減できるのか?
しかし、やるしかないのだ。これをやらなければ、最悪の場合リリース日が延期される。
そうなったら、今までマーケティングチームが行ってきた全てのプロモーション施策がすべて無駄になる。
開発の効率も悪化する。延期するメリットは正直全くない。
やるしかない。
追い詰められた私は、ひたすらドキュメントを読み、他のエンジニアに質問だけはさせてもらい、必死に勉強した。
C++を読むのは13年振りだ。任天堂ゲームセミナーで開発したNintendo DSの開発は、C++で行われたのだ。
そういえばDSはメモリ4MBだった。VRAMに至っては656KBだ。
今は8GBも使える。幸せなことじゃないか。
色数も気にしなくて良い。こんな贅沢はない。
そういえば、クラフトピアの時も最終盤に最適化した。
バグがそれなりにある状況で、アーリーアクセスとしてリリースした。
プレイヤーには申し訳ない事をしたが、積極的にデバッグに協力してくれた。本当に助かった。
彼らがいたから、今がある。
そういえば、オーバーダンジョンの時もそうだった。
アニマルを大量に出現させるゲームで、処理負荷の削減が至上命題だった。
Unityのプロファイラーに向き合い、1つ1つの処理を見直した。
キャッシュ出来るものはひたすらキャッシュした。
メモリリークも沢山あったので、1つずつ潰した。
そういえば、Webアプリケーション開発の時もそうだった。
アクセス過多はキャッシュで対策したり、大量画像・ファイル読み込みは適切にストリーミングした。kamipoさんから教わった。
どんな開発環境でも、最適化業務は必ずある。
今までもいつも、様々な方法で乗り切ってきた。
Unreal Engineは触ったことはないが、アプリケーションの最適化という観点では、私は10年以上やってきたと思う。
コンピューターを触った期間なら、もう30年近いだろう。十分ベテランだ。
最適化は、根性だ。ドキュメントを舐め回し、memreportを繰り返し叩き、ハードウェアに齧り付いて目grepする人にしか、幸運の女神は微笑んでくれない。
修正内容をコミットし、実機確認する。メモリ利用量をチェックし、さほど変わっていない事に落胆する。
パラメータを調整し、確認する。ひたすらこの繰り返しだ。
数日間で、何十回もこの作業をやったと思う。帰宅してからも、深夜までこの作業を行った。
そして、最後の最後、ギリギリの状況で、なんとか重要なボトルネックを見つける事が出来た。
最後に助けてくれたのは、自分のエンジニアとしての全ての経験だった。
オーバーダンジョンでの経験が、クラフトピアでの経験が、子供の頃から、ずっと好きでコンピューターに触ってきた経験が、活きたのだ。
このメモリ削減は、自分のエンジニア人生の集大成だった。
技術が好きで、興味を持って真剣に学んできた事が、最後に助けてくれた。
これもほとんど、奇跡みたいな物だろう。
数多くの人が、自分の得意分野を活かして、パルワールドという奇跡の産物が生まれた。
それが3日後、ようやく公開される。
チームの全員に感謝を。
今までポケットペアのゲームを遊んでくれたプレイヤーの皆様に感謝を。
それを伝えたくて、この記事を書きました。
プレイヤーの皆様。
あなたがポケットペアのゲームをプレイしてくれたお陰で、パルワールドが完成しました。
ありがとう。
ポケットペア代表
溝部拓郎