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鬱病pizzaの音楽史―中島美嘉―(後編)
昨日(前編)の続き、頑張って書こう。
まだ、私がこの方を”師匠”と呼ぶまで尊敬している理由にたどり着いていない。
※前編はこちら。
中島美嘉、彼女のデビューは、2001年11月7日。
歌手として、女優として、華々しいデビューからずっと注目され続けてきて、2010年秋には、10thを記念した日本武道館でのLIVEが予定されていた。
私は、音楽の趣味が合う高校時代からの友人と2人で参加する予定だった。
私が今でも忘れられないのが、そのチケットの発券がセブンイレブンでしかできなかったこと。
当時、我が県に、セブンイレブンがなかった、、、、、、、
その友人を助手席に乗せ、2時間ほどかけて、お隣岩手まで発券しに行った。当時運転していた軽自動車が、県境の峠を越えるのに
「う”----------------------ん」
(↑エンジン音、アクセルベタ踏み)
と、今まででいちばんがんばってくれた日だったなぁ。
無事に発券をし、そのLIVEをたのしみに仕事をがんばっていた頃、
朝の情報番組で、とんでもないニュースが。
”中島美嘉、活動休止”
”10thコンサートは中止”
本当に、意味が分からなかった。
なんで?
何も聞いてない、、、、、、
突然も突然で、受け止められるわけがなかった。
TVからは、
”耳管開放症”
という症状名と、詳しい説明が、、、、、、されていたのだが、あまりの衝撃にどうしていいかわからなかった。
耳管開放症とは↓
歌手であるひとが、耳の病、、、、、、
10thという大事な節目、武道館でのコンサート、、、、、、
それができなくなる。
どれほど、辛いだろう。
、、、、、、と思っている中、メールが届いた。
なんと。
歌唱はしないが、ご本人が、開催日にステージに登壇し、ファンに挨拶をしたい、、、、、、
というお知らせ。
相方予定の友人には断られたが、私はひとりで、武道館まで逢いに行った。
美しくも儚い、切なくも礼儀正しい、彼女の姿が小さく見えた、2階席。
「この度は、私の自己管理不足で、、、、、、」
と、客席のあらゆる方向に深々と頭を下げ、詫びる彼女。
薄化粧、肩の下あたりまでの少しウルフな、素の黒髪。
ファンから届けられた "A MIRACLE FOR YOU" の合唱に涙する姿。
今までの彼女の中で、いちばん儚く、脆く、弱い姿を見た。
後日談によると、
耳の不調は数年前からあったが、自分に言い訳をしたくなく、スタッフにも誰にも明かさないできたそうだ。次第に、耳の影響での歌いづらさがひどくなってきて、それがストレスとなり痩せてきて、そのせいで耳の状況も悪化し、、、という悪循環。
病名、そして、治らない病気だと分かったとき、スタッフを集めて、
彼女は「辞める」と言った。
理由は、彼女が辛いからではない。
今まで関わってきたスタッフがみんな、次の仕事に移れるように。
自分が、人生の邪魔をしないように。
”中島美嘉” は、そういうひとなのだ。
”強い” ”冷たい” ”派手” という印象を受ける方も多いだろうが、
彼女はいつも周りへの感謝を忘れない。
「私のためにわざわざ、時間を割いて足を運んで来て下さって、、、、、、」
なんて、LIVEでいつも言っている。
驕ることがないのだ。
スタッフに引退は引き止められ、話し合い、
”活動休止” という結論に達した。
このときひとつ、気になることがあった。
10thのLIVEが中止になったというお知らせと同時に、
春からのツアーのチケット申し込みが始まったのだ。
半年後、、、、、、
そこまでに必ず復帰しなければいけないの?
大丈夫なの?
私が不安に思う中、約束の半年後、彼女はステージに戻ってきた。
残念ながら、私がチケットを取っていた仙台公演は、震災の影響で中止になった。
当時利用していたmixiで、各公演に参加したファンの声を聞いて彼女の様子を陰ながら見守っていたのだが、どうやら曲が短縮になった、体調が心配だったなど、やはり本調子ではないような声があがっていた。
無理しているのだろうな、大丈夫かな、、、、、、
後日談では、”この日までに”という目標があったから体作りなどしやすかった、と話していたが、私が心配しながらSNSを見ていたあの頃は、今でも覚えている。
そうこうしているうちに、今度は、
私が鬱病になる。
が。
一方その頃、”中島美嘉” は進化していた。
上手に歌うことに自信はないけれど、曲の世界観を表現することには自信がある、と気づいた彼女。
「プレミアムライブ」と名付け、FC会員のみを対象に行う小規模LIVEがあるのだが、そこに参加するファンが、自分の歌で涙するのを見た時に、
”悲しいよね” ”辛いよね” と、
それぞれ抱えている ”痛み” を代弁することができるアーティストが自分なのではないか、と感じたという。
彼女は、
「表現者」「代弁者」
として生きていくという、自分の使命を見つけた。
私は鬱病になる直前まで、L'Arc-en-CielのLIVEにも足を運んでいたが、鬱病になってからは参戦が厳しくなり、2012年以来彼らに逢えていない。
”中島美嘉”のLIVEは、規模的なことや音楽性的に、病中でも少しだけがんばれば参加できた。特にアコースティックのLIVEなんか、心にやさしくしかないので、家にこもりきりのストレスを癒してもらいに、東北の会場に足を運んだ。現地のファンの方にやさしくしていただいたことは、今でも忘れない。
私が彼女 (以下、師匠) の進化を目の当りにしたのは、忘れもしない、
2016年。
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今までの師匠のLIVEでは、一緒に口を動かしてパワーを送るように参加していた私。
、、、、、、変わった。
別人のようだった。
オープニングの「You Haven't Seen The Last Of Me」(シェールのカバー曲)で、もう、向こうから ”ぐわっっっっっっ!” と心を掴まれた。
こんな師匠の姿は、初めてだった。
感動しっぱなしのうちに、LIVEは終わってしまった。
這い上がったのだ。
師匠は、あそこから這い上がったのだ。
気が付いたらデビュー。
目の前のことを丁寧に、みんなが喜ぶ作品を、と歌ってきたところの耳の不調。
先が見えず、NYでひとり途方に暮れ鳩を1日中眺めていた日々。
ボロボロのまま、名ばかりの復帰。
ファンに気づかされた、自分の使命。
自分の役目を見つけることで、こんなにひとは変われるんだ。
(You Haven't Seen The Last Of Me↓)和訳
こんな姿をみたら、鬱病と闘う私の希望になる理由はお分かりいただけるだろう。
私も、這い上がれる。
そう思えるのだ。
だから、私は勝手に師匠と呼んでいる。
(↑絶対迷惑)
今の師匠のLIVEを、見る機会があったら本当に見てほしい。
惹き込まれ、鳥肌が立つ。全身全霊のパフォーマンス。
最前列も経験したことがあるが、どん、どん、という、師匠の足踏みの振動が伝わってきたこと、メドレーの中で、Over Loadを歌い終えた師匠に拍手をしたらこちらを見て笑って下さったこと、、、、、、今思い出しただけでも心がキラキラする。
今、YouTubeを貼り付けるにあたっても、映像に見入って、鳥肌を立てている。
書いてみてよかったなぁ。笑
師匠の、ひととして尊敬できるところは、
一切、ひとに偏見を持たないこと。
これは、本当にしようとしてもなかなかできないことだ。
師匠は、中学生の頃、”なかよし学級”、いわゆる、学習や学校生活にハンデのある児童のクラスの子と仲良くなり、髪を結んであげると喜んでくれるのが嬉しかった。純粋でかわいらしい、と思っていたが、周りからは特殊な目で見られる。彼らが「きたない」と言われることにぶちぎれたという。
また、師匠がヤンキー的な仲間と仲が良かったとき、当時いじめにあっていた別の友人に「助けて」と言われて守っていたところ、「中島みたいなやつと付き合うからこんなことになるんだ」とその言った教師がいることを知って、職員室に殴り込みに行った。「この子がいじめられていることを知ってるの?」と怒鳴ったが取り合ってくれなかったという。
中学時代はとにかく苦しかったという師匠だが、
偏見を持つことを嫌い、たいせつなひとはとことん守ろうとする、
それが今も全く変わらない。
やさしさは強さって、こういうことだなと思う。
(詳細は、自叙伝「SONGBOOK あまのじゃく」にて)
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今年の11月から、20thイヤーとなる。
30代後半になっても、どんどん新たなチャレンジをしていく師匠はかっこよくて、昨年は初めて、ミュージカルにも挑戦した。
(観たかったなぁ、、、、、、)
また、彼女の主演映画の代表作「NANA」では、私のだいすきなL'Arc-en-CielのHYDEの楽曲提供が話題になり、その後も親交があって彼主催のHalloweenPartyにも出演。2018年にも「KISS OF DEATH」で再び楽曲提供を受けるなど、私にとっては本当にhappyな繋がりだ。
それにしても、だいすきなひとのことを書くことは、しあわせだ。
長々と、自己満で2回に分けてまで書いたけど、
過去のたのしかった記憶を思い出したり、今抱えている苦しいことを一旦忘れて集中できたり、
本当にたのしかった。
私は、這い上がったのちに輝いている中島美嘉師匠の背中を、
今後も追い続けていく。
最近、YouTubeブームで音楽を聴くことから離れていたが、
美しい師匠のファルセットをまた聴きたくなった。
師匠の作詞曲の中で、最初に私が心を打った言葉を、載せておく。
♪
それぞれの人に
それぞれの想いあるから
全てを振り向かせ
手に入れなくてもいい
♪
「TRUST YOUR VOICE」 (アルバム「VOICE」より)
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ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございました。
明日が、やさしく、ひとに感謝できる日になりますように。
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