父の還暦と、白寿の祖父のこと
いろんなことを書きたいけど、
病んでるうちに吐き出すさせて欲しい。
本当にいつもこんな感じでごめんなさい。
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母が心を病み、私も一緒にダウンしそうになったきっかけになったので"縁を切った"、父方の祖父母(母から見て舅と姑)。
父にとっては、ふたりしかいない両親。
それが、めちゃくちゃ長寿家系で、
まだバリバリ生きていて、
祖父は白寿を迎えた。
もう、100までは余裕で生きるであろう。
(ちなみに、曽祖母は101まで生きた。)
先日、父がきょうだいとやりとりし、白寿に何かお祝いを買うかと相談しあったらしいが、うちの父は全く自分で贈り物とかできないタイプ。
甘やかされ、冒険させてもらえず、転ばぬ先の杖を出され続けてきた、3番目の次男坊なのだ。
父は、自分で選んだり、決断することができない。
だから、我が家のこと(家や車の購入、冠婚葬祭のときの諸々のことなどなど)はほぼほぼ、
母がやるハメになってきた。
全て抱えてこなければいけなかった母は、
そりゃ鬱病にもなると思う。
私と妹の子育ても、ほぼほぼ母が全て担ってきた。
父が、会社で働いて働いて、稼いできてくれていることはありがたいけど、家のことは全て母任せ。
そして、姑の嫌味を受け続け滅入っていく母のことも、父は気にかけず。
つもりつもって、
5、6年前だったか、私の鬱病の治療期に、
母は電話で、祖母に私の病気のことをあれこれ言われた。
このことがきっかけで母はもう、父方と連絡をとらない、一切関わらない選択をした。
祖母は、私の長引く鬱病に関して、
「こっち(祖父母宅)に連れて来れば治るんだ」
などと、よくわからない自信とともに、
"親が悪い"
としきりに母に説教をしたらしい。
母は、たまらずブチ切れた。
そして、電話の後に吠えるように泣いた。
自分が治らないせいで、
母がこんなことになってしまったことは、
なんという言葉でも表せない気持ちだ。
悔しかった。
母は父方と連絡をとらず、父方のことは父に任せることにしたのだが、
親族の訃報には電報が必要だし、お祝い事があれぼ贈るものがあるのに、
父は、何も出来なかった。
全部、母がやってきたからだ。
結局、母が教えたりしないと回らないので、母が無関係になることはできない、
そんな感じの日々。
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祖父が2月に誕生日を迎え、白寿(数えで99歳)。
前述の通り、お祝いを考えていたが、兄と意見がなかなか合わず、結局、
「贈ってしまったら?」
と、"気にせずにはいられない"性格の母が言ったことで、
我が家族の4人の名前を書いて(ちょっとどきどきしたが)、綺麗に飾れそうな花時計を、誕生日前に贈った。
そして、
先日、父が今年の3月、母が12月に還暦を迎えるにあたって、近所の神社で、家族4人揃ってお祓いに行ってきた。
父は、そのことを祖父とLINEで話したらしい。
、、、、、、そう、
祖父は、元気で、LINEまでできるのだ。
耳が遠い以外は、バリバリで、
知人の葬式にも、バリバリ参加する。
歩ける、動けるのだ。
90近い祖母は、足が悪いとは聞くが、元気だ。
そして、何より、祖父は我が強い。
祖父母は、60になる息子のことも、かわいくて仕方がないのだろうか。
最近、息子の嫁も孫も、連絡をくれないので、息子が虐げられているとでも思っているのだろうか。
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今日は、3月3日のおひなさま生まれの父が、60歳を迎える日。
それに先立ち、昨日、
ものすごく特徴のある、筆まめな祖父の字で、
父に封筒が届いた。
祖父は、母を苦しめた一員、という思いが強いから、
私はその特徴のある文字だけで
うっ、
となってしまう。
会社から帰った父が開けてみると、
手紙と、
もう一枚、紙に包まれた、2万円。
、、、、、、その、
2万円を包んである白い紙に、
こんなことが書いてあった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
〇〇〇〇様(父の名前)
これは、〇〇のお祝いとして使ってもらいたいとの願いで贈ったものであるから、
それに沿うような使い方をしてもらえることを
希望します。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
(意訳)
、、、、、、、、、、、、、、これ、
もし、私が父だったら、
受け取った、本人としての行動の正解はなんだろう?
と、考えた。
父宛に書かれているが、
”ちゃんと祝ってもらいなさい”
という意味合い。
父が、
「このお金で、俺を祝ってくれ」
と、言えばいいのか?
そもそも、
祝ってももらえていない、
ひどい家族のもとで暮らしているかわいそうな息子、
という風にでも思っているのだろうか?
我が家は、誕生日はみんな覚えていて、何かしら祝いあう家庭だ。
そのとき喧嘩していようが、なにしようが。
そういう習慣で過ごしてきたし、
誕生日でなくても、おいしいものを食べ、会話をし、夫婦喧嘩はあれどみんなが家にいて、とりあえずは平和に暮らしている。
お金を贈ってくれることはありがたいが、
しっかり祝ってもらうように、という、念を込められたその文章、そのお金。
父は、祖父の性格はよくわかっているだろうし、
自ら「祝えよ」なんて言うひとではないので、
父自身は「すきに使っていい」と報告しその2万円をそっくりそのまま母に出したが、
母が軽い気持ちで
「ちょっとその手紙見せて」
と言ってしまった、見てしまったことで、
「ええええ、何に使おう、、、、、、」
「何か買って、写真送らねばねぇべが、、、、、、」
、、、、、、と、
すっかり具合を悪くしてしまった。
「何かおいしいものでも」
というのならわかるが、
用途について、しっかりとした希望、指定をされて送られた2万円。
「これでうちの息子をしっかり祝うように」
という、家族に対する圧力にも感じられる。
それと、母が言っていたのは、
「もし、本当に、家族と父が会話もしない、バラバラな状況だったとしたら、この文章を読んだとき、受け取った父さんは本当に苦しいよね」
、、、、、、確かに。
昨日、祖父の文字を見たくなくて正式な文章を読んでいなかったが、
今日、改めて、ちゃんと読んだら、
”これって、ハラスメントじゃない?”
とすら思った。
100歳になる父が、60になる息子をこんなにかわいがって、絶対に息子のために使え、というお金を送ってくる、、、、、、
怖くなってきた。
息子の嫁、家族を、永遠に信じていない。
祖父母宅の近くに住む長女(おば)は旦那を亡くし、
長男(おじ)は問題のいろいろあった奥さんと別れて祖父母宅に帰ってきてくれ、
あとは、隣県に奥さんと暮らす3番目の次男坊か、ということ、、、、、、?
私は、今日の午前中、居間でずっと動けず寝ていた。
これは、鬱も増す。
母の具合も、私の病気のことも、妹のことなんてもう微塵も、
きっと覚えていない。
息子にしあわせでいてほしい、という気持ちは親心だろうけれど、
その家族を、そこまで信用してくれていないとなると、悲しくなる。
何か意図を込めてお金を送られる側の気持ちを、考えはしないのだろうか。
父の、60th Anniversaryという良き日のはずが、
病みまくりの日になっている。
父が今月で定年で、ただでさえ今後金銭的に厳しい中、母もおいしい食事を作る予定だったし、もう神社で家族みんなでお祓いもしたし、、、、、、
これ以上、祖父は自分のかわいい息子の嫁、家族に、何を望むのだろう。
母の気持ち、愚痴を聞いてあげたいけれど、
感情移入過剰の私は、
あんまり聞きすぎると、
何かをもって新幹線に飛び乗ろうとしかねないので、
とりあえず、薬を飲んで、寝たり、できたらお笑い観たりして過ごそうと思う。
せっかくのおめでとうとか、ありがとうとかの気持ちが、
こんなことになるのは嫌だったな、、、、、、
父が何をどこまで気にかけているかはわからないけれど、なかなか反抗したりできない相手なのはよくわかる。
私の父が母を守るには、両親が強すぎる。
ただ、母がこれ以上苦しんだらもうみていられない。
板挟みでかわいそうだけれど、負けるな、父よ。
私も、自立まで、まだまだかかりそうだけど、諦めないから。
おめでとう。
60年も生きていてくれて、ありがとう。
この先の、我が家の未来が、どうか、明るくありますように。
※紅ショウガは、父に待受画像を作る過程で生まれたものの一部。
(タダのプレゼントしかできなくてごめんね、父ちゃん)