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映画パンフレット感想#36 『蛇の道』(2024)


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感想

私が映画を観るようになった2015年頃以降、黒沢清監督の長編新作は公開されればほぼ全て鑑賞してきた。それゆえ黒沢清は好きな映画作家といって差し支えないと思うのだが、『蛇の道』はオリジナル版、今回新たに公開されたリメイク版ともに、いまひとつ肌に合わなかった。それは、意図的に不毛さをもって反復される復讐の凶行を退屈に感じてしまったのかもしれないが、その正体は自分でもわかっていない。

また、リメイク版では私がオリジナル版で唯一好感を持ったといってよい、謎の数式や哀川翔が醸し出す超自然的な気配さえもオミットされてしまったのだった。とはいえ、柴咲コウをはじめとした俳優たちの演技や、小夜子の部屋の床を這うルンバなど、新たに惹きつけられるポイントもあり、断片的に作品を楽しんだのも事実。

そこで、「なぜ自分が『蛇の道』を心から楽しめなかったのか」、「私が気づいていない『蛇の道』の魅力はないのか」を探るため、パンフレットを購入した。また本作は異質な作品ともいえる。なぜなら黒沢清監督の初のセルフリメイクであり、フランスで制作するふたつめの作品でもあるからだ。そういった製作まわりの事情や経緯にも関心があった。

先んじて触れておきたいのは、公式サイトの情報の充実具合についてだ。パンフレットを読了したのち公式サイトを閲覧したところ、パンフに掲載された情報の1/3程度が公式サイトに掲載されていた。「黒沢清と柴咲コウの対談インタビュー」は動画が、製作にまつわる多彩なエピソードが収録されたプロダクションノートは全文がある。パンフレットを購入できない方は公式サイトだけでも覗いてみるとよいかもしれない。前述したような「初めてセルフリメイクした経緯」や「リメイク作として『蛇の道』を選んだ理由」、「フランスで撮った理由」など、全て網羅されている。

また、私が見惚れた俳優たちの演技について、やはり一番は柴咲コウであった。立ち姿、ミステリアスな表情と時折感情が剥き出しになる変貌ぶり、本作のために習得したというフランス語による発話など、常に目を離せなかった。新島小夜子といいうキャラクターが出来上がった経緯も、黒沢清と柴咲コウの談話から窺い知ることができるが、特に黒沢清が他人事みたいに小夜子(=柴咲コウ)の魅力を無邪気に語るのが印象的だった。その上で、公式サイトにリンクが貼られている「小夜子紹介動画」を見ると面白くて仕方がない。

また、俳優の話つながりでいうと、マチュー・アマルリックが劇中で見せた、「絶対にふざけてるだろう」と思わずにいられない変顔で私は吹き出してしまったのだが、ありがたいことにパンフレットにはそのスチールが掲載されている。これだけでもパンフレットを買う価値があるといえるだろう。異論は認めない。また、先にも触れたプロダクションノートにはマチュー・アマルリックのキャスティングにまつわるエピソードが収録されているが、陽気で実にユーモラスだ。さすがノンシャランのオタール・イオセリアーニ監督作品でデビューした俳優である。

当記事の冒頭で触れた「私が『蛇の道』を楽しめかった理由」は、結局そこで綴ったような「反復が退屈」しか思い当たるところがなかったのだが、「気づけなかった魅力」は、映画評論家の北小路隆志氏の寄稿によりその片鱗に触れられた気がする。同記事は一度読んでも北小路氏の考察を深く理解することができなかったのだが、数回“反復”して読み直すたびに意図がわかり、リメイク版『蛇の道』を楽しむ糸口が掴めたように思う。ただ、深く考えずとも、本作とイスラエルによるパレスチナへの軍事攻撃とを紐づけた箇所だけで、もう一度作品と向き合いたくなる気持ちになれた。

ともあれ、パンフレット全体から感じ取れるのは、黒沢清監督が映画制作を心から楽しんでいるその高揚感だ。フランス映画を撮れたこと、撮影環境が素晴らしかったこと、新たなチャレンジがうまくいったこと、日本の俳優がフランスのキャストやスタッフに褒められ自分のことのように喜んだこと、エピソードの全てからポジティブな気持ちにさせられる。リメイク版『蛇の道』の魅力はもちろん、黒沢清の魅力が伝わるパンフレットである。映画評論家の轟夕起夫氏による、90年代の黒沢清監督を再考する寄稿もおすすめである。

最後に、ルンバについて言及されたネット記事もあったのでおすそわけして筆を置く。

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