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「スキ」は、記憶を呼び起こすためのスイッチ。

Google Photo や Amazon Photos、あとはFacebookもか。

過去に撮影した写真をもとに「◯年前の今日」みたいな感じでお知らせしてくれる機能がある。

あれを見ていると、主には娘の小さい時の写真だけど、すごく懐かしい思い出が蘇ってくる。
娘が小さい頃はスマホでよく写真を撮っていた。

妻はもともと美容師で、今でこそ成人マンガ家で家にずっとこもって漫画を書いているniko先生(@nikonikopun17)なのだが、去年の今頃までは土日に職場に出ることが多かった。

なので、土日が休日のぼくは娘と二人で過ごすことも多く、公園やら家やらで娘の写真を撮ってはGoogle Photoにアップロードしていた。

当時はストレージ容量の節約のために全ての写真をアップしていただけなんだけど、少し前からGoogleさんの粋な計らいにより「◯年前の今日」と題して昔の写真をチョイスして呼び出してきてくれる。

時にはBGM付きのダイジェストとしてアルバムのような演出まで加えてくれたりもして、その度に思い出にふけってしまうのだ。

たとえ大した写真でなくとも、それがすごく良い感じにまとめてくれているのでそのたびにしみじみと娘の成長を感じて、お父さんは少し涙ぐんでしまうこともあるのはここだけの話。

これが結構良いサービスだなと思っていて、というのも、ズボラでポンコツなぼくは、とにかくいろんなものを整理するのが本当に苦手なので、とにかくひたすらに撮った写真をとりあえずアップロードしている。

それをGoogleさんや今はメインで使っているAmazonさんはちゃんとまとめてくれているみたいで、定期的にその成果を見せてくれるのがとてもありがたい。

本気で整理をしようと思えばそれなりに整理できたりもするんだろうけど、不器用な完璧主義のぼくにとっては時間になることは間違いない。
きっと何度も何度も取捨選択を繰り返し、なんなら一度消した写真でさえもゴミ箱から漁ってきては捨てたことまでなかったことにしてしまったりするのだ。

そうすると結局は自分で撮った写真のアルバムが出来あがる保証もどこにもないし、無駄な時間を過ごしただけになってしまうのが関の山。
それなら、と早々に匙を投げてGoogleさんやAmazonさんに文字通りすべて丸投げして甘えてしまっているしだい。

Googleさん、Amazonさん、お世話になっております。いつもありがとう。


ぼくがこれまでに書いたnoteは「ほぼ毎日」アップロードされていて、気がつけば3ヶ月が過ぎていた。ただ、先ほどから申し上げております通り、ぼくはポンコツ脳なので記憶力の類もいっさい不足している。

3歩歩けば忘れる酉年のぼくなので、書いた日記も寝て起きた翌日にはキレイさっぱり脳のメモリーから消し飛んでいることも多いのが現実。

まあそのために始めたnoteでもあるので、ある意味ではぼくの計画通りなのだが、それでもやっぱり自分の記憶力のなさに愕然としてしまう日だってある。

そもそも、書いたことを忘れてしまっているというのもわかりきった話なので、書いた話がどんなことだったかはどうでも良かったりもする。

ぼくの中では「その時に思ったことをnoteに書き出した」という事実が重要なだけで、記事の内容の良し悪しは二の次なのだ。

ただその時に感じたであろう自分の感情や思考はその時にしか存在しておらず、元々はそれをnoteの記事として残すのが目的だった。

今、感じていることをnoteに残すというのはぼくにはすごく向いているらしく、たまに自分の記事を見返しては「そういえばこの前はこんなことを書いたんだったな」としみじみと感じることも多い。


そうやって3ヶ月ほど書き溜めたnoteも、ぼく自身は「これだけ書いたんだな」とか思うこと自体はさほど感動することもないんだけど、3ヶ月前の自分は割と前の自分だよなと思うことはある。

先日、ぼくの3ヶ月ほど前に書いた記事にスキを押してもらえた。

というのも、押していただいた記事は固定記事で、noteを書き始めてから2〜3番目くらいのルーキー記事であり、それがちょうど3ヶ月前ということだけなのだ。

それ以外でも2ヶ月前の記事に思い出したかのように「スキ」を押していただけることもあって、そうすると自分自身が書いていたと時のことが記憶から呼び起こされる。

Google Photo や Amazon Photosからチョイスされる「◯年前の今日」のように、スキによって呼び起こされた、何ヶ月か前に書いたであろう記事がぼくの記憶の前面に提示されるのだ。

それはぼく自身が探した過去記事とはまた違って、誰かがぼくの記事に目を止めて読んでくれた印だから、懐かしさと同時に感謝の念も含まれてくる。

だかが押してくれた「スキ」によって呼び起こされた記事を読むと、数年前の娘の写真のようになんとも懐かしい気分になる。

たった3ヶ月ほど前のことなんだけど、毎日書いていることもあって数的にはまあまあな量にはなっているので、元々メモリ領域の少ないぼくにはものすごく昔のことのようにも感じられるのだ。

「こんなことを書いていたのか」と感慨に浸る時もある。自分がその時に思っていたことや考えたこと、思いついたことも新鮮に思える時もある。
なんと言っても自分が忘れてしまっていることなので、それ自体は褒められることでもない。

それでも、過去に思って書いた自分の記事を「スキ」だと言ってくれる人がいる。
それは素直にすごくうれしい。

きっと、誰でも自分が昔に書いた記事を「スキ」だと言ってもらえたらうれしいものだと思う。ぼく自身がそうなのだから、きっと同じように思う人もたくさんいる。

なので、決めた。

ぼくは、気に入った誰かの記事を見つけても書かれたのが何年か前のものだと、なんとなく勝手にそんな前の記事にスキを押したら迷惑かな?と思って「スキ」を押すことをためらっていた。

だけど、本当はその記事に「スキ」を押すことによってその思いが書いた人に伝わると同時に、書いた人の元でも記憶が呼び覚まされて当時のことを思い出すきっかけにもなるのだと思う。

数年前の過去記事であろうと、今のぼくがスキだと思ったら「スキ」を押そうと思う。
それが素直なぼくの気持ちなので、それはきっとその記事の著者にも伝わるはずだ。

いいですか、みなさん。覚悟してください。

ぼくはあなたのどれだけ過去の記事でも「スキ」を押す恐れがあります。昔の記事にスキを押されたとしても怪訝にはならないでね。

それは素直にぼくが気にった証なので、素直に受け取ってね(笑)


じゃあ、またね。



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