死の家の記録
胴枯れ病を知ってるだろうか。
どうしても感想を書きたいので4回目のチャレンジである。
そのドストエフスキーが投獄されたペトラシェフスキー事件を調べると当然フランス革命に行き着く。そもこの革命は庶民がパンを食えないという余りにも素朴で単純でしかもクリティカル(致命的)な事由に端を発する。ジャガイモを枯らしたのが胴枯れ病だそうだ。アメリカにアイルランド移民が多いのはジャガイモ飢饉で多くの人が死から逃れるためにアメリカに移住したのが発端である。
ルソーが現れ人権について説き、共鳴する人が現れ貴族、聖職者を追い出しブルジョア層が選挙権を要求し、裁判が行われ数万の生首が転がり、共和制に至ったのがフランス革命である。
ロシアでは農奴制を廃止したものの、農民は莫大な借金を背負い、追われた人々の受け皿になった街がサンクトペテルブルクである。当然海外輸入のこの思想はロシア人の知識人を震撼させたのだろう。
彼はペトラシェフスキーの主催する金曜会なる集まりに参加し、社会主義思想、革命思想にかぶれていたのである。その結果銃殺刑、というのを彼は色んな思いで考えただろう。理由を調べても分からないが恩赦になりシベリアに送られた。その体験がベースになった小説である。
本書は不思議な点がある。それは作者が貴族ではないのにも関わらず、貴族を主人公にしたことだ。
貴族や知識人などの人たちも、監獄や流刑地では、普通の百姓たちとまったく同じように苦しい思いをするものだ、という人々が多いが、それは絶対に間違いである。
p387
彼は貧しき人々でサンクトペテルブルクでの庶民を描くうちに、社会とは、政治とは、思想とは、そういったことを深く考えたのだろう。そしてその解決先が社会主義思想だったのだと思う。恐らくそれはフランス革命の熱気と共にあるもので、なんというか今の私たちが考えるそれとは異なったニュアンスを持っていたような気がする。
今は例えば資本主義が本流だと私は思う。カネがすべてである。共産主義は数多の過程を経て事実上なくなった。資本主義が基礎となり社会主義的な福祉などの人権に配慮した部分を一部取り入れつつ、尚且つ封建主義的な代々続く家柄が支配者となる江戸時代に回帰するかのような形態がなんだかごっちゃになった〇〇思想という形とは言い難い鵺のような捉え難い何かになっている。元ネタを寄せ集めて何かの二次作品しか作れないのが現代の人間だ。
ここでは二つの立場がある。
1つは貴族、2つ目はインテリである。
彼はインテリであったが彼が守るはずの庶民から嫌われる。そしてその事は触れずに貴族が蛇蝎の如く嫌われ馴染めずにいるという風景を描いている。
その事で思い当たるのがやはり階級である。
今では上級国民なんて言葉遊びが流行ってるが、結局世の中は支配するものと支配されるものに分類される。それはどういうわけか分からないが、そうなるのである。
その事を、なんというか政治的な視点ではなく、婉曲的に描きたくて貴族主体の視点というのを選んだ気がするのだ。
彼は多くの囚人の姿を見て驚く。色んな人間がいる。強盗、子供を殺すことに快楽を覚える者、妻をひたすら殴る男、陰鬱な男、陽気な男、騙されて刑務所に入る者、くさくさする者、臆病な軍人、うなされて真実を喋る男、異教の者、温和な者、酒で金を稼ぐ者、一年の稼ぎを一日で浪費する者、間際でメソメソする者、馬を愛でる者、主人の犬を皮職人に売る者、玉ねぎ1つで監獄に入る者、自分から望んで入る者、、、。
妙な言い方かもしれないが、インテリが頭でっかちと言われるのは、一重に人を十把一絡げに分類して札を貼り、お前はこれ、あんたはこれなどと決めつけてしまう事にあると思う。だが果たしてそうだろうか。自分を見てさえも様々な面がある。良いこともするし悪いこともする。神に祈るかと思えば他人をボロクソに貶す。
――今、大岡昇平の野火を再読しているのだが、
「戦争を知らないものは半分は子供だ」
という言葉にショックを受ける私がいる。
ドストエフスキーを世界的文豪にしたのは監獄生活があったから、などと安易には言えない。刑務所に入っても何も変わらない人間の方が多数だからだ。本書でもいくら死に至る鞭打ちを加えても改心するものはいないと断言しているくらいだ。ヒトの本性はどす黒く汚れきっていて自分本位で他人はお構いなし、それは囚人という裁判制度に晒された人だけの特徴ではないのではないか。
私だって「不幸な人々」な気がする。同じものを見ても何も見えてない。
後書きによると、彼は監獄生活の合間に禁じられたメモを取り医師によって保管してもらっていたという。なんだか1984のウインストンのようでもある。
書かないではいられなかったのだろう。
それは彼が発狂寸前だったのかもしれない、などと勝手な想像をするのだ。
私だって、何か書かないと狂ってしまいそうになる、、、そんなことをたまに思う。
列間笞刑
https://jp.rbth.com/history/84695-katsute-roshia-okonawareteita-taikei