【おはなし】 子供の目と半透明人間
図書館の開館日を調べてみると、毎週月曜日が休館日だと判明した。私が図書館へ向かったのは水曜日だったはず。なぜ休館していたのだろう。
私はいつものように調べ物を開始する。今日はネット検索では仕入れることが難しい情報を集めに図書館へ向かう。
外は晴れているが折りたたみのカサを持っていく。バスに乗り込み空いている座席に座り窓の外の景色を眺める。保育園児が先生に連れられて一列になって歩いている。近くの公園に遊びにいくのかもしれない。
信号待ちになるとバスは停車する。私はいつも考える。もしもバス停以外の場所で誰かが乗りたいと申し出たときはどうなるのだろう。例えば今この瞬間。バスは停車しているのだからドアを開けて客人を迎えることは難しくはないはずだ。
ルールが決まっているのかもしれない。運転手の采配ではどうにもならない問題なのかもしれない。もしもバスが乗客を乗せていないタクシーなら、乗りたいと合図を送ってくる客人を喜んで迎え入れるはずだ。私はいろんな仕事を経験したけど運転手はしたことがない。今度インタビューを申し込んでみよう。
私はときどき調べ物をするためにインタビューを申し込むことがある。といっても著名人の話を聞くのは退屈なので一般的に無名の人物の話を聞くのが好きだ。
こないだ話を聞いたのはラーメン屋の店主。ちょうど忙しい時間帯だったのに店主は快く受け答えをしてくれた。その理由はカウンターに座った私が次から次へと注文を繰り返して伝票の枚数がどんどん増えていったことと関係があるはずだ。
もちろん全部おいしく頂いた。私は以前に大食いファイターの話を聞いたときに食べ方のコツを教わったのだ。私は見た目以上にたくさんの料理を平らげることができるのだ。
懐かしい思い出に浸っているうちに、バスは図書館前に到着した。
私はゆっくりと歩いていく。滑って転ぶのはスケートリンクの中だけで充分だ。図書館の入り口に立つと自動ドアが開き私を迎え入れてくれた。
今日の調べ物は裁判に関する情報だ。昔の新聞記事から情報を集めるのが目的。私は新聞専用の閲覧コーナーへ行き職員に指定の日時の記事を取りに行ってもらうように頼んだ。
この図書館には大きな地下書庫があり、終戦後からの新聞が全種類保管されている。戦前の新聞も部分的には残っているのだが、大半の記事は爆撃機に破壊されてしまった。
私は待ち時間を活用して館内を散策する。脳裏に浮かんだ女性を探しながら歩いていく。朝のこの時間帯には私のような中年男性やご老人が多いのに、今日は珍しく若い女性が多い。なにかイベントがあるのだろうか。学生のテスト期間が関係しているのかもしれない。制服を着ていないと中学生か高校生か大学生かの見分けがつきにくい。
私はこれでも記者の目を持っているのである程度は見抜ける自信があるのだが、刑事の目を持つ人物には敵わない。どちらも疑い深いという職業的な共通点がある。
私は絵本コーナーへ行き何冊かの絵本を読んでいく。右目を閉じたまま読むのがコツである。数冊の絵本を読み終えると私の左目が子供の目に変化する。これで私は、右目に記者の目、左目に子供の目を持った大人として1日を過ごすことができる。
私はもう一度自習コーナーへ行き右目を閉じて子供の目で女性たちを視界に捉えていく。彼女たちは10代後半くらいの若さに見えるのだが、子供の目を使って見ると彼女たちの中の少女性が浮かび上がってくる。たいていの若者は早く大人になりたくて子供の自分を心の奥に隠している。お化粧、流行りの音楽、デジタルルーツが彼女たちの少女期間を短くしていることに誰も気づいていない。
どうやら私の探している人物はここにはいないみたいだ。彼女たちは大人になることを少々急ぎすぎている。テストの勉強も大切なのだが、もっと、もっと大切なことがあるのに彼女たちは気付いていない。いや、気付いていたのだが現実世界で生き残こるには役に立たないと判断して心の奥底に沈めてしまったのだ。
私は悲しい。といっても私だって彼女たちと同じこと繰り返してきたのだ。大人になんてなりたくなかったのにいつの間にか大人になってしまった。かろうじて私は絵本を読むことで子供の目を蘇らせることができるようになった。
私は新聞閲覧コーナーへ戻り書庫から取り出してもらった記事を読んでいく。簡単メモを取りつつ隠れてスマホで写真も撮る。
記者の目と同様に私は記者の手を持っているので簡単にできてしまう。取材相手に気づかれないように自然な表情を撮影することは新聞記者にとって重要なスキルなのだ。私のような末端の末端でさえこれくらいは朝飯前である。
最後に、刑事の目を持つ人物が近くにいないかの確認は必須であることをお伝えして、今回の報告を終えることにする。
つづ・・・きそうな予感
姉妹作はこちら