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連載小説(32)漂着ちゃん

「ところでエヴァさん。所長の動きはとりあえず止められました。この先だれが指導者になるか、という話はゆっくり考えるとして、目先のことですが…」

「いま、陰で糸をひく人物がいないならば、町のAI制御の機器はすべて停止しているはずです。私の推測が正しいならば、無法地帯になっているということです。基本的に『漂着ちゃん』しかしない平和な町ですし、所長がいなくなったからといって、すぐさま争乱が起こるわけではありません。しかし、やがて時が経って、地下室の外にいる人間にも所長がいないということが確信されれば、秩序が乱れる恐れがあります」

「確かに、『所長イコール法律』みたいな世界ですからね。当面の間は所長不在の状況を、今も所長が存在するかのように住民に信じさせることが大切ですね」

「そうですね。パノプティコン的に…」

「エヴァさんには、なにか名案はありますか?」

「それは私があなたに聞きたいことです。とりあえず、地下室を出ましょうか?一応外の現在の様子も確認したいですし」

「いますぐにここを出ることは、危険ではありませんか?」

「わかりません。ですが、遅かれ早かれこの地下室からでなければ何も変わりません。それにずっとここに長居することもできないでしょう。どうです?、久しぶりに私の棲む家へ来ませんか?マリアもいます。あなたにも会いたがっていますから」

「しかし…」

「ナオミさんなら大丈夫よ。1日2日あなたがいなくたって。『所長との話が長くなった』とか、いくらでも言い訳はできますし」


 結局私は、エヴァの言葉に従うことにした。

「じゃあ、行きましょうか?」

 地下室の扉をゆっくりと開けた。二人の護衛官がいた。しかし、ピクリとも動かなかった。

「やはり、この護衛官は所長と同じAIロボットだったようね」

 収容所全体がゴーストタウンのようになっていた。
 収容所から一歩も出ない生活が当然だと思いこんでいる『漂着ちゃん』には、外へ一歩踏み出すという発想自体がなくなっている。
 今、活動しているのは、エヴァと私だけだ。

「じゃあ、行きましょうか?」

 私は言われるままにエヴァの車に乗り込んだ。


 今回は、はじめて収容所にやってきた時のように目隠しをされることは一切なかった。

 所長との対峙という興奮状態から解放されたとき、私はふと思った。エヴァは本当にエヴァなのかと。

「エヴァさん…」といいかけたとき、彼女のほうが言葉をカブせてきた。

「着きましたよ」

「えっ?」
収容所を出てから、5分程度しか経っていなかった。「もう、着いたのか?」というのが率直な感想だった。

「驚きました。収容所とエヴァさんの家は、こんなに近かったのですね」

「そうですよ。最初に収容所へあなたを運ぶときには、わざとグルグルと遠回りしました。所長の指令にしたがって」

 私には、このエヴァの言葉に矛盾を感じはじめていた。
 なんなのだろう?この違和感は…


…つづく


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山根あきら | 妄想哲学者
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします