🚋短編小説👧終着駅👨💖
(1)
疲れていつの間にか寝てしまった。よくあることだ。職場から離れるにしたがって、乗客の数が減っていく。まわりに人が少なくなるにつれて、車内が静かになり、ほっとするのだろう。
今日もいつものように、県境を越えた辺りから急に乗客が減った。さっきまでは密集していて、かばんにしのばせておいた文庫本など読む気にならなかった。
寝ていてはもったいない。たまには電車の中で本を読むのもいいだろう。栞を挟んでおいた少し前のページから読み進めた。
私は基本的に面白い本は一気に読んでしまうことが多いが、どうしても時間が足りないこともある。そのようなときは、つまらない退屈なページに栞を挟むのではなく、面白い!と思うページで読むのをやめるようにしている。こうしておけば、再びその本を読み始めるときに、気持ちが入りやすいからだ。
さて、この話の続きはどうなるのだろう?
「男の前に、1人のかわいらしい女の子が微笑んでいる。どこかで会ったことがあるのだろうか?その少女は男の顔を、懐かしそうに眺めている」
「男とその少女とは、初対面のはずである。男は既婚者だが、子供はいない。しかし、結婚してすぐに子供が生まれていたならば、ちょうどその少女と同じくらいの年頃の娘がいてもおかしくない。」
「......」
私はいつの間にか眠りに落ちていた。
(2)
気がつくと私は、すでに終着駅に着いていた。
「お客さん、起きてください」
車掌さんの声で目が覚めた。あぁ、寝てしまっていたのか。もう着いたのか。
「失礼しました。つい、うとうとしてしまって」
「大丈夫ですか?この辺りには、泊まれるようなところはないのですが......」
「いえ、それは大丈夫です。私の家はこの近所なんです」
「そうでしたか?それはよかった。もう寒くなりましたから、お気をつけて」
微笑みながら車掌さんが言った。
「ありがとうございます」
車掌さんに挨拶して、私は家の方へ歩き出した。
(3)
駅を出て、いつものように自宅に向かって歩いていった。この辺は閑静な住宅街である。帰り道で人を見かけることは少ない。
しかし、しばらく歩いたところで、誰かが私の後ろからついてくるような気がした。足音が聞こえたわけではない。気配だけが感じられるような不思議な感覚だ。気のせいだろうと思ったとき、背後から「お父さん?」という声を確かに聞いた。
私は思わずふり向いた。そこには、18歳くらいの、かわいらしい女の子が立っていた。
(4)
私はその少女に尋ねた。
「君は誰だい?こんな夜遅くに1人で寒い中、どうしたんだい?」
「お父さんは私のこと、覚えてないの?」
「どういうことかな?私には子供はいないよ。人違いじゃないかな?」
「間違えるわけないよ、自分のお父さんのことを」
とりとめのない会話を、少女としているうちに、少女の顔が奈都子に似ていることに気がついた。
(5)
私が今の自宅を建てたのは、18年前のことだった。都会の雑踏の中で過ごすより、郊外の静かな環境で過ごしたかったからだ。
生まれてくる子供にも、静かな環境で育ってほしいと願っていた。
その日、奈都子は、慣れない階段をおりているとき、足を踏み外してしまった。私が仕事でいなかったときの出来事である。
あれほど気を付けるように言っていたのに。奈都子は身籠っていた子供を流産してしまった。
(6)
「もしかして君はあのときの子かい?」
私は尋ねた。
「そう、奈都子さんにあの時殺されたのが私なの」少女は恨むような声色で答えた。
「私が今、この世に普通に生まれていたら」涙声で、少女は語り続けた。
「奈都子さんは階段を踏み外したわけじゃないの。わざとだったの」
思い出した。確かに奈都子はあまり子供をほしがってはいなかった。もともと精神的に不安定になりやすい性格だった。母親になる自信がないと、よく私に言っていた。
結婚するときも、「子供は作りません」と言っていた。しかし、私は子供がどうしても欲しかった。実際に子供を身籠ったら、奈都子の気持ちが変わるかもしれない。そんな気持ちだった。
(7)
「ごめんね」
私は思わず少女を抱き締めた。
「ごめんね、奈都子のことをちゃんと理解していなかったお父さんが悪かったんだ」少女は私の腕の中で泣いた。
「お父さんは、奈都子さんと私では、どっちが大切なの?」
私は言葉に窮した。
言葉が出てこない。
その時、車掌さんの声が聞こえた。
「お客さん、起きてください」
私は、今日もまた、終着駅まで眠っていたようだ。少女の温もりを感じながら。
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