短編 | ジョンの贈り物
僕は最近、母の左乳房に鼻を擦り付けるが日課になっていた。
「ジョン、どうしたのよ。また?あたし、もうオバちゃんなのよ。でも、そうやって元気にしてくれると、なんか嬉しいな」
母は何か勘違いしているようだ。僕は愛情表現のために、母の左胸に鼻を擦り付けているわけではないのに。
もともと僕は視力はあまり良くない。情けないことに、失禁してしまうことも増えていた。体調を崩して、嘔吐してしまうことすらあった。
「あぁ、ジョン。苦しいのね。もう13歳だものね。仕方ないわね」
僕はラブラドール・レトリバー。13年しか生きていないが、死期が近いという自覚はある。確かに、視力も足腰もだいぶ弱っている。だが、嗅覚は衰えていない。僕は最近、母の左胸に異臭を嗅ぎ取っていた。なんとか母に伝えたい。僕は決心した。母に噛みつくことを。
「なにするのよ、ジョン。血が出ちゃったじゃないの」
僕はこれで良いと思った。
「ジョン、悪いわね。しばらくあなたをお医者さんに預けることにしたわ。最近、あなた、おかしいから。私も一応、あなたを預けたら、お医者さんに行くわ」
ジョンに噛まれた箇所は、それほど深い傷ではなかったが、念のため医者に診てもらうことにした。なにごともないだろうけれども。
「奥さん、左胸に小さな腫瘍が見つかりました。今のうちに処置すれば、再発のリスクはほとんどありません。手術しておきましょう」
そうか。ジョンはこれを伝えたかったのね。
術後しばらくして、私はジョンのもとへ向かった。
「お母様、ジョンさんは3日前に息を引き取りました。残念ですが」
死亡時刻を聞いた。私のオペが終わった時刻だった。この私の命は、ジョンが授けてくれたものなのかもしれない。
ジョンと一緒に過ごすことが当たり前になっていた。息子のようであり、親友でもあった。
だが、わたしよりもジョンは、年上だったのだ。
だから、ジョンのことは、私が看取ると決めていたのに。私は彼の最後の最後に、なにもしてあげられなかった。最後の命を燃やして、私に病のことを伝えようとしてくれていたのに。
ジョンの亡き骸を見た。うっすら笑って、私に微笑みかけているように見えた。
そのとき私は、大はしゃぎして飛びついてきて、私の膝に初めてのった時のジョンのことを思い出していた。
ごめんね、ジョン。たくさんの思い出をありがとう。私、あなたのためにも、この命を大切にするね。
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