短編 | 一瞥の薔薇
(一)
なんとなく声をかけられて、なんとなく付き合うようになって、なんとなく彼と同棲し始めた。
たまに一緒に出掛けて、たまにテレビを見ながらあれこれ語り、たまに体を重ねるという、普通の恋人が普通にするような日常を送っていた。
ちょっとだけ他の恋人たちと違うのは、私が毎週土日は1人きり家の中で過ごしていたことくらいだろうか?
1人きりでいる時間は、なにをしても私の自由だ。けれども人間というものは、自由が与えられても、生活のパターンというものが自然に形成されていくものだ。そして、私もその例外ではなかった。
土曜日はたいてい、彼を朝7時頃に見送り、そのあとは私1人の時間がつづいた。
同棲し始めた最初の頃は、彼を見送ったあと、いつもより早めに家事をしたりしていたが、次第に別に午後でもいいか、という気持ちになった。その代わりに私の午前中の日課になったのは、ぼーっと窓の外を覗き、通り往く人々は眺めるという何の変哲もないことだった。
しかし、こういう空虚な時間でさえ、自分の思い通りに自由に流れていくものではなかった。
毎週毎週、同じところから同じ光景を見ていると、次第に人の顔を覚えるようになった。
土曜日午前10:01。
私はこの時間がやって来ることを心待ちにするようになっていた。
(二)
彼をはじめて見かけたときから、通りすがりの人の1人として眺めることはなかった。彼のまわりだけ、キラキラと輝いていた。一瞬で彼の虜になった。けれども、それは束の間の出来事だった。ああいう人が私の彼氏だったらな、とちょっとだけ夢想したに過ぎなかった。どうせもう出会うことなんてないだろうし。
(三)
また土曜日になった。9:30。
先週と同じように、私は窓の外をぼっーと眺めた。果たして、私の左目に、キラキラと輝く光が差し込んだ。
あわててそちらに目を向けると、先週の彼が歩いていた。
「この世に、あんなにオーラを放つ男の子がいるのね」
私は彼との再会を心から喜んだ。また会えるかもしれない。
(四)
彼は必ず私の目の前を通る。私の耳には、今、恋のプレリュードが流れて聞こえる。
10:01。私の世界の輝きはマックスになった。
(五)
「じゃあ、行ってきます。今日は遅くなるかもしれない」
「そう、それは寂しいなぁ。でも仕方ないか。気を付けて行ってらっしゃい」
私がそう言うと彼は無言でキスを求めた。私は反射的に彼の腕を振りほどいてしまった。
「あ、ゴメンね」と彼が言った。
「ごめんなさい。ちょっとビックリしてしまって」
彼はニッコリと笑ったが、その口許に私は彼の冷笑を見たような気がした。
土曜日10:01が近づきつつあった。
私はベランダに干したままになっていた彼のトランクスと私のパンティを取り込んだ。気が付いたとき、もうすでに9:55を過ぎていた。
「間に合った」と独り言を言ってから、私は窓の外を眺めた。まだ、キラキラは私の目には飛び込んで来なかった。
しばらくすると、男の子が歩いて来た。私は目を疑った。彼のとなりには、軽薄そのものといった感じの女が歩いていた。
大きな胸をアピールするかのように、胸元が大きくあいたキャミを着ていた。
「ダメよ。その女はあなたを騙そうとしているのよ」
(六)
私の1週間は、イライラした時間になった。ほんの気の迷いとはいえ、あんなに輝く男の子を誑かそうとしている女がいる。私には、他の誰よりもあの男の子を愛しているという自負があった。
土曜日の朝、彼を見送ったあと、私は白いワンピースに着替えて、10:01になるのを待った。
「大丈夫。きっと今日、あの子は1人で私の目の前を通るから」
自らを鼓舞しながら、ひたすら彼のオーラを見るのを待っていた。
(七)
「えっ、なにかの間違いでしょ?」
男の子のとなりには、またあの女がいた。
メスのフェロモンを駄々漏れにして、純粋な男の子の心をもてあそぶなんて、絶対に許すことは出来ない。私は包丁を手にして女のもとへ向かった。
「騙されちゃいけないわ。この女はあなたを誑かそうとしてる!」
「誰?この女。あなたは逃げて」
女がわめいた。
問答無用。私は女の左胸を刺した。女は微かな悲鳴をあげてその場に倒れこんだ。私は二度と女が復活できないように、何度も何度も女の胸を刺しつづけようとした。
しかし、三度目に女の胸を刺そうとしたとき、力強い彼の右手が私を制止した。私にビビビ、と電流が走った。
そんな私の気持ちも知らないで、男の子は私にこう言った。
「あんた誰だ?!なんてことをしてくれたんだ!!」
私は耳を疑った。
「そんなぁ。私はあなたを守りたかっただけなのよ」
彼はスマホを出して、110番した。
「通り魔です。女性が倒れています。早く、早く来てください」
なにを言ってるの?
私はあなたを愛しているだけよ。
彼を抱き締めようとした時、彼は私の手から庖丁を取り上げようとした。
ダメよ。これは女にとどめをさすときに必要なものだから。
なんであなたには、私の純粋な気持ちが伝わらないのかしら。仕方ないわね。
(八)
次の瞬間、気がついた時には、私は男の子の胸を刺していた。キラキラ光る綺麗な鮮血で、私の白のワンピースは真っ赤に染まった。
赤い薔薇が私の白い薔薇と並んでいる模様がクッキリと浮かび上がった。
「まぁ、なんてきれいな薔薇!!」
やっと二人きりになれて、私は無上の喜びを感じ、欣喜雀躍した。
『一瞥の薔薇』(完)
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