短編 | 柏原教授の日常
「こんにちは。やむを得ず、少し遅れました」
教授はいつもと同じ言葉を口にした。今日も30分以上の遅刻。まったく悪びれた様子はない。
毎回遅れてくる先生だから、私たちも定刻に来て待つのではなく、30分遅れで教室に集まろうとしたことがあった。
しかし、その日に限って、先生は定刻にいらっしゃったようで、私たち学生に対して暴言をはいた。
「教授をひとり待たせるゼミ生がどこにいる?!指導しようと思ったら、部屋に誰もいない。驚いてしまったよ」
驚いたのは私たちのほうだった。教授が定刻に来たことなど一度もなかったからだ。
教授の理屈はこうだ。
教授は偉い。主な仕事は、学生の指導と自身の研究である。しかしながら、大学というものは学問する場所であるから、より大切なのは自身の研究である。
学生も、高校生までのように、決まりきったことを学ぶのではなく、自分自身でテーマを見つけて、自分の力で考察を深めていくべきである。
大学教授である私は、研究第一であるにも関わらず、君たち学生を思って時間を割いているのだ。教授はいわば神だ。だから、学生は有無を言わずに従いなさい。すべてを研究に捧げたいのに、わざわざ君たちのためにゼミを開いているのに、遅刻するとはなっとらん。。。
それで、遅刻するときに教授がやっていることは、さぞ高尚な学問なんだろうな、と思っていたのが、やっていたのは株の売買に過ぎなかった。
ゼミ生はみな、正直に言ってあきれ返ったのだが、教授はいたって真面目だった。
「株の売買というものは、科学なんです。私は、財務会計の知識を駆使した株の売買を日々実践しています」
あぁ、そうですか。先生はすごいんですね。日本人ではじめて、会計分野でイギリスの大学のPhDを取得したんでしたね。
今は国立大教授を辞め、私大教授になり、それも一年前倒しで辞めて、現在は、日々、株の売買をして、たまに執筆して暮らしてるそうですね。いいご身分で、よかった、よかった。