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外見vs内面

 外見か内面か?
 昔からさまざまな人に議論されているが、決着のつかない問題である。



 出てくる一応の結論は、「外見をよくするには、内面の改善が必要である」「外見よりも内面が大切である」あるいは「外見なんか気にする必要はない」「自分らしくしていればよい」などである。他にもいろいろな亜種の意見もあるが、大別すれば以上のようなことだろう。


 一般的に結論の一致をみない問題というものは、次のような場合である。

難し過ぎて、今現在だれにも解けない問題である場合。

最初から答えのない問題である場合。

そもそもの問いの立て方がまずい場合。


 「外見か?内面か?」という問題は、①から③のうち、どれに当てはまるだろうか?

 ①の場合なら、議論を進めていけば、いつか解決される。

 ②の場合なら、議論しても不毛である。もちろん議論した上で「不毛だ!」と結論づけることができれば、もうそれ以上議論する必要はなくなるから、一歩前進とも言えるが。

 ③の場合なら、答えを求めるのではなく、問題そのものに瑕疵があるということである。そもそも「内面と外面」というように、一人の人間性をきれいに2つに分けることができないのなら、答えを求めても意味がない。最初にすべきは、「問いそのもの」を見直すことであろう。


 「外見か内面か?」という問題を複雑にしているのは、私が思うにみんな③だと薄々気がついているのに、①の可能性を信じている人が多いからではないだろうか?
 これからも議論百出の予感がするが、もっと根本的なところを見直す必要があるように思う。


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山根あきら | 妄想哲学者
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします