短編 | はつこい
「智宏さん、なにしてるの?」
「あぁ、小学生の頃の日記が出てきてね。」
「あら、懐かしいわね。もしかして、私もあなたの日記の中に登場してるのかしら」
「いや、千賀子のことはどうかなぁ。書いてあるかなぁ。」
私は今、古い日記帳を読んでいる。増えてしまった本の整理をしているとき、小学生の頃、毎日書いていた日記帳をたまたま見つけたのだ。
昭和59年11月✕日。小学2年生のときの日付だ。この日は、私にとって、大きな転機になった日のはずだ。しかし、その日の日記に限って、日付以外なにも書かれていない。私の記憶では、たしか晴れていたはずだ。
「ちかちゃん、おはよう」
「うん、ごめん、さきに行くね」
いつもなら、
「ともくん、おはよう、いっしょに学校行こう」となるはずなのに。
なんとなく避けられているような気持ちになった。なにか、嫌われるようなこと、言ったかな?
胸に手を当てて考えてみる。ずっと考えてみても避けられるような理由は思い浮かばなかった。
その日の帰り道も、ちかちゃんと帰るつもりだった。朝の理由を聞きたい気持ちもあったし、普段からいっしょに下校していたから。
「今日もいっしょに帰ろう」
「ごめん、やっぱりどうしたらいいか、わからないから」
「なにが?」
「だって、ちかちゃんとともくんは、コイビトでしょ?コイビトだったら、キスするでしょ。」
「そうなの?」
「うん。そうなんだって。テレビで見たもん。でも、キスするとき、お鼻がぶつかると、困るでしょ。一生懸命考えたけど、よくわかんない」
「そっか。じゃあさぁ、ちかちゃん、ちょっと首をかたむけてみて。」
「これでいい?」
「じゃあ、キスするね」
ぼくは、ちかちゃんのくちびるに、ぼくのくちびるを近づけた。
くちびるより先に、お互いの鼻と鼻がぶつかってしまった。
けれど、ちかちゃんの気持ちにこたえたい。鼻と鼻がぶつかったまま、ちかちゃんの口唇に自分の口唇を押しあてた。
「そっか。お鼻がぶつかったあと、キスしてもいいんだね。ともくん、男の子だね。どうもありがとう」
その日、ちかちゃんに「バイバイ」を言ったあと、家に向かったぼくは、家に着いてからも、お母さんにもお姉ちゃんにもなにも言わず、疲れてそのまま寝てしまった。きっと、微笑みながら。
「智宏さん、なんでニコニコしてるの?なにも書いてないみたいだけど」
「いや、なんでもないよ。」
「そう? 小学2年の11月か。ふふふ」
「なんだよ。覚えてるの?」
「さぁ、なにがあった日かしらねぇ」
(おしまい)
甘野充さんの企画に参加いたします。
よろしくお願いいたします💋
以前書いた作品を加筆修正しました。
オリジナルはこちらになります。
このままのほうが良かったような気もしています。過去作をそのまま出すのは気がひけて手直ししちゃいましたが。、。
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします