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小説 | 許し⑤(最終話)


前話はこちら(↓)


 さっきと同じように、僕は歯を食いしばりながら5、4、3、2…と心の中で数えた。しかし、0を過ぎても何も起こらなかった。僕はゆっくりと目を開けようとした。その瞬間に、柔らかい感触を口唇に感じた。

「青木、これでいいよね」
ユキは潤んだ瞳でそう語りかけていた。

 僕の口唇はなにか言いたいはずなのに、麻痺していた。僕の口唇に残るユキの口唇の感触が僕の言葉を阻止したのだ。

「私ね、もういいかな、と思ったの。許すと許さないとか、そういうことじゃなくて、ずっと青木を恨みつづけているのが馬鹿馬鹿しく思えて。青木の今の気持ちだけを受け止めたいと」

「それでいいのか?」ようやく出てきた言葉は陳腐なものだった。

「青木くんには、今日が過ぎたら、もう会うことはないでしょう。だったら、恨み言を言うよりも、私の今の気持ちをきちんと伝えておいたほうがいいと思ったの。私のいじめが始まる前、私、青木くんのことがすごく好きだったから。そのときの気持ちに戻れるなら、戻ってみたい。その後のことは、水に流したい」

 僕は「ありがとう」としか思えなかったが、出てきた言葉は「ほんとうにごめんなさい」だった。

「あぁ、もう。そういうこと言われると嫌いになりそう。もういいよ。好きな男の子から謝られると、妙な罪悪感を持ってしまうから。それより、みんなのところへ一緒に行こうよ」

 ユキは僕の肩をポンポンと叩きながら微笑んだ。

 この日が僕の人生でユキに出会った最後の日になった。


…おわり


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山根あきら | 妄想哲学者
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします