短編 | いい日旅立ち
帰りの電車は空いていた。膝に乗せたリュックの透けたポケット越しに、キンクマが熟睡しているのが見える。
ペットショップでひとりぼっちだったキンクマ。そして、ともに生きた妻に俺は依存してきた。しかし、今なら言える。人生のどん底から一緒に乗り越えた家族であると。
キンクマは、言語とネットを駆使して、異類の人間界の中で自立して生きてきた。
しかし、俺はどうだっただろうか?
俺は遥香を頼ることを自らの生きがいにしていたのではないだろうか?
そして、遥香という寄る辺をなくしたとき、その間隙に入り込んだのが愛羅だった。
他人のいいなりになり、相手を甘やかした。それが結果として最悪な事態を招いた。キンクマまで巻き込むことになった。
自らの足で立つ代わりに、他人の足を使って立ったことがこういう結果を招いたのだ。他人に依存している俺自身と決別して生まれ変わりたい。そういう意識に転換してくれたのはキンクマだった。
今、俺はキンクマと旅をしている。キンクマとともに笑いたい。
悲しみの涙ではなく、一緒に嬉し涙を流してみたい。
三軒茶屋で電車を降りた。小雨が降っていた。
「なんか匂いがする」とキンクマが呟いた。俺には何のことを言っているのか分からなかった。
「どんな感じの匂いがするの?」と俺は尋ねた。
「土っぽいような」とキンクマが応えた。
「ああ、雨上がりの匂いだね。アスファルトが濡れたときの匂いだね」
「いい匂いだね。アスファルトのよごれを洗い流す匂いだけどね」とキンクマは微笑みながら言った。
「キンクマ、こういう匂いって、なんて言うんだっけ?うろ覚えだけど『ぺ、なんちゃら』だったよね?」
「ペ…ヨンジュン、かな?」
「あはは、キンクマ、なんか違うなぁ」
「『ぺ + タツジュン』で、ペ・ヨンジュンでいいんじゃない?」とキンクマが笑った。
「『ヨン』がどこから出て来たのかわからないけど、それもアリだね。林家ペーより、いいかもしれないね」
「じゃあ、決まりだね。この匂いはペ・ヨンジュンと名付けよう」
俺とキンクマは、雨上がりのペ・ヨンジュンをともに嗅いだ。俺はもう大丈夫だ。どんなにつらいことがあっても、乗り越えていける気がした。
その時、とキンクマがぼそりと呟いた。「タツジュンと一緒にいた時間はホントに楽しかったよ」
なぜ、キンクマはそんなことを言うのだろう?
「タツジュンは、もう大丈夫だよ。今までいっぱい、いっぱいありがとう」
キンクマが俺の手のひらから降りた。
「そうか、そういうことなんだね」と俺は思った。
「キンクマ、ほんとうにありがとう」
俺の言葉にキンクマは、ニコリと、けれども寂しそうに微笑んだ。
キンクマはどんどん遠くへ走って行く。とうとうキンクマの姿は黒い点になった。
この日を最後にキンクマは、俺の世界から消えた。
ももまろさんの作品をお借りしました。
オリジナル作品の内容とは大きく異なります。
お借りした作品はこちら(↓)
https://note.com/hope0404/n/nd8733976c0dc
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