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随筆 | AIと生成文法

ノーム・チョムスキー
(福井直樹・辻子美保子[訳])
「生成文法の企て」(岩波現代文庫)。

 この記事では、本の感想ではなく、生成文法について私の思うことを書きます。


 言語学の専門書を読んでいると、「プラトンの問題」という言葉に出会います。「プラトンの問題」とは、人間が言語を使いこなせるようになることに関する謎のことです。

 赤ん坊は、親や周りの人の言葉を聞きながら言葉を覚えていきます。細かな文法を教えられて言葉をマスターしていくわけではありません。

 しかも、赤ん坊が耳にする言葉は、必ずしも正しい言葉ばかりとは限りません。間違った言葉遣いも多いことでしょう。にもかかわらず、おおむね正しい言葉遣いを獲得します。少なくても、自分の生まれ育ったところの言語(第1言語)を習得することに失敗する人はいません。

 チョムスキーの生成文法が誕生する以前は、言葉というものは生後に獲得されていくものと考えられていました。しかし、チョムスキーは生まれる前から人間には「言語獲得装置」が備わっているはずだと考えました。言語獲得装置のようなものが人間に備わっていると考えないと「プラトンの問題」が説明できません。チョムスキーは言語獲得装置のことを普遍文法と読んでいます。

 普遍文法とは、言語に関する知識の体系のことです。普遍文法は、(赤ん坊は英語なら英語、日本語なら日本語に接しながら、個別の言語を学んでいきますが) どんな言語にも当てはまる知識の体系が最初から人間には備わっているはずだ、という考え方に基づくものです。

 しかしながら、たとえば日本語が第1言語の場合、第2言語である英語を学ぶときには苦労しますね。普遍文法が本当に人間に備わっているならば、あらゆる言語の習得に苦労しないはずなのですが。

 日本語では「主語・目的語・動詞」という「SOV」の語順であるのに対して、英語では「主語・動詞・目的語」という「SVO」の語順です。生成文法では、このような語順の違いは「パラメータ」と呼ばれています。普遍文法の中で許される「変数」のようなもの、あるいは「初期設定」のようなもの。

 私の理解では、「パラメータ」とはスマホのアプリのようなもの。同じ純正品を持っていても、人それぞれダウンロードするアプリは異なります。そして、いったん取り込んだアプリに使い馴れていくと、全く別のアプリに馴れるのは難しくなっていくでしょう。頭の中で、モード・チェンジがしにくくなります。

 私が思うに、スマホの純正品に最初から備わっているものが「普遍文法」であり、後でダウンロードするようなアプリが「パラメータ」です。同じスマホを使っていても、自分のスマホならうまく使いこなせるのに、他人のスマホだとうまく使いこなせないということはありますね。アイコンの並べ方も人によって異なりますしね。


 最近、私はよくGeminiというAIを利用しているのですが、生成AIと生成文法には関係があるようです。
 詳しいことはまだ理解できていませんが、AIの翻訳は(多少不自然さありますが)、迅速でかなり正確です。

 AIは単なるコピペではなく、膨大なデータから規則性を見いだして、新しい文章を生成いきます。どのような仕組みなのかは、企業秘密もあるでしょうし、なかなか全貌を知ることができません。しかし、少なくても、既存の文法書の文法を暗記させたり、無数の単語を覚えさせて新たな文章を作っているとも思っていません。


 ところで、以前、シュリーマンの「古代への情熱」の一節を朗読したことがあります。
 もしかしたら、AIの語学習得方法はシュリーマンの学習法と似ているかもしれません。

 シュリーマンは、古代ギリシア語やロシア語など、語学の達人として有名です。
 未知の言語を習得するとき、その言葉を知らない乞食を雇い、一冊の本を朗読して聞かせたという話があります。とくに屈折変化の多いギリシア語を学ぶときには、文法書を読むのではなく、ギリシア語で書かれた本を丸暗記したと言われています。そして、覚えた本と照らし合わせて、書かれた文章の間違いを指摘することができるレベルに達しました。

 生成AIの技法はシュリーマンと似ているかもしれません。ただ違うのは、シュリーマンは人間であり、普遍文法を最初から持っていますが、AIは普遍文法をもっていないということです。

 人間が言葉を覚えるとき、身体と言葉を結びつける接点がありますが、AIにはそもそも身体がありません。あるのは、膨大なデータのみです。


 普遍文法という考え方が正しいかどうかはわかりません。脳をいくら分析しても解剖しても、頭の中に入っている言葉そのものや普遍文法を観察することはできません。仮説に仮説を重ねるだけのような気持ちもあります。しかし、現実として、AIは言葉を生成していきます。

 身体を持たないAIが言葉を次々に生み出すことには不気味さを覚えますが、AIや言葉を研究することは、「人間とはなにか?」という哲学的な問題を私たちに突きつけているような気がしています。

 今までは、生成文法的な考え方には与したくない気持ちでしたが、しばらくの間、チョムスキーの「生成文法」を勉強してみようかな、と思っています。


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