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信越本線夜行列車
(1)
仕事おさめだった昭和62年12月28日、上野発の信越本線の夜行列車に乗り込んだ。
混雑していた車内も、新前橋を過ぎ、水上に向かう頃には疎らになった。ほとんどの客は沼田で降りていったが、その沼田で親子3人連れの客が乗り込んできた。
「こちらの席は空いているでしょうか?」と母親らしい女性が私に語りかけてきた。
「空いていますが…」と私はこたえた。他の席が空いているにも関わらず、なぜわざわざ私のところに座る必要があるのだろう?
「もしこちらがよろしければ、私は別の席に移りましょうか?」
「いえいえ、ご迷惑かも、と思ったのですが、息子がどうしてもババ抜きをしたいと申しまして。あなたのような若くて美しい女性が一緒に遊んでくださったら、息子が喜びますから」
これから新潟までは4、5時間はかかるから一眠りしようと思っていたのだが、旅は道連れ。これも1つの出会いだから、子供が喜ぶのならそれもいいだろうと思い、「私でもお役に立てるのなら喜んで」と返した。
「あきら、良かったわね。お姉さん、一緒にババ抜きやってくれるってさ」
(2)
「じゃあ、俺がトランプを切るから」
父親は手際よくトランプを切り始めた。そして、順番に1枚ずつ4人に配った。
5回ほどババ抜きをしたが、5回とも男の子が負けた。何度も私は、男の子にババがこれだよ、と分かるようにしたはずなのに、男の子はなぜかいつも敢えてババを引くのだった。
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