
短編 | 智宏と朋子
高校を卒業して、ある地方の大学に進学した。第一志望の大学ではなかったから、自己肯定感なんてもてなかった。
それでも、サークルに入って友人が増えてきて、この大学でも良かったのかな、と5月半ばの頃には思えるようになった。
講義が終わって、なんとなく体を動かしてみたくなってテニスコートに行くと朋子さんがいた。
「あ、智宏くんだ。ちょっと軽く運動したいなって思ったんだけど誰もいなくて。よかったら私とラリーしてくれないかな?」
僕のことに気があるのかな?今まで名前で呼ばれたことなんてないし、こんな偶然ってあるかな?いくら他に人がいないからといって、話したこともない僕に声をかけてくれるなんて。
「はい、喜んで。あんまりうまくないけど、よろしくお願いします」
「ははは。私だってうまくないよ。だって高校の時は文化部系だったから、テニスなんてしたことないしね」
それから、僕と朋子さんは小一時間、ラリーをした。初心者とは思えないくらい、朋子さんは上手だった。
「智宏くんと打ち合うのってホントに楽しい。加減してくれてるのかな?」
「いえ、普段通りです。僕も朋子さんと打ち合うと楽しいです」
こんなに女の子と楽しい時間を過ごすのは初めてだった。僕は男子校だったから。
「あっ、朋子。朋子ここにいたんだ。デートの邪魔だったかな?」
「違うってば。ここに来たら智宏くんしかいなかったから。これから一緒に買い物に行こう」
「いいねぇ。行こう、行こう」
二人だけの楽しい時間はあっけなく終わった。
「智宏くん、ありがとね。じゃあまた」
朋子さんはそのまま友だちと一緒に買い物へ向かった。
朋子さんは僕に気がある。たぶんこれは間違いないだろう。もしも友達がやって来なかったら、まだ一緒にラリーしていただろう。
少なくとも僕は朋子さんから嫌われてはいない。いくら他に相手がいなかったとしても、嫌いな人とはラリーなんてしようとは思わないだろう。
友達がやって来なかったら、一緒に食事も出来たのになぁ。たぶん朋子さんは急に友達が来て、照れてしまったんだろう。僕と二人きりの場面を友達に見られて、恥ずかしかったんだろう。
それから、朋子さんのことはキャンパスの中で何度か見かけた。向こうは僕のことに気がついていない様子だった。僕もそうだけど、二人でテニスコートでデートしたことを他の人にはあまり知られたくないからだろう。だから、あえて見て見ぬふりをしてるに違いない。
夏休みまで、何度も朋子さんのことをキャンパス内で見かけたけれど、夏休みに近づいた頃からまったく見かけなくなった。サークルにも、僕とラリーして以来、一度も姿を見せていない。講義が他の人より早く終わって、今は帰省しているのかもしれない。
夏休みが明けた頃には、また二人の時間がきっとやってくるだろう。

長い夏休みが終わった。暑すぎて最近はサークルにも行かない日がつづいた。こんなに暑い日にテニスなんてやってられない。けれども、少し顔くらいは出しておこう。
久しぶりにコートに来た。誰もいないと思ったが、コートにはカップルがいた。
「朋子さん?」
僕は目を疑った。朋子さんと大島先輩が楽しそうにラリーしていた。
僕は物陰からずっと二人を見ていた。しばらくすると、二人は日陰のベンチへ向かった。汗を拭いながら、朋子さんがドリンクを大島先輩に手渡した。先輩もそれを飲んだ。見つめあいながら、二人はニコニコしていた。
次の瞬間、二人は口唇を重ねた。
朋子さんはきっと、気の迷いか何かでキスしたのだろう。だって、朋子さんは僕の彼女だから。
…おわり
なんとなく武者小路実篤の「お目出たき人」をイメージしながら、短編を書いてみました。
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