エッセイ | 制約条件
Q
次の英文を読んで、普通の文とは明らかにおかしなところを指摘してください。和訳も付しておきます(英語が苦手な方でも分かります😃💕)。
Upon this basis I am going to show you how a bunch of bright young folks did find a champion ; a man with boys and girls of his own ; a man of so dominating and happy individuality that Youth is drawn to him as is a fly to a sugar bowl. It is a story about a small town. It is not a gossipy yarn ; nor is it a dry, monotonous account, full of such customary "fill-ins" as "romantic" moonlight casting murky shadows down a long, winding country road."
訳:
私は、この原則にもとづいて、ある快活な若者たちが英雄をみつけだした経過をお話ししよう。それは自分自身の息子や娘をもつ威風堂々たる快活な男で、ハエが砂糖つぼに集まるように、若者たちはその男にひきつけられたのである。これはある小さないなか町の話である。といって、井戸端会議のゴシップ談や、「曲がりくねった長いいなか道にロマンチックな月の光が陰気な影を投げかけていた」といった月並みの「埋め草」的修飾語に満ちた無味乾燥で単調きわまるお話でもない。
上(↑)で引用したのは、
逢沢明「複雑な、あまりに複雑な」(現代書館、p 114)で紹介されていたアーネスト・ヴィンセント・ライトの『ギャズビー』(Gadsby)という作品の一節である。
文法的におかしいのではなく、アルファベットの「E」の文字がひとつも用いられていないところがおかしいのだ。ちなみに、この『ギャズビー』は1939年の作品で、全部で269ページある長編小説だが、一度もアルファベット「E」の文字が使われていないという。
アルファベットの「E」という文字は、英語の中で最も使用頻度の高い文字である。
「E」を使わないとどれほど英文を書くのが難しくなるか?
まず、「he」「she」「we」「they」などの人称代名詞をいっさい使うことができない。「every」「each」も使えない。また、定冠詞「the」も使うことができない。
繰り返しを避ける傾向の強い英語にあっては、代名詞も冠詞も使えないのは大打撃である。
しかし、書こうと思えば、書ける。自然の法則を無視するのは、なかなかチャレンジングなことで面白い。
このような「ある文字を使わない」という点で少し似ている作品は、日本文学にもある。例えば、筒井康隆『残像に口紅を』(中公文庫、1995)。こちらは、日本語の50音が一文字ずつ失われていく物語だという。
実はこの作品を私は全部読んだことはない。言語学のエッセイ集に載っていたので、図書館でパラパラッとめくってみた。本来あるべき「音」を用いないというのは不便だが、ゲームとしてなかなか面白い。
「あいうえお」という日本語の母音を使わずに1日過ごすことは可能だろうか?明日から三連休という人もいることだろう。さすがに職場では支障をきたしそうだが、家の中では「母音禁止」なんて面白いかもしれない。
制約条件があると、作品が書きにくいと思いがちだが、あったほうが書きやすいな、と思うことがある。
例えばnoteでは、基本的になにを書いても自由だが、テーマがないと書きにくいということはあり得る。「テーマをもつこと」は「制約条件があること」と同じである。
「なにを書いてもいい」というのは、自由そうに見えて意外と不自由なのかもしれない。
あえてなにか制約を加えてみるというのも面白いだろう。