言語学を学ぶ⑨過剰修正(hypercorrection)
(1) はじめに
シリーズ「言語学を学ぶ」。今回は第9回目。
第1回目から第8回目までは、主に著名な言語学者を紹介してきたが、専門性が強く、読みにくい記事だったかもしれない。
今回は身近な言語学の話題を取り上げる。言語学の専門用語でいうところの「過剰修正」について考える。
(2) 過剰修正(hypercorrection)とは何か?
過剰修正(hypercorrection、過剰矯正、過剰訂正ともいう)とは何か?具体例はあとで挙げるが、一応ちゃんとした定義を最初に書いておく。
hypercorrection(過剰矯正)
過剰修正(過剰訂正)をちゃんと定義すると、今引用したような説明になるが、簡単にいうと、「言葉の間違いや文法の間違いを指摘されたとき、本来正しくて直す必要のないことまで『訂正』してしまうこと」をいう。
(3)具体例
ら抜き言葉、さ入れ言葉
「ら抜き言葉」については、以前記事にしたことがある。
「食べることができる」という意味の「食べられる」を「食べれる」と言ったり、「見ることができる」という意味の「見られる」を「見れる」と言ったりすることを「ら抜き言葉」という。
(私自身は「ら抜き言葉」にさほど違和感を持たないが)「ら抜き言葉」を間違いだと指摘された人が、文法に気をつけ過ぎるようになって、「さ入れ言葉」を使うようになったら、それは「過剰修正」になる。
「さ入れ言葉」とは、「せる」だけ良いのに、「させる」というように、不要な「さ」を「入れて」しまうことを指す。
「やらせていただきます」でいいのに、「やら" さ "せていただきます」と言ったり、「歌わせていただきます」でいいのに、「歌わ" さ "せていただきます」と言うようになったら、それは「過剰修正」である。
⚠️余談だが、「やらせていただきます」という文法的には正しい言葉も私はキライ。単に「やります」でいいではないか?、と思ってしまう。
歌うのだって「歌います」でいいんじゃないか?、なんて思ってしまう。
「やらせていただきます」も「やらさせていただきます」も、「過剰な謙虚さ」を装っていうようで、気持ち悪い。
どう思いますか?
(4)具体例
「ヴ」(V)か「ブ」(B)か?
過剰修正の例は他にもある。
黒田龍之助先生の「ことばは変わる」(白水社、2011年)には、次のような例が掲載されている。
日本語では、「ヴァ」も「バ」も区別しない。だから、わたしはすべて「バ」に統一してもいいかな、と思っている。
しかし、あえて区別したいのならば、英語の「V」は「ヴァ」、「B」は「バ」と書かなければおかしい。
(5)むすび
今回は、hypercorrectionという言語学の専門用語をとりあげた。
「だから、なに?」と思われた方もいたかもしれない。私もそう思わないでもない😄。
しかし、言語学の専門用語を学ぶと、「普段うまく説明ができなかった」モヤモヤした言語現象にちゃんと「専門用語」があるんだ!、と思えて、少し落ち着いた気分になるのです。
「過剰修正」「ハイパーコレクション」という言葉を知ると、他にもこの言葉で説明できることがあるのではないか?、という楽しみが増える。そんな気がする。