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短編 | くらやみ乙女
父が倒れて実家に帰ったが、思ったより元気そうだった。もう少し長引くかと思ったが、私に帰って来てほしくて大袈裟に言っただけだったのだろう。
三連休をとるなんて、何年ぶりだっただろう?
二泊三日のつもりだったが、実家に一泊だけして、彼のアパートへ向かった。
ちょっとたまにはサプライズもいいかな、と思って、彼のもとへ連絡をせずに行ってみることにした。
二階を見上げた。明かりがついている。確実に彼がいる。私の心は踊った。
静かに階段をのぼっていった。少しドアが開いている。そのまま中に入ろうとした。
赤い靴?
そんな疑問を感じる間もなく、彼が言った。
「なんで、お前がここにいる。ウソをついたな。二度とここに来るな!帰れ!もう電話もするな!」
彼の剣幕におされて、私は放り出された。すべてが分かってしまった。
「そういうことだったのか…」
ハッキリと言われなくたって、本当はもうずっと前から気がついていた。彼にはもう私への気持ちなんかないことに。なのに、ハッキリと言われなかったから、一縷の希望を繋いでいたのだ。もしかしたら、私の勘違いに違いないのだと思い込もうとしていた。
しかし、完璧な結論が出てしまった。
最初からいずれ別れがやって来るということを知っていながら、人はなぜ恋なんてするのだろう?
「いい人」か「悪い人」かというのは、実際のところ些細な問題なのだ。
演技して相手に合わせて、語弊はあるが自分を殺してでも相手を立てようとする人は「いい人」であることは間違いない。優しさだって人一倍あるものだ。だが、自己犠牲の上に成り立つ恋愛なんて長続きしないものだ。
悪い人は悪意に満ちている。何とか相手を騙して、相手に気にいってもらおうとする。本当の気持ちでも、思ってもいないウソの気持ちでも、何でも言って、相手の好意を獲得しようとする。好意とは必ずしも金銭的なものを意味するのではない。相手が自分にかけてくれる優しい言葉だけを求めているだけのことも多い。常に褒められたいという「悪い人」の欲求は、「いい人」がいだく、「愛されたい」という欲求よりも強いのが常だ。それゆえに、いい人より悪い人との関係のほうが長持ちしたりするものだ。
だから、出てくる結果だけ見てしまえば、「いい人」が本当は「悪い人」であり、「悪い人」こそ本当は「いい人」だったりするのだ。
彼は間違いなく「いい人」だった。ずっと私に合わせて演技してくれていたのだろう。
そういう演技を繰り返すことに疲れてしまって、そのままの彼を愛してくれる女に出会ったのだろう。たぶんきっと、これでよかったんだろう。
本当にいい人だったんだだけどな。
もう私には帰りたいところなんてない。帰りたい彼の部屋へは戻れない。
だけど、彼の好きな、真っ赤な服を来て、月明かりの中を歩く。彼の家の近くまで進んで行って、あそこはもうないものだと思え!と心に言い聞かせる。
彼の女は、もう私ではない。あの女だ。あの女が目の前にいて、真っ白な服でも着ていたら、私が彼のために、お前を真っ赤に染めてやる。
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