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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで…
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#掌編小説

ひとしずく

ひとしずく

もしも、一滴一滴の雨に生命が宿っていたら……
私は、そんな空想をします。



一滴の雨が、空から舞い降りています。
彼は考えます。

「僕は、まだ生まれたばかりなのに、落下するしか出来ることがないんだ……この先、一体どうなるのだろう?」
「何故、僕は生まれたの? どうして、生きないといけないの? 死ぬことは出来ないの?」
「生きるってどういうこと? 死ぬってことは?」

一滴の雨に

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甘いもの

甘いもの

(本文2,200文字)

 甘いものを一切口にしなくなって、数週間になる。
 きっかけは些細なことだった。いや、些細なことに思うのは私以外の全人類にとってであり、私にはショッキングな出来事だったのだ。
 たまたま聞こえてきたのだ。そして、聞き耳を立ててしまったのだ。密かに想いを寄せている綾人先輩と、私も先輩も所属するサークル仲間達の会話に。

 大学生の男子が数人集まると、時には「女子」の話題にも

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寒い日には

寒い日には

(本文約2,800文字)

 寒い日に、ただ震えているだけでは寒いままだ。もし「暖まりたい」のなら、「暖まる」方法を考え実践するのみ。
「したい」じゃなく「する」、「なりたい」じゃなく「なる」、「欲しい」じゃなく「手に入れてやる」……何事も、受け身だけではダメなのだ。
 僕にそう諭してくれたのは、妻の和紗だった。



 自慢や惚気のつもりはないのだが、妻について話そうとすると、どうしても自慢話

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秋が微分されていく

秋が微分されていく

(本文約2,200文字)

 秋と本音で話し合う為に、駅前の広場で待ち合わせたのだが、まだ秋は到着していないようだ。なので、僕は少し大きめの月曜日にそっと腰掛けた。ここで待とうと思う。

 でも、約束の場所は確かにここにしたんだけど、そういえば時間を決めていなかったことに今更気付いてしまった。となると、「時空」の合致は困難だ。時空って、時間と空間のことだったはず。時間がないと、空間だけになる。空間

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合理的な簡素化

合理的な簡素化

 単身者向けのマンションの一室で、男の変死体が見つかった。事件性はないが、死後数週間が経過しており、病死か自死かは特定出来ないでいた。
 一つだけ確かなことは、孤独死であることだ。

 男には、かつて結婚していた時期があった。しかし、僅か数年後には協議離婚に至り、相場より高額な慰謝料を一括で支払ったそうだ。更に、まだ幼かった一人娘の為に、十五年以上も滞ることなく養育費を払い続けた。
 なのに、離婚

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La luna giallo-verde

La luna giallo-verde

(本文約3,900文字)

 月の色は、どれが正解なんだろう?
 何色なら、秋山先生は怒らないのだろう?

 小学二年生の私は、図工の授業で「お月見」の絵を描かされていた。
 背景を真っ黒に塗り、夜空に見立てる。星は黄色で点々と色付けするらしい。クラスメイトがそう話しているのを小耳に挟んだ。私も、見様見真似で皆んなに倣った。
 また、クラスメイトのほぼ全員が、手前に大きく月見団子を描いていたので、

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ファジーな死

ファジーな死

(本文約1,740文字)

「死」の定義は困難だ。

 もっとも、近年の生物学的な定義の一般的解釈は、「心臓」「肺」「脳」による生命維持プロセスの「不可逆的な停止」を指すという見解が主流ではある。
 しかし、「心肺停止」でも脳波は確認されたり、若しくは蘇生さえ可能なこともある。この状態を「死」と判断してもいいのだろうか? また、「脳」の活動停止状態である「脳死」にいたっては、容易に「死」とは認めら

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窓外の雪に想いを馳せて(#シロクマ文芸部)

窓外の雪に想いを馳せて(#シロクマ文芸部)

(本作は1,610文字、読了におよそ3〜4分ほどいただきます)

 冬の色は白。そうイメージする人が多いらしい。雪からの連想だろうか。
 冬の空も雲が薄く広がり、白っぽくなることがある。動物たちの体毛も、白く生え変わるものもある。だから、冬の色は白……。
 でも、僕には関係のない話だ。

 空調管理が徹底されている個室のベッドで、僕は今日も静かに一日を迎える。いや、一年を迎えると言うべきだろう。そ

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黒い影(#シロクマ文芸部)

黒い影(#シロクマ文芸部)

(本作は3,125文字、読了におよそ5〜8分ほどいただきます)

 逃げる夢——いや、ひたすら逃げ続ける夢を見るようになったのは、いつからなのだろう? 多分、自分では分かっている。でも、そこに因果関係を認めたくないだけだ。
 黒い何かに追われている。影のようでもあり、煙のようでもある何か。単なる気配だけなのか、不吉な陽炎なのか、幻覚なのか、本当に夢なのか……いや、もう夢の中だけではない。いつも、黒

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あとがき

あとがき

(本作は2,442文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)

「衝撃のtableau(タブロー)」というタイトルに惹かれて本書を手に取り、果たして本当に読む価値があるのかどうか探りを入れるべく、まさに今、このあとがきを立ち読みしているあなた! そうです、そこのあなたです! 既に読み終えた私から言えることはただ一つ、絶対に読むべきです!

 鬼才、岩田正道による本書「衝撃のtableau(タブ

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読む時間は15分よ(#シロクマ文芸部)

読む時間は15分よ(#シロクマ文芸部)

(本作は1,192文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

 読む時間は一日に15分と決めているの。こう見えてもね、毎日忙しいのよ。人生って、いつまでも休む暇なんてないのね。
 夫に先立たれてね……これ言うと、不謹慎と思われるかしら? でも、本当の話なんだけど、これでやっと自分の時間が出来ると思ったわ。でもね、半分は正解だけど、半分は違ったようね。確かに、一日中、自分だけの時間にはなりました

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カフェ『4分33秒』にて(フルバージョン)

カフェ『4分33秒』にて(フルバージョン)

#毎週ショートショートnote 用に書いたものを、もう少し長い話に書き直してみました。
一応、掌編小説という体裁を取っていますけど、前半は実質的にエッセイです(汗)

オリジナルはこちらです。

以下、本文になります。
よろしくお願いいたします。

(本作は4,918文字、読了におよそ8〜12分ほどいただきます)

 ピアノソロの演奏会では、ピアニストは暗譜で演奏するのが当たり前のようになっている

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挨拶に代えて(#毎週ショートショートnote)

挨拶に代えて(#毎週ショートショートnote)

「えぇ、新郎も新婦も私の部下でして、まぁ、社内恋愛ってやつですな。昔は考えられなかったけど、今は自由と言うのか、良い時代になったものですな。新郎の佐橋君は、なかなか有能でして、ゴマをするのが上手いというのか、お調子ものというのか、弄られキャラ? まぁ、よく言えばムードメーカーですな。失敗しても、彼なら許せるというのか、実際、何度も助けてあげましたな。新婦の仁美さんは、完全なマスコットキャラですな。

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影踏み

影踏み

(本作は3,400文字、読了におよそ6〜9分ほどいただきます)

[AM7:00]

 この世界の唯一の居住空間である巨大な集合住宅の食堂にて、朝食にしては多過ぎる量の食事を摂っている。しかしながら、この一食が、今日一日に摂取出来るカロリーの全てなのだ。
 目の前の席には、歪な髪型の美しい女性が座っているが、勿論声を掛けるわけにはいかない。何故それがダメなのか、目的も理由も知らない。詮索すること

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