見出し画像

ほぼゆめ

実際は存在しない思い出に心臓を掴まれる時がある。
たぶん、あなたたちにもあるのだと思う。

朧げな郷愁を帯びた音楽がある。
今までも居なくて、今も居ない人のことを思うような映像がある。

できるだけ多く、そういうものごとを集めていたい。
DJをしている友人のうちのひとりの作る音楽の繋がりに触れると、持っていないはずの思い出が浮かぶ。


僕はまだ最初の七五三を終えた頃で、雪深い地域で両親と暮らしている。
父親が僕の乗ったそりをひき、ハンディカメラで母がそれを撮影している。本当は、カメラは父の持ち物で、母はうまく撮影することができなくて、それが面白くて両親が笑っている。


僕は公園のベンチに腰掛けて、色付きはじめた葉の透かす陽をぼんやりと眺めている。
暖かいコーヒーを持った友人が隣にやってきて、ふたりで、ぐんと空を仰ぐ。
二羽の鳥が高く飛んでいて、高くまで飛びすぎたとき、鳥は概念としての鳥になると気付く。


僕は恋人と小旅行をした帰りのJRに乗っている。
窓際に座る恋人の横顔はくたびれて、車窓からの見えない景色をあてもなく眺めている。
梅雨の重たい空気を含んだ髪はふくらんでいる。
窓ガラスに反射した恋人の伏せたまぶたを見て、僕たちの時間は、夏が来る前に止まってしまうのだろうという予感がする。


それら全ての思い出は実体を持っていない。でも、僕の中にたしかに根をおろしている。

あなたたちもそういう思い出を持ち合わせていたら、存在しなかった郷愁を呼び起こすものがあれば、できれば、僕に教えてくださるとうれしいです。



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集