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ヒマラヤンベルトを再解釈するインドの山奥レストラン"NAAR"で5時間かけて食事をしてきた話
NAARはムンバイMasqueの共同創業者であり初代ヘッドシェフPrateek Sadhu氏が独立して開いたレストランだ。一つのルーツとも言える。ずっと行きたかった場所だった。Masqueでは数年前にヘッドシェフが交代しており、そこから料理がガラッと変わっている(変わった後の方がある意味わかりやすく人気になったと言われる)。
正直言って、一食のためだけにかけたコストとしてはいままでで一番高いかもしれない。まずアクセスが非常に悪く、ハリヤーナーとパンジャーブの州都チャンディーガルまで飛行機で行って、さらにそこからタクシーをチャーターして2時間ほどの山道を、命を危険にさらしながら走らなければならない。チャーターは6000ルピー(11000円)ほどが相場で、自分はそのままシムラーまで行ったので7000ルピー(13000円くらい)払った。交通費だけでなく時間もとてもかかる。
コミットメントと余裕を顧客に求める1日がかりのミッションだ。日帰りも可能だが、Amayaという素晴らしいリゾートの中に併設しているのでゆっくりしていくのがおすすめだ。一泊7万円とかするので自分はそこまでお金をかけられなかったけど、眺めもよく天国のように静かなのでとても穏やかに過ごせると思う。
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料理はコースのみ、ドリンクを一杯飲むと約10000ルピー。ファインダイニングで働くインド人シェフの給料が40000ルピーくらいなのでインド的には相当高級なのだが、体験価値を考えたらかなり安いだろう。
日本の将来を考えると、数年後のインドではおそらく同じことを言っていられないのではないだろうか。ちなみに僕は金持ちではなく、会社を辞めてから苦学生をやりつつ京都で屋台を引いたりしており、生活の不安がある身です。自己投資と思って身を削り、安ホテルに泊まってこの日に備えました。
研究というのはとにかくお金と時間がかかり、リターンが帰ってくるとは限らないのです。
ヒマラヤンベルトの再解釈
NAARはカシミールの言葉で火を意味する。このレストランはヘッドシェフのルーツであるカシミールやラダック、インドの北東部からネパール、ヒマーチャルなどを含むヒマラヤンベルトの素材や食材の取り扱いを再解釈して組み立てられている。材料の大半は近くの畑で作られており、近辺で採れるものか自家製のものでほとんど構成されている。魚料理は近くで採れるトラウトしか使っていないし、串に使われている松の枝はその辺で折ってきたものだ。
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ヒマラヤンベルトは、カシミール、ラダック、ウッタラカンド、ヒマーチャルプラデシュ、アルナーチャルプラデーシュ、ネパール、ブータン、シッキム、アッサム、ナガランドあたりの地域をざっくり指す。
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この地域では厳しい寒暖差や標高の影響を受けるため、楽しみというよりは生存上の必要から食材の保存や発酵の技術が発達してきた。ヒマラヤ地域では発酵や乾燥の文化が根強く、ヒョウタンを乾燥させたり、魚を発酵・乾燥させて保存する伝統がある。このような保存技術は、食料が限られる冬を乗り越えるために必要不可欠なものであり、これらの伝統が今もなお日常の食卓に根付いている。
NAARはヒマラヤンベルトの食文化を「極限の環境で生き抜くための技術」として捉え、このような保存技術や食材を積極的に探求し、止揚させ世界と融合させることを目指しているように思えた。徹底したローカル食材を使用しながら、多様な技術を取り入れ現代の料理に適応させることを目指している。
以下は実際に食べたテイスティングメニューについて紹介する。ちなみにNAARでは料理に名前がついていないため、材料と形状をもとに説明のために便宜的につけた名前である。
タピオカの球体で包まれたスパイスラム:Tapioca Masala Lamb Bite
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まず最初にサロンと呼ばれるところに通される。ここで一杯飲みながら、スナックでおもてなしされる。全部で16席しかないレストランでは今日は10席が埋まっているとのこと。従業員は17人前後で、みな近くで共同生活を送っている。
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ヒマーチャル料理のタピオカで作られた繊細なシェルの中に、スパイスの効いたラムフィリングが詰められている。フィリングにはじっくり煮込んだラムとグリーンガーリックが使われ、仕上げに自家製チリマヨ、グリーンアップルジャム、焙煎ゴマがトッピングされている。一瞬パニプリかと思ったが軽くて、そこまでもちっとしているわけでもない。マヨで塗りつぶされている感はあったが、バランスがとれていて奥にマサラを感じる。
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