東京マサラ部33: 南インド×フレンチ。ポンディシェリにもビンダルーがあった
東京マサラ部6月のテーマはタミル料理。毎月テーマを変えてインドの州ごとの料理をつくりながら、旅するように暮らしています。
今回は、南インド料理の中でもタミルの地域別の料理にフォーカス。地域別料理などチェティナード料理などは有名ですが、長年フランス植民地だったポンディシェリにも、異国の文化が融合したフュージョン料理・クレオール料理と呼ばれるような面白い料理がいくつかあります。さらに調べていたらゴア料理であるはずのビンダルーがポンディシェリにもあることが判明。え?一体どういうことなの?
タミルの地域別料理
「南インド料理」がここ数年日本で流行っていて、お店の数も年々増えている。日本にはケーララ料理のお店がやたら多いのですが、南インド料理にはタミル由来の料理が多い。
タミル料理といっても一概に括ることは難しく、地域別に細分化して調べてみるとエリアによって料理にもバリエーションがたくさんあります。
自分はタミルの中でもチェンナイ、マドゥライ、カニャクマリにしか行ったことがないのですが、同じタミルの中でも地域によって少しずつ料理が異なっていて面白い。
地域別の料理にフォーカスしてみた場合、特に近年日本で注目を浴びているのはチェティナード料理でしょうか。東京では経堂のスリマンガラムなどが一躍有名になりましたが、ヴェヌスや老舗アジャンタなどの南インド料理店もチェティナード出身シェフのお店です。
チェティナード料理はナトゥコタイ・チェティアール(ナガラサー)と言われる人々が海外とのスパイス貿易を繰り返す中で生まれた融合的食文化で、インドの他の地域ではあまり使われないようなスパイスが使われていて興味深いです。
いわばチェティナード料理はインドにありながら外国の文化や食材を取り入れることで大きく発展した特異点のようなものですが、タミル・ナードゥ州にはもうひとつ外国の影響を色濃くうけた特異点が存在します。それが長年フランスの植民地であったポンディシェリ。インドと言うとイギリスの植民地というイメージが強いですが、ポルトガルやフランスの植民地もちょいちょい残っています。
遅れてきたフランスのインド進出戦略の拠点として建設された街として、世界史の授業でポンディシェリー(タミルの拠点)とシャンデルナゴル(ベンガルの拠点)がセットで出てきたようなおぼろげな記憶がある方も多いのではないでしょうか。ポンディシェリは英語でPondicherryと書き、呼び方はポンディシェリ、プドゥチェッリー、プードゥチェリなど色々ありますが、1674年から1954年まで300年近くフランスの植民地であった土地です。
近隣で有名なのは理想都市オーロヴィルのコミューン。黄金のゴルフボールは瞑想ホールになっており、実はめちゃくちゃでかい。
ポンディシェリからちょっと離れたところにあり、オーロビンド・ゴーシュという思想家のパートナーによってつくりあげられた自給自足のコミューンの中で、世界中から集まった2000人以上の人々が暮らしているとか。コロナ禍のいまはどうなっているのかわかりませんが、いつか行ってみたい。
代表的なポンディシェリ料理
食べ物に目を向けてみるとポンディシェリは長年フランスの支配下にあっただけあって、バゲットやクロワッサンがおいしいらしいですね。朝食は南インド的なイドゥリやドーサを食べたりもしつつ、フランスのパンとコーヒーみたいなパターンもありそう。インドらしくないおしゃれな西洋風の街並みを眺めながらかじるフランスパンはさぞうまかろうな。
試しにWikipediaを参照してみるとポンディシェリではフュージョン料理やクレオール料理(ここでいうクレオールは狭義のクレオール料理ではなく、植民地下で土着の料理と宗主国の料理が融合して生まれた料理を指すと思われる)と言われるような複数の文化が混ざりあった独特な料理文化が発展している。基本的にはタミルナードゥの料理をベースにしているが、フランスやその植民地の東南アジアから持ち込まれた料理がインド化されたパターンが多いようだ。
実際に行ったことがないのでこちらの旅行記ブログを参照させていただきましたが、ポンディシェリ料理には3つ特徴があげられるそうです。
①パウダースパイスをあまり使わずホールスパイスをつぶして使う
②とても小さい粒のにんにくを使う
③フランス風の食材(エシャロット・玉ねぎ・ニンニクなど)とタミル風の食材(フェヌグリーク・カレーリーフ・マスタードシード・レッドチリ・クミンなど)を混ぜて丸めて天日干しにしたポンディシェリオリジナルの調味料、ワダガムVadaghamを使う。
居住区もしっかり分かれており料理面でのフランスとインドの融合はそこまではっきり感じられなかったそうですが、このワダガム(Vadavam/Vadouvanともいう)という調味料はガッツリとフランスとインドの融合ですね。別名フランチマサラと言われたりもするそうで。
うまみと香りのマサラボール。
ワダガムの材料
200 g Urad dhal (split black lentils)
- 5 kg shallots
- 1 kg garlic
- 1 tbsp fenugreek seeds
- 1 tbsp black gram
- 1 tbsp mustard seeds
- 2 hands full of chopped curry leaves
- 1 tbsp turmeric powder
- 1 tbsp cumin seeds
- 1 tbsp salt
- 1 ½ cup sesame oil
これらを粉砕してミックスし、ボール状にして天日干しをすることで一年以上持つマサラのボールができるそうです。
ポンディシェリにユニークな料理の例
Pondicherry dosa
チーズと肉が入っている。ニューヨークでなぜかスリランカ人がやっているドーサの屋台が有名らしい。
Chaiyos
同じフランスつながりということでベトナム春巻きがある。
Malay curry
東南アジアの影響をうけたココナッツミルクのカレー。
Fish Assad Curry
郷土料理として有名なフィッシュカレー。 カシューナッツやポピーシードのペーストが入り、レモンやココナッツミルクで仕上げるフレンチの影響を感じられる。試しに作ってみたので後日レシピ残します。
Meen Puyabaise
フランスのブイヤベースがスパイスを足されてタミル風に変化し、名前が変化した料理
Kadugu Yerra
エビとマスタードペーストのカレー
Podanlangkai
ヘビウリのチャトニー
...こうやってポンディシェリ料理の概要の紹介で本稿を終わってもよいのだが、wikipediaを読んでいてやけに気になってしまったのが「Vindalooはゴアのものとは違う」という記述。いや、ゴア料理であるはずのビンダルーがなんでポンディシェリにあるのだろうか?ついでにちょっと調べてみた。
ポンディシェリ料理とビンダルー
「酢とにんにく」を意味するポルトガル語vin d’alho が変化したゴアのビンダルーはスペルがvindalooとなるが、ポンディシェリ料理ではvin d’ailとかVindailと綴られている。フランス語でそのままワインとニンニクの意味。ヴァンダ〜イュみたいな発音ですか?(だれかフランス語教えて)
結論ファーストで申し上げますと「ビンダルーの別バージョンがポンディシェリにもありそう。だけど、ゴアのものとは味も作り方も全く別のもの」というのが答えになりそうです。
こちらの記事には、はっきりとgoan vindalooに対応する料理としてポンディシェリにも「Vindail」というものがあると書かれていますね。
起源には諸説あって判然としないのですが、
①ポルトガルから直接伝わったという説
②フランス人がポルトガル領ゴアから運んできたという説
の2通りがあるようです。
歴史を紐解いてみると、フランスがポンディシェリを開拓する前にポルトガルが先にポンディシェリ(当時の名前はパラトゥールPallathur)に入植していました。
そこでどこかの時点でポルトガルからワインとニンニクで肉を煮込む料理カルネドヴィーニャダリョス(carne de vinha d'alhos)が伝わり、それがローカルの人々に食べられていた可能性は大いにあると思います。ポルトガルが去った後にフランスがポンディシェリの地を開拓し、そのレシピが更にフランス料理と融合していったと考えるとこれは独自の発展を遂げた第2のビンダルーなのかもしれません。
Vindaloo vs Vindail
レシピをいくつか見てみるとポンディシェリのVindailはスターアニスやフェヌグリークなどゴアンビンダルーではあまり入らないスパイスが使われている。また、唐辛子・ブラックペッパー・クローブというビンダルーの要ともいうような刺激的なスパイス群はほぼ入らない。
まだ作っていないのだが、風味に大きな違いがありそう。フランスの影響で”洗練”されポンディシェリはスパイスの使用量が減ったという説明があったが、たしかにそうなのかもしれない。
クミンとアニスシードのミックススパイスという珍しい組み合わせもポンディシェリ料理には頻発する。そもそもアニスを使うことってインド料理ではあまりなさそうだから、これもフランスの影響なのだろうか。
ただ、英語でヒットした記事が大抵イギリス人フィルターを通したものだからどこまで信用していいのかが難しい。
使われている肉がチキンばかりなのも気になるところ。まあ、ゴアでもそんなにポークのビンダルーはないみたいですけど。
まとめ
ポンディシェリ料理はそれ自体で独自の料理を持ち、とても面白いものなのだが、現在絶滅の危機に瀕している料理の一つである。
ポンディシェリがインドと融合することが決定したとき、フランス国籍を保持することを選択した人々はインド外に移住していしまい、結果としていまでは伝統的なポンディシェリ料理は失われつつあるという。
食べ物というのは常に歴史と人とともにあって、人がいなくなるということはその食べ物の情報(カレーのミーム)も存在する場所をなくすということなのですね。
インド料理自体が異なる文化同士が融合して出来上がっているものだが、このような”料理のるつぼ”のような料理の話は面白いですね。カレーとは「異なるものが出会い、交わり、ひとりでに歩き出したものの総称」なのだなと改めて考えるきっかけとなりました。
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