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沖縄東村で地元のおじい達30人にヒージャービリヤニを食べさせてきた話【東京マサラ部活動レポート】
Keyword:
ヤギ 沖縄 バナナリーフ ビリヤニ 羊肉の臭み 地元食材 ミールス
観光が苦手だ。名所が安全に整備されたパック旅行に辟易する。剥き出しの生を実感し、踊り狂いたいと常々思っている。そういう意味では、願いが叶った今回の沖縄旅だった。
公民館の講堂に鳴り響く三線と、泡盛ですっかり酔いが回りカチャーシーを舞い続けるおじーたちがおよそ30人。小さな子供ならそのまま煮炊きできそうなサイズのシンメー鍋いっぱいに入っていたはずのマトンビリヤニはもう跡形もなく、ただビリヤニマサラの香りのみが漂っていた。シナモンとカルダモンの有り難みのある香りが、蒸し暑い沖縄本島北部の気候とよく合う。
それにしてもみんな指笛を鳴らすのがうまい。ことあるごとに、相槌を打つかのように「ピューイ!ピューイ!」と鳴らしている。両の人差し指を口に突っ込んで小さな三角形を作り、舌の裏側を当てて隙間から音を出すのが基本原理だというのだが何回やってもうまくできない。
「拳は握って、外側に出す!」
「踊りで大事なのは下半身だから!上半身は最悪どうでもいいから!」
コの字型に大きく並べられた机に囲まれた空間で、狂ったように踊りながら、次期村長から踊りに対する指導を受けた。彼はさすが村の中心人物という貫禄があり、指笛も全ての指を使って鳴らせる。小指一つで指笛が鳴らせるのは彼だけらしい。
あれ、そもそも俺は沖縄まで何をしに来たんだっけ。疑問を抱えながらも少しずつ踊りのステップが上達していく。いったいどういう顛末でこうなったのか、俺は泡盛に侵されつつある脳で思い出そうとしていた。
君の実家の隣の家で飼っているヤギを食べたい
沖縄とインドの共通点
「どーやさんの沖縄の実家の隣の家で飼っているヤギ、潰して一頭丸ごと食べたくね?」
どうしてそうなったのかは忘れたが、何かが起きるときのことの発端というのは大抵がそういうものであろう。東京マサラ部室に彗星のように定期的に現れるどーやさんは沖縄出身で、実家の隣の家は畜肉用の山羊を飼育しているという。その話を聞いて「カレーにして食いたくね?」と思うのは当然の帰結である。あと、マサラ部室のOBのバイヤァが沖縄に移住したので近いうちに遊びに行きたいと思っていた。
沖縄ではヤギは古くから「ヒージャー(ひげのある動物)」という名前で親しまれ、ヤギの肉を煮込んでよもぎを浮かべた山羊汁やヤギ刺しなどで普段から食べられている。「グスイ(薬)」とも言われ滋養強壮にも良いとされている。
本州ではヤギ食はあまり根付いていないが、沖縄にはインドや東南アジアを通じてその習慣が入ってきた。
ヤギは放っておいても大丈夫なタフな生き物なので、かつて貧しかった沖縄では緊急時の非常食としての役割も果たしていたが、今となっては身近なご馳走だ。卒業式、冠婚葬祭などの祝い事だったり地区の行事などで大人数が集まる時はヤギを一頭潰して大量のヤギ汁をシンメー鍋(解説)と呼ばれる大鍋で煮込んで泡盛と一緒に食べるのが通例で、イベント毎のたびにヤギの命が危険に晒される。運動会の景品もヤギらしい。
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「マトン」というと、日本で食べられているのは大抵毛のモコモコした羊だろうが、インド亜大陸では「マトン」といえば基本的にヤギ肉である。
シンプルに考えて、毛がモコモコに生えた生き物は暑いところではしんどそうだから南方のインドにあまり羊がいなさそうなことはなんとなく想像がつく。ヤギは世界中で民族や宗教を超えて食べられている庶民的な肉なのだ。
ヤギと羊は品種的にも行動や性質的にも全く違った動物であるというが、では果たして、ヤギと羊の食肉としての違いはどこにあるのだろうか。
ヤギはワイルドなニオイが強くそのままでは食べにくい肉と言われるが、結局は飼育法や環境による。グラム当たりのコレステロールや脂肪、タンパク質量は子羊よりも少なく、より甘く感じられるようだ。
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沖縄のヤギ汁の話をすると、とりあえず「臭い」というイメージを持つ人はいる。沖縄では臭み消しにヨモギを入れるが、ヤギはニオイが強いために東南アジアでは香辛料をふんだんに使った調理法が発達したとか言われることもある。
しかし、ヤギの肉は本当に臭いのだろうか?そもそも肉というのは何の肉であってもその動物独特のにおいがある。
稀に臭い個体もあるが、基本的には保存の仕方や調理法の問題に依存していると考えられる。羊やヤギの肉は比較的劣化しやすい肉であり、かつては保存法があまり発達していなかったことと、食べ慣れていない人が多かったことがヤギ肉=臭いというイメージにつながっていると考えられる。
・羊のにおいはもともと草食動物のにおい。
・慣れてないので臭いと感じる人がいる。
・以前と違い今の肉はにおいがほとんどない。香りはある。
・臭い羊は保存か調理が悪い結果。(たまに臭い個体もある)
・羊は他の家畜より劣化しやすいのでにおいが出やすいともいえる。
つまり、若いヤギ肉がフレッシュな状態で手に入れば全く臭くないに違いない。それだけのためでも沖縄に行く価値はある。
Eaterが足りない
ヤギを一頭潰すとなるとどの程度の仕上がり量のビリヤニができるのだろうか。ヤギは1歳ほどでだいたい30kg程度になり、大体半分くらいが肉として食べられるという。
そうすると単純に考えて、約15kgの肉になる。それを全てビリヤニにすると仮定するとどれだけの量になるのだろうか。ここでイナダシュンスケ氏の提唱するビリヤニ方程式を引用する。
w=2r-(0.25m+0.5g)
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) June 24, 2018
s=0.8(r+w+m+g)
ビリヤニ方程式は、ダムだろうとカッチだろうと鍋だろうとキャセロールだろうと炊飯器だろうと全て共通、という仮説の実証がまた少し進んだだけといえばだけかもしれない。
w = 2r-(0.25m+0.5g)
s=0.008(r+w+m+g)
骨なし15kgの肉を使ってパッキビリヤニを作る場合、バスマティライスも15kg用意する。グレイビーは肉の量の60%程度だとすると、合計50キロオーバーのビリヤニができることになる。
1人500g食べるとしても100人必要な量である。そんなでかい鍋あるのか?圧倒的にEaterが足りない。
ただヤギを一頭潰して食べてみたい、というだけの妄想で始まった話だったのにいつの間にか話がやたら大ごとになってしまった。
ビリヤニは作りたい、でもこのままのこのこ沖縄まで出かけて行っても食べる人がいない。この時点で飛行機も予約してしまっていたが万事休す。
すでに屠殺場に電話をかけ始めており、自分達で畜産農家からヤギを買い取って軽トラでドナドナする具体的なスケジュールまで考えていたが、それはかなりハードルが高そうだ。
*
そんなこんなでしばらくの間、沖縄につながりのある人を探していたところ、マサラ部のメンバーの繋がりで東村という村の青年会の会長と繋がることができた。東村は沖縄本島の北東にあり、NHK朝ドラのちむどんどんのロケ地の一つでもある(らしい。現地に行ってから知った)。
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オンラインMTGを実施し事情を話した。流石に一頭潰すのは厳しいが町内会費を使ってとびきり上等な刺身レベルのヤギを仕入れてくれる上に、ビリヤニの食べ手として地元の方々も集めてくれることになった。しかも調理場として公民館のキッチンも借りられるし、でかい鍋もある。宿泊所は近くにバンガローがあるという。
青年会としても予算が余っていて何かをやりたいが何もできていないところで、お互いにいい感じに需要と供給がマッチした。
ヤギを食べたかっただけなのに、なぜかトントン拍子に、いたせりつくせりの沖縄遠征ビリヤニツアーの開催が決定した。正直意味わからんけど積極的に巻き込まれていこう。
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公民館でミールスを作り、巨大なビリヤニを炊いてきた
前夜祭:公民館フリースタイルバナナリーフミールス
那覇に到着すると雨だった。沖縄は本州にはない沖縄のニオイがする。東南アジアの空気感に近い。空港にいきなりカレーリーフがあり嬉しい。
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まず手始めに山羊刺しの有名なお店で山羊肉の勉強。皮はコリコリして多少ニオイはあるものの赤身の部分は全く臭くない。初日はとりあえず牧志周辺で飲みつつ沖縄の空気に慣れることにする。
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おばちゃんや地元の人と絡んだりしながら夜は更けていく。
翌日、バイヤァとどーやさんと合流し、途中読谷のミールス屋さんなどに寄りながら東村へ向かう。古民家を改造したおしゃれパン屋さんでは素敵空間ですっきりとしたミールスが食べられた。
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公民館の調理場に慣れるためという名目で、名護のファーマーズマーケットで地場の野菜や肉を大量に買い込み、みんなで協力してバナナリーフミールスを作ることに。沖縄のいいところはお皿を現地調達できるところだ。
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料理を作り始めると全員スイッチが入って止まらなくなってしまい、5時間ほどぶっ続けで作り続けていた。旅先で料理をするのって楽しい。
スパイスは持参したが食材は全て沖縄のものだ。沖縄の食材はそもそも南国仕様のため、南の国の調理法が合う。地元の農家直産の新鮮な野菜やフルーツを次々とカレーにしていくのは自然な感じがした。インドでもよく食べられるビーツや青バナナ、ヘチマ、カラシナなどの南国野菜も彩り鮮やかでいいし、夏野菜はフレッシュで味が濃い。
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公民館フリースタイルバナナリーフミールス
きくらげアチャール
ゴーヤポリヤル
ビーツポリヤル
紅芋マサラ
パッションフルーツラッサム
ナスコランブ
青バナナカーラン
ンスナバーのサーグ
もずくパコラ
アグーポークビンダル
里芋ヘチマスリランカ風
ギーダール
へちまオクラコロンブ
ビーツじーまーみ
ビーツチャトニ
サルソン・カ・島豆腐
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何も事前に打ち合わせしていたわけでもないのにバランスよく味覚が分散し、自然と一つのバナナリーフミールスが完成した。
この日は人に振る舞うためではなく自炊。いつもの暮らしの延長で食事を作ったわけだが、全員が過集中を発揮していていつまでも料理を作り終わらず地元青年会メンバーたちをだいぶ待たせてしまっていた。
40人前の新鮮メスヤギビリヤニを炊く
いよいよビリヤニイベントの当日。まずは朝からヤギ肉の調達に。
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ヤギ肉はとてもフレッシュで刺身で食べられるレベル。軽く焼いただけでめちゃくちゃうまい。若いメスヤギということもあり臭みもほとんどない。刺身用に、は多少臭い肉を好む人もいるらしいが、これだけ純粋に肉の旨味を味わえるのはなかなかないレベル。
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今回の調理主任はコバタロで、事前に試作したビリヤニレシピをもとに3.5キロの肉で大量のビリヤニを炊く。鍋はもちろん、沖縄伝統の鍋を使う。大量の山羊汁やジューシー(雑炊)を作ることのできる、厚みのあるシンメー鍋を使って作る。厚みがしっかりあるので焦げつかないし、丸底なので玉ねぎも炒めやすい。蓋をするとしっかり米を蒸らすことができる。まさに沖縄のデーグである。
食べてもらうEaterは村のおじいさんたち。全員、初めてバスマティライスに出会い、初めてビリヤニに出会う人々だ。スパイス使いもあまり派手になりすぎないよう、香りの癖も強過ぎないようにかなり調整が入ったレシピとなっている。
バスマティはリスク回避の狙いもあり、DAAWAT CLASSICを選択。
(バスマティライスについては→https://note.com/philosophycurry/n/n1f14b26e8a91)
もともとは2時間くらい肉を煮込んでから作るパッキビリヤニのレシピなのだが、山羊肉があまりに新鮮で美味しすぎるのでグレイビーができてから肉を投入して軽く煮込むだけで十分という判断となった。
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沖縄の農村で、コの字型に置かれた机にビリヤニが囲まれているシュールな光景。
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米は総立ち!しっかりビリヤニになっている。
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3.5kgの肉を使ったので今回は仕上がり12kg程度の量となった。肉は柔らかくしっとり、スパイスの香りもいやらしくなく、完璧な仕上がりだった。
ビリヤニはお皿を使って盛ると盛りやすいし米が折れない。インドの知恵。 pic.twitter.com/CwQyjt3jQ6
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) July 29, 2022
ビリヤニの他にもいくつか料理が用意され、オリオンビールと泡盛を飲みながらの大宴会が始まった。ここで冒頭の乱痴気騒ぎに戻る。
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それにしてもみんな指笛を鳴らすのがうまい。
村のおじいたちは「東京からカレーを作る奴らがやってくる」というアナウンスで集まってきたため正直あまり期待していなかったそうだ。
「カレー」と聞くと基本的にボンカレーのイメージと重なり、沖縄が貧しくてあまり食べるものがなかった時にいやいや食べた貧乏なカレーのことを思い出すらしい。
だから今回のビリヤニはいい意味で裏切られた形になり、非常に喜んでもらえた。半分以上の人が初めて食べるにも関わらずおかわりまでしていた。お祭りや地区の行事で食べられるジューシーという料理にも近いのもあるし、ビリヤニ自体がムスリムのラマダーン明けなどで食べられるハレの料理というのもあるのかもしれない。
沖縄の気候とヤギのビリヤニは妙にマッチしていて、ここがどこだかわからなくなった。聞けば昔は沖縄でもバナナリーフはお皿がわりによく使われていたという。地元の食材を使って、異国の料理を作る。懐かしいものと新しいものが混ざり合って、見たことのない景色に出会う。
東村への未来にカリー(乾杯)
ビリヤニ強化合宿の三日間はあっという間に過ぎた。
そういえばカレー屋さんなどにやたら置いてある「カリー春雨」という泡盛があり、カレーが入っているわけでもないのになんだろなと思っていたが今回謎が解けた。
「カリー」という言葉は沖縄の古い言葉で「乾杯」を意味するらしい。今回はカリーでカリーをするというよくわからない状況になってしまったということか。
よくわからないといえば、今回の旅は初めから終わりまで意味がわからない展開を見せた。
導かれるようにスパイスとマジックブレッドを携えて沖縄へ。仲間たちに感謝しつつ、思えば遠くに来たものだと思う。
こうやって旅先で地元の食材を使ってインド料理を作る会を日本全国でどんどんやっていきたい。
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