IQなんてクソどうでもいい、人にはもっと大切なことがある|ASD, ADHD, 躁鬱(?)
10日ぶりのnote。こんにちは( ・∇・)
この記事
の続きになります。
2回目の診療を受けてきた、そしてやめることにした
といっても、10分ちょっとで終わりました。
終わりましたというか、終わることにしました。
なぜか、それは意味がないと思ったからです。
意味がないというのは、ありがたいことに僕は日常生活でそれら特性によって困っていることが特にないから。
初回に行こうと決意したのも、自分の中で発達障害というものを重く捉え過ぎていて、そこに思考が固定されて怖くなってしまい、それを払拭するためでした。
「治療」しようとか、「治そう」とかは一切考えていません。
そして前回色々お話しを聞いてもらったおかげで、特に問題がないと自分の中で結論を出して安心することができたのがやはりとても大きかったのだな、と思っています。
今回先生に言われました。
「自分で大丈夫だと思っていて、かつ実際困っていないならそれで問題なくて、特に何かを変える必要はないです」
と。これが聞けただけでよかった。
先生も疲れていそうだったし、僕なんかにその時間を割いてもらうのは本当にそれを必要としている他の患者の人に申し訳なくもあるので、通院はやめることにしました。
まぁ、なのでASD, ADHD, 躁鬱であるということのデータに基づいた診断は下っていないわけですが、別にそれらがあろうとなかろうと僕が僕であることになんら変わりはありません。
むしろ、また一つ人生から迷いや悩みが減って、自分が進むべき道がより一層ブレなくなりました。
今後自分が置かれる環境が変わって、もしそこで問題が発生して一人で抱えきれなくなったらまたお世話になろうと思っています。それまでは大丈夫。ありがとうございました。
でも、一番思うのは、こう思うことができるのは、やっぱり僕は身近な周囲の人間関係に恵まれているからである、ということです。本当に色々な人のおかげで生きることができていますm(_ _)m
IQなんてどうでもいいから。優しくなりたいんだ
受けようとしていた心理テスト、知能テストはやはりやめることにしました。
IQなんかより、人に優しくいたい。最近より一層そう思うようになって。
斉藤和義氏の曲じゃないですけど(あれって恋愛の歌だっけ?)、優しくなりたい。
本当に。
人に優しくいることはとても難しいからこそ、いつもそこを目指していたい。
でも、優しくいるって本当に本当に難しいです、マジで。
なんか頭痛が痛い、アメリカに渡米するみたいな言い回しをしてしまいましたが、それくらいの勢いで書いています、強くこう感じています。
もしかしたら、というかきっと僕は平均一般の人よりも他者に対する優しさが低いのではないかと感じていて、だからこそそこを理想としたいのかもしれません。
友人たちは、僕よりかなり優しい。その温かさに触れる度に、自分の冷たい部分を恥じます。
優しさって、一体なんでしょうね。
生まれつき、環境、後天的なもの、人間関係、努力、頑張り、得手不得手、才能?
……わからない。わからないけれど、わからないからこそ大切にしたいのです。目に見えないからこそ。
ゴリゴリのビジネス社会的なところではあまりにも軽視されがちなこの優しさというもの、とっても大切なものだと心の底から思うのです。
競争社会に身を置いていると、自分の心はすり減ります。すると他者に強く当たることが出てきてしまう。で、いつしかそれが当たり前になって、すると視野狭窄に陥り、そこしか世界がないかのように錯覚して、心は消えていくわけですね。
2ヶ月くらい前に書いた記事ですが、
超簡単に心をざわつかせる、他者に対する優しさをなくす方法があります。
それは朝の通勤ラッシュ時にJR新宿駅の山手線か中央線のホームに降り立つことです。
一瞬にして優しさという感情が吹き飛び、他者に対する怒りや憎悪の感情があなたを支配することでしょう(ちょっとわざと煽るように書きましたけども)。
「テストを受けないってそれ、IQがめちゃくちゃ低くて、自分が頭悪いかもしれないことを知るのが怖いだけなんじゃないの?」
という意見もあるかと思いますが、『頭が良い,悪い』ってのも掴みどころがなさすぎるし、そしてそれらもIQ同様本当にどうでもいいと思っているので、どうでもいいです。
そして、別に僕は人から頭が悪い、弱い、バカ、アホ、なんと思われようと特に気にならないというのもあるのですが。
「お前がバカだわ勝手に言っとけ」と感じるだけです笑
IQと違いますが、10日前に書いたI'm a ロケンローラー、
これも書いた時の気持ちに変わりはもちろんないものの、しかしそれをわざわざ肩書きとして書く意味もないな、と思ったのでやめることにしました。
本当になりたいのは、目指すところは、やっぱり音楽家であり、作家なので。
それしかない。それ以外にないんです。
「俺には、SASUKE……じゃなかった、作曲と執筆しかないんです……!」
ふざけてしまいましたが、本当に、これ以外にできるものがありません。
これまでnoteに書いてきたように、嘔吐するまで限界まで考えて考えて、あれこれ試してメンタルをぶっ壊して熱が出て、最終的には死にたくなって、それでようやく辿り着いたものなのです。
他に何か実用的で生産性のあるスキルを挙げるとしたら、車の運転が好きなことくらい。
そういえばこの前野菜炒めを作った時にフライパンを振ったら野菜がどっかへ吹っ飛んでいきました。あかんやつ。
はい、なので、自分のことを様々な外的要素で取り囲んで、名称で着飾って、それをある種の宣伝文句、目立つ旗、防御壁のように使うのはやめることにしました。
ただ、僕の作り出すものが認知されて、それで僕がどういう人間であるかをみてほしい。ただそれだけなのです。
鎧を脱いで戦うことにしました。
ボロボロになるかもしれないし、これまでないほどに打ちひしがれるかもしれない。でも、限界まで向き合ってそれで死ねるなら本望なので、そうやって生きていくことにしました。
魔界村のアーサーと違ってパンイチじゃないから1回じゃやられないはず、きっと(このネタが伝わる人はどれほどいるのだろうか……)。
最後に
まさかの2記事で完結することとなりました笑
ちなみにですが現在小説執筆中で、既に45万字ほど書いていたりします。
これについてはこの記事を公開した後に、また詳細をお知らせします。
では!( ̄  ̄)/
この記事が参加している募集
(´・ω・)つ旦