ルールズ
ギタリストの方の本である。
恋愛指南書の方ではない。念のため。
ネタバレも含みますので、未読の方はご注意ください。
大盛り、合言葉、リアル
まず、マリリンが大盛りについて語っているところで大いに新藤節を感じた。
表記では、1183の部分だ。
大盛りの目的はうやむやでも、大盛りそのものの存在感に意味があるらしい。
その言葉の端々から、話しているのは確かにマリリンなのに、このマリリンは晴一さんが生み出したマリリンなのだ、という確固たる個性を感じた。溢れ出る存在感、恐るべし。
そして各所にワインディングロードや午前5時などの、ファンには嬉しい単語が散りばめられていて、彼らとファンだけに通じる合言葉をもらったみたいできゅんとした。
バンドについては、リアルの一言に尽きた。
さすが本職について書いているだけあって、裏話的な、いるんだよなこんなやつ、とかが絶対にモデルがいるんでしょ…?!と突っ込みたくなるほどに現実味を帯びていた。
2017年
発行されたのは2017年。おそらく、その数年前から原稿は書いていたのではないだろうか。
夢だけでは食っていけないのだと、海に浮かぶ島から遥か東京まで飛び出してきた彼の、心の内を覗いているような気にもなった。
実際、何度となくそのような問いは繰り返されていたのではないだろうか。
汚れた手でGuitarを触ってはいないかな?
"ダイアリー00/08/26"
2020年の段階で、そう問いかけるほど、音楽に真っ直ぐな彼のことである。
豆腐屋をきっちり手伝うタッちゃんの姿を見て、ダサいと一蹴できない健太を重ねて見てしまうのはやむを得ないことだと思うのだ。
酒と女とギターとロック
ロックとは、酒と女とギターなのだろうか。
と冷静に分析してしまうほど、度々女の子の話がでてくる。
前作でも、そういう描写もあったと思う。
彼らの曲にもそういう描写はある。
ステージで汗を散らして、ファンの女の子とワンナイトするのがロックなのか。
一昔前とかの、アメリカとかのロックには、素人の偏見ながらそんなイメージもあったかもしれない。
でも、今私が思うロックとは、彼らのように、ファンを想い、真っ直ぐに音を届けてくれる、その出で立ちこそがそうなのではないかと思う。
彼らが島を出たときには、もっと違う未来を目指していたかもしれない。
世界を股にかけて飛び回るような、ステージでギターを叩き割るような、そんなバンドを目指していたかもしれない。
それでも、今こうして活動を続けてくれている、ライブの最後には生声で感謝を伝えてくれて、野外のステージではみんなの体調を心配してくれて、何度もライブ中にありがとう、と伝えてくれる、そんな彼らが大好きだ。
そして、そんな彼らだからこそ、ついて行こうと思ったファンが、東京ドームを埋め尽くすほどにいるのだと思う。
1807 茶色のチョッキ
さて、Kindleの悲しいところは、ページ数がわからないということか。
しかし、マーカーを直接引けるのはとてもありがたい。
ページの表記は1807だった。
1807行目ということだろうか。
毛玉の目立つ茶色のチョッキを着たフロントの男は、まだ9時を回ったところだというのに、まるで明け方に叩き起こされたみたいな不機嫌な顔をしていた。
きっと彼は昼間に会っても同じ顔をしてるんだろうと想像させる。
最初に気に入ったのはこの文。
するりとのど越しが良い文だった。
やはり彼の持ち味は比喩表現だと改めて思った。
歌詞ではいかんなく発揮されているそのセンスが、こんなところでも大サービスだった。
3375 夢の世界
健太が売られたハオランに問いかける。
「お前はまだオーバジンズか?」
そしてその後に、琴山村やハオランを取り巻く状況を見てきた今だからこそ言えるセリフとして、続くのだ。変わったことがある、と。
夢の世界にも地面があるって知ったことだ。
頭を殴られたような衝撃だった。
ここには、新藤晴一が宿っている。
強くそう感じた。
その後の「夢に地面があるなら、現実にだって空があるはずだ。」というフレーズもまた良かった。
そして、地面があると知った上で、夢の世界を生きていきたいと選択した健太の決意の硬さを見せられれば、応援しない訳にはいかないのだ。
3554 恒星
マリリンだけじゃなく、オーバジンズも、そのメンバーひとりひとりも、衛星だ。
ロックという恒星を取り巻く衛星。
ロックを星と衛星で例えようとした人が、果たして今までにいただろうか。
彼らの歌詞にも度々出てくるそれらの言葉が真っ先に浮かんだ。
その名も「惑星キミ」さ
これは相方のボーカルの方の作詞だが。
しかしニュアンスとしては似たようなところを好むのだろうか。
長年連れ添った夫婦が似てくるように、長年連れ添ったギターとボーカルも好みが似てくるのだろうか。
3563 傷ついたグラス
星の例えのすぐあとだ。
過酷でも平凡でも、そこに哀しみがあればそれを燃料としてロックを燃やすらしい。
哀しみに相対的な評価などない
ここでは、私の好きな、有川浩さんの『レインツリーの国』の一文を思い出した。
"痛みにも悩みにも貴賎はない"
どちらも伝えたいことは一緒だ。
哀しみは、他人のものと比べることはできないのだ。
そしてその傷の話の延長線で、また素敵な比喩が登場した。
透明に見えて無数の傷に覆われたグラス。それが割れる前に、暖かい手で包んであげないといけない。
ガラスのハートなどとよく言われるが、やはり心の形はガラス細工のようなものなのだろうか。
誰しもが抱える他人からは見えない傷を、割れる前に包んであげたいと思える優しさがまぶしい。
そして本文はこう続く。
(中略)そしてその手は恒星の熱でなんとか体温を保っている。(中略)そうして俺たちはぐるぐる回っている。
ここで恒星の話と繋がる。
言わせてくれ。なんて、なんてロマンチストなんだ!!!
ロックの魂を持つロマンチストなんて、詩的すぎる。文学的すぎる。それだけで1本映画ができる。
それだけでごはんが3杯は食べられる。
この辺りの怒涛の表現力には好きが増すばかりである。
3809 広島からやってきたバンド
さあここでなんとサプライズ的に登場した広島からやってきたバンド。
著者が作品の中に登場する話は目にしたことがあるが、まさか彼にも同じような粋な計らいをしてもらえるなんて!
ここまで読み進めて応援してきたバンドと、現実の世界で応援し続けているバンドがご対面するという、なんとも夢のような演出に最もテンションがぶち上がった瞬間であった。
3893 キャラバン
さあ最後はこちら。
砂漠を行くキャラバンが星を読んで道を決めるように、長い人生を安全に渡ってゆくための知恵を、両親は俺に授けようとした。
何を食べたらこんなに綺麗な表現が浮かぶのか教えてほしい。
平凡に生きる術を、選択肢を、両親が与えてくれようとしていたのだ。
それを、こんなにロマンチックな表現にしてしまう。
何度でも言おう、新藤晴一、恐るべし。
終わり
久しぶりにこんなボリュームの記事を書いた気がする。
全部書いた。満足した。
とにかく新藤節を全身でビシバシ浴びることができる1冊であった。
そして、彼の"ロックとは"という問いの答えと、ロマンチシズムを存分に披露してもらえた、懇親の1作であることは間違いない。
改めて、素敵な物語をありがとうございました。
そして、こんなボリュームの記事を最後まで読んでくれたあなたにもとっておきの感謝を。