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まず、敗者と墓場の土の香りを嗅ぐ事(ラテン音楽の聴き方)

こんにちは。
「墓の魚」の作曲家です。

私の活動している
「墓の魚 PEZ DE TUMBA」という
オーケストラは、
私のオリジナルの
ラテン音楽と、
コメディア(道化芝居)
演奏する
スペイン風オペラ楽団(要はサルスエラ)
なのですが、
スペイン風と言っても、厳密に言うと、
スペイン人達が移民して生まれた
アルゼンチンや、メキシコ
また、スペイン圏と隣接する
ポルトガル文化も
「墓の魚」にとっては、
重要な舞台となっています。

特に、ポルトガル独特の音楽である
ファド(Fado)は、
「墓の魚」の作曲家である私にとって
重要なラテン音楽であり、
私は、日本で唯一
ファド(Fado Enterro)を作曲する
作曲家でもあります。

さて、ポルトガルは、
を大切にする国であり、
別の言い方をするなら、
誇りを持っている国です。

フランスも、詩が発展した国ですが、
芸術の繁栄大国フランスとは違う
かつて海を支配した
大航海の栄光の歴史と、
ユダヤ亡命の地の過去を持つ
誇りを持った人々の
詩の感性は独特です。

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あらゆる芸術は
勝者のものではなく、敗者のもの
ですが
(故に詩人芸術墓場から生まれる)、
そういう意味では、
過去の栄光と、没落を味わっている国
ポルトガルは、詩人の国なのです。

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そう。
誇り高い敗者こそが芸術家であるなら、
まさにポルトガルは、
痛みと苦渋の詩を生み出す
誇り高き国です。

ファドという音楽もまた独特で、
海に出た男達の帰りを待つ
女性達が歌う唄

などと言われていますが、
その歌詞は、
キリスト教的で、亡命的で、
複雑であり、
いわゆるフランスのシャンソンの様な
諧謔的な面は、
あまり(多くは)見当たりません
(コインブラのファドはまた毛色が違いますが)。

誇りと、苦悩と、
痛みの詩を歌う
夜の港町の歌・・
とでも言うべきものでしょう。

サウダーデ(郷愁)などという
ポルトガルの言葉がありますが、
それが、ファドでは、
海の向こうを眺めながら、
帰らない古き良き過去や、
子供時代、
人生で喪失した様々なものに対して
焦がれる想い
である
と言われています。

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そもそも、ポルトガルに限らず、
キリスト教徒の歴史は、
迫害殉教(Mártir)の歴史です。
(ポルトガルに縁深い
ユダヤ教徒も同じくですが)

海洋時代のヨーロッパの国々の
繁栄と栄光の影には、
征服虐殺植民地の悲劇、
没落や、革命という
やり直しの効かない演劇
が繰り返されたのです。

そして、そうした
悲劇と、喜劇と、
血の歪んだ軋みの音
を聞きながら、
ラテン音楽は生まれました。

故に、ポルトガルに限らず、
骨の痛みの様な、
キリスト教徒達の歌は、
フランスにも、スペインにも、
アルゼンチンにも、メキシコにもあり、
ただ、各国で
その消化の仕方に差異があるだけです。

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苦しみの中で、貧困の中で、迫害の中で、
神に懇願した者達の歌

それこそが
ラテン音楽の本質
である事を、
私は、ぜひ皆さんに
知って欲しいのです。

さて、話を「墓の魚」に戻しますと、
異端の作曲家が作り出す
「墓の魚」の音楽や詩は、
何度も何度も繰り返し、
敗者の魂の痛みと、
虚しい栄光の骨の腐敗と、
地を這う者(ベントス)達の
生と死の循環
を歌います。

ポルトガル漁師達の郷愁・・

港に打ち上げられた
惨めなフジツボ達の死骸が語る
この世の虚しさ・・

男性社会の中で生き埋めにされた
農村の異端者達の辛辣な道化芝居
「墓の魚」は訴え続けます。

この世の
墓場の土壌の香り
を嗅いでみませんか?

そして、己の中にある
敗者の魂
と向き合う。

それが
ラテン音楽を聴く
という事なのですから。






「墓の魚」オーケストラの
映画の様な配信コンサート・第一弾

スペインの魔女達、南米の迷信、
熱帯雨林の夢、独裁政権と社会主義など、
様々なテーマが入り乱れる
音楽で奏でる幻想文学
「死んだ珪藻とマキシロポーダのミサ」
こちらで公開中です↓↓↓

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墓想の作曲家による海洋生物の死のオーケストラ「墓の魚」記事
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