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創作

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物語。ときどき、妄想を綴ります。
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小説『いちばん暗くて、いちばん明るい部屋』

小説『いちばん暗くて、いちばん明るい部屋』

 秋の月に照らされた彼女の横顔は何よりも美しかった。

 椅子の上で膝を曲げて抱えたまま、窓の外をぼんやりと眺めている彼女のことをこのまま永遠に見ていたいと、そのとき僕は心の底から強く思った。
 誰かに対してそんなことを感じるのは、後にも先にも、ただその時だけだった。そしてその想いは、僕が生きているという事実よりも確かで、僕の生命の重さよりもずっしりとした手応えを僕に感じさせるもので、疑いの余地の

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あなた

あなた

長い眠りから目覚めた時、あなたは私の隣から姿を消していた。この部屋の中には、あなたの香りが微かに残っていて、それ以外には、あなたに関する私の記憶だけが、深い森の中の樹に刻まれた動物の爪痕のように、確かに残っているだけだった。

私はベッドから身を起こし、部屋の中を見渡す。やはりあなたの姿はどこにもなかった。

昨日、思いもよらないことであなたを傷つけていたのか、それとも、だんだんと私に対する不満が

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