【映画の中の詩】『脱出』(1944)
「用があったら口笛を吹いて」
監督
ハワード・ホークス Howard Hawks
原作
アーネスト・ヘミングウェイ Ernest Hemingway
出演
ハンフリー・ボガート Humphrey Bogart
ローレン・バコール Lauren Bacall
『脱出』(1944)。原題は「To Have and To Have Not 持つものと持たざるもの」。
ローレン・バコールはこれが映画デビュー作で鮮烈な印象を観客に与え、その印象を『映画の心理学』(ウオルフェンスタイン, ライツ 著)は、
と書いています。
でも、本当はこのような女性像はバコール自身の実像とはズレがあり、
と書いているように、監督のハワード・ホークスによって作られたものでした。
彼女のあの低い声も訓練(山の上に行って谷底に向かって低い声で本を朗読した!)のたまものなのでした。
『監督ハワード・ホークス「映画」を語る』という本にこの映画の撮影準備中の時期のバコールの素顔を伺わせるエピソードがありました。
バコールとボガートは撮影中に恋に落ち、やがて結婚し、ハリウッドの伝説的なカップルの一組となりました。
「用があったら口笛を吹いて」
というのはこの映画の名セリフとして有名なものですが、これを詩としてハナシをしようというのではなく、今回はこの伝説的なカップルのエピソードに登場する詩のハナシです。
ボガートからバコールへの最初のラブレターだそうです。スティーブは『脱出』のボガートの役名。
歌の文句、の歌というのは「Ev'ry Time We Say Goodbye」 (コール・ポーター作詞・作曲)で、スタンダード・ジャズナンバーとして有名なもの。
Every time we say goodbye,I die a little, さよならを言うことは、ちょっぴり死ぬこと
というのが、歌いだしですが、これには元詩があります。フランスの詩人アロークール「別れの唄」。
ここで別の名セリフ(小説)を思い浮かべる方もいるかもしれません。レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』の終わり近く、名前は明記されませんがアロークールの詩が引用される場面、
この清水俊二訳の『長いお別れ』では
「To say goodbye is to die a little」は
〈さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ〉
と訳し、「わずかのあいだ」では元詩のニュアンスとは違ってしまっています。
アロークールの詩の「いくぶん」は量的なものですが、この清水訳(長らく定番だった)では時間的なものとしてあつかっているようです。小説の題名は『長いお別れ(The Long Goodbye)』ですから、それとの対比で「わずかのあいだ=短い」とあえてしたのでしょうか?
二人の結婚は映画公開の翌年の1945年。ボギーは45歳、バコールは20歳。ボギーは1957年1月14日、57歳で亡くなりました。
和田誠の『お楽しみはこれからだ』には、ボギーの墓には
〈用があるときは口笛を吹いてくれ〉
と刻まれているそうだ・・・という粋なエピソードが紹介されていて「かっこえー!」と思っていたのですが、『落語長屋の知恵』(矢野誠一 著)という本によると、これはデマなのだそうです。
いかにもボギーらしいので騙されてしまいました・・・。
参考リンク
『映画の心理学 (現代科学叢書 ; A 第3)』ウオルフェンスタイン, ライツ 著, 加藤秀俊, 加藤隆江 訳
『私一人』ローレン・バコール 著, 山田宏一 訳 https://dl.ndl.go.jp/pid/12437973/1/80
『監督ハワード・ホークス「映画」を語る』ハワード・ホークス著、梅本洋一 訳
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438011/1/100
「別れの唄」アロークール(西條八十訳) 『愛の名詩集 世界編』西条八十, 三井ふたばこ 編 https://dl.ndl.go.jp/pid/1348238/1/25
レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』清水俊二訳『世界ミステリ全集 5 (レイモンド・チャンドラー)』
https://dl.ndl.go.jp/pid/12445054/1/264
『落語長屋の知恵』(矢野誠一 著) https://dl.ndl.go.jp/pid/12438430/1/130
『脱出』ブルース・F.カウィン 編 https://dl.ndl.go.jp/pid/12437981/1/3
Ray Charles & Betty Carter -〈 Ev´ry Time We Say Goodbye〉