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"よく分からない本" を読む。

今日もありがとうございます。パーソナルサポーターの山田です(^ ^)

"本" は人生を豊かにしてくれる。
世界中の多くの偉人が「本を読むこと」の大切さについて語っています。読書好きの方や"本"を大切にされている方も世の中に沢山おられます。私自身も多くの方と同じように、本を読むことは自分の人生に役立っているな、と感じているうちの一人です。

「論語」や「中庸」など四書五経と言われる歴史的な書籍から専門書、ビジネス書、マンガ、雑誌など様々な "本" に触れていますが、その際に注意していることがあります。

それは、

『自分が今 "理解できる本" ばかり読まない』

ことです。

興味のある本や学びたい分野についての書籍、何かを知るために読む本は基本的に分からないことを学ぶ過程で読むものですので、ある意味で "理解できない本" ではあります。
私がここでお伝えしたい「自分が今 "理解できる本" 」とは「自分の考えと一致して心地よく感じる本」ということです。

「自分の考えと一致して心地よく感じる本」は文字通り、読んでいると心地よいため、スラスラと流れるように読み進められます。そして、自然と同じような本を手に取りやすくなります。一方で、この状況を少し"引いて見る" と、"本を読んでいる" けれども、自分が理解できる同じような傾向の本ばかりのため "自分の枠は広がっていない" 状況、とも捉えられるのではないでしょうか。

そこで私が行なっている対応は2つあります。それは、

・長期に渡り読み継がれている伝統的な本を読む。
・真逆の主張の本も読んでみる。

というものです。
真逆の主張の本を読むことは、心理的にあまり心地よいものではありません。また、四書五経に代表されるような長期に渡って読み継がれている本は、"よく分からない" ことも多いです。

しかし、真逆の主張は自分の視野を広げてくれる可能性があり、"よく分からない" のは "今の自分" ではよく分からないのであって、自分自身が成長して改めて読んだ時には "分かる" あるいは "気づく" ことがあります。

このように「読むたびに理解が深まる本」は "本物の良書" ではないかと思います。何年にも渡り多くの人に長く読み継がれている本は、そこに長く読み継がれる理由があり、本質があるということだと思います。それと自分を照らし合わせることで、"本" が自分の成長を図るための一つの "物差し" になり得るのかもしれません。
様々な本に出会いながら、本質を離さないように学びたいと思います。

今日も来ていただきありがとうございます。
普段なら自分では絶対に手に取ることのない本をたまに読んでみるのも、新たな視点が加わって面白いですね。
それでは、いってらっしゃい(^ ^)

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