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食事代とホテル代、それが今日の私の価格

「今日の夜、一緒に食事でもどうですか?」
メッセージが飛んでくる。

「仕事終わりでいいなら空いてます」
メッセージを飛ばす。

最大距離を10kmに設定してあると、その近さを理由に異性から次々と誘いの言葉がやってくる。4大都市に隣接した小さな県の、大きな駅付近に住んでいてよかった。小さいながらもここら辺りじゃ1番栄えてる所だからアプリのユーザーが密集しているし、なにより、便利だ。


駅前の交差点から西へ3分ほど歩いたところにある歓楽街。居酒屋を中心とした飲食店が多く、17時を過ぎた頃からは往来が盛んになってくる。

その、約2時間後。
仕事を終え、帰宅。身支度を整えて再び家を出て飲み屋街へ。集合場所は、決まって近くのコンビニだ。

「着きました」
再度飛んでくるメッセージ。

「私もです。どの辺ですか?」
到着して数分後、相手からのメッセージを確認。

少し遠くの方で、それらしき人物がキョロキョロするのを見つけると、「今来ましたよ」と言わんばかりに小走りで駆け寄る。軽く口角を上げ、「〇〇です」と挨拶。相手の男性もそれに応じて、挨拶を返す。

 アプリに登録してある写真と数行の自己紹介文、何度か交わしたメッセージを見返して、ふわっと揺れるロングスカートにタイトな白ニットと、3cm程のチャンキーヒールを合わせたコーディネートにした。髪を低めの位置で緩く一括りに結ぶ。瞼にはほんの少しだけ、ピンクのシャドウをのせる。食事の場という“前提”だから香水は付けない。
 「好みのタイプ」なんて直接聞かなくても、雰囲気や言葉選びである程度は読み取れる。今日求められている私は、『可愛らしさと自立した女性』
作られた可愛らしいは鏡の前で入念に確認した。後は、会話の中で自立した女性をみせられれば完璧だ。

 店選びは、事前に好きな料理や食べたい物、好きな店の雰囲気を伝えておく。ある程度的を絞ったほうが決めやすいし、「全てお任せします」だと印象が悪い。2人で食事をする場所は2人で決めるべきである。


 たかだかアプリでマッチングしただけの、会ったことも無い異性を想って経験と頭脳と労力を惜しみなく使っている理由。それは、私自身が商品になり、買われるから。

 わかりやすい所で言えば、食事代。友人や恋人関係でない限り、食事代が割り勘である事はまずない。男性は飲食したものに加え、私との会話や時間を対価として支払う。(負担に思うかは人それぞれだが)決して安くはない値段だ。それに見合ったものを提供しなければ相互の満足度は得られない。
「食事が美味しくなかった、会話が盛り上がらなかったけどお金を払ってないからまあいいや」と割り切れるのは女性側だけで、金銭を支払う男性は「まあいいや」と簡単に開き直れる程軽いものでは無い(と思う)。
 「美味しいものを食べながら、身綺麗な女性との会話を楽しむ為に正当な額を支払った」と思ってもらうためのパフォーマンスをしなければならない。鞄の中には、礼節と信義を重んじる武士の心を入れておかなければ。




食事を終える。「御手洗に」と席を立つ。不自然にならないよう、「チェックするなら今ですよ」の合図を送る。少し長めに立ち、終わる頃を見計らって戻る。「ただいま」と小さく囁き帰り支度を始める。店を出て、「ご馳走様でした」と言いながら数千円しか入っていない財布を出す。金額を尋ねるのと同時に、「いらないよ」とそっと手を握られる。

 第2ラウンド、と言ったところだろうか。

 本来の目的を隠し、2人分の食事代を出さなければならないなんて、男性はなんて世知辛い世界に生きているんだろう。

繋がれた手を握り返しながら、
「手、冷たいね。寒い?」
なんて、甘い声で言えば今日の役割は終了だ。
あとは相手の歩く方へ着いて行くだけ。目的地は敢えて言わない。言わないし、分かってません風な顔をする。ここまで来たらあとはテンプレート通りでいい。ほんの数分前まで私の顔を見ながら会話をしていたのに、今は私の首から下しか見ていないのだから。

 もうひとつの目的地に着く。

淡々と手続きを済ませ、部屋に入る。
休憩2時間。
応えるだけでいいなんて、なんて楽なんだろう。

 揺れるスカートも、お気に入りの靴も、アイシャドウも、入念に確認した可愛いは全て、大きなベッドの上に投げ捨てられた。




再度お金を払う男性。本当はこの金額だけでよかったんだろな、なんて思いながら、今度は他人事のように少し遠い所から支払う姿を見るだけ。建前として出す財布すらない。

 ホテル代と食事代。合わせて9,683円也。
今日の私に付けられた値札の金額がようやく浮き出てきた。

食道から排泄器官まで、全てを美味しい食べ物で満たされた心地よさと、ほんの少しの違和感を抱えながら、帰路に着く。


1万円足らずの、今日の私、お疲れ様でした。


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