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無茶
入学式より前に、つまり高校3年生の時に採寸、購入したスーツは少しキツイ。幅広の扁平足に合うパンプスもなかなか見つからないで、きっと無理矢理履いていることがすぐにみて取れるような不思議な歩き方をしている。
ああ、多分眉毛だって変な形になっているだろうし、チークも塗りすぎたかもしれない。
大人になるって大変だ。勉強は頑張ってきたけれど、こんなようなことは、誰も教えてくれやしない。
だけど駅前で待ち合わせた友達の二人は、自分と同じようなものを着ているのに、すごくきまっているように見えたのだ。
スーツスタイル向けに一つにまとめた髪の襟足が綺麗だ。
少し見とれた後に、駅の出合頭衝突防止のために貼られているミラーを確認した。
私のお団子結びは、案の定襟足がくしゃっと撓んでいた。
「授業がないと、なかなか会えないから久しぶりだね。」
大学4年にもなると、単位は取り終え、卒論は提出済みで、なかなかキャンパスに行くこともない。
「本当にもう卒業の年なんだね。」
そう話ながら向かった場所は、新卒向けに開催された、就職フェア。
私たちは一緒に大学で福祉を学んできて、今就職活動をしている。正直自分の人生が精一杯すぎて、他の子たちが一体何をやっているのかは全く知らない。だけどいくつか内定を持っていたり、インターン先から声がかかっていたりなんかするのだろう。
だってみんな、優秀なんだもん。
大学生活を3年間やってきて、かなり背伸びして入学した自分と周りの友人たちの差ばかり感じてきた。別に劣等感も湧かない。別の人種の人みたいな、遠い存在のように感じるほどの差だったから。
地元にいた頃は、歪みあったり、喧嘩したりしと
日々友達関係で葛藤していたけど・・・
(誰々がファッションを真似してくる、とかデコログのデザインをパクった、とかそんなようなしょうもないこと)
大学の友達とは揉めることもない。彼女たちはいつだって聡明で、理解力が高くて、察しがいい。悪口なんて、聞いたこともない。挨拶も、感謝のことばも当たり前。汚い飲み方もしないし、いつ家にお邪魔しても部屋は綺麗で、SNSにも依存なんてしていない。
そんな彼女たちに、私が何かを与えてあげられたことなんてないし、学びになるような行動を起こせたこともない。このひとたちがなぜ私と日々を共にしていたのかは、今でもよくわからない。
「私ギリギリ免許取れたよ。行きたいところが運転免許必須だから。」
「本当?私はTOEICばっかりやってた。ある点数から、全く伸びなかったんだよね」
「わかる。なんか700からの壁みたいのがあるよね〜」
二人はそんなことを話していたみたいだけれど、私はまだ、二人の襟足に気を取られていた。
「こんにちは。〇〇福祉会です!認知症ケアに興味ありませんかー?」
お揃いのポロシャツを身に纏った若いスタッフが、案内パンフレットを渡してくる。
小さなブースが沢山並んでいて、自分達と同じような姿の就活生が、椅子に座って相談会の順番を待っているこの景色。
私は心の底から違和感を覚えた。
なんなんだろう。わからない。私はここにいる人たちみたいになれない。将来どうしようとか、考えられない。大人になることを全然受け入れられない。
適当に入ってみたブースで、説明を聞くふりをしながらなぜか、その人が使っているパソコンの画面や腕に付けている高そうな時計や、凝ったデザインの名刺なんかに気を取られる。
働いて、お金をもらって、人は生きていくのか・・・そんな当たり前のことを考えた。
そういえば私って、なんで生きているんだろう。私って、なんで私なんだろう。
ぐるぐる、ぐるぐる・・・
少し目が回ってきた。
普通、大学を出たら働くよね、いや、いい会社に入るために大学に来たんだよね。お金がないと苦労するから。
私もお金が沢山あったら、こんなことにはなってなかったのかなあ。うちって、貧乏だったのかな。私もいっぱい稼がないと死ぬのかな?
そんな・・・どうしよう
やっぱり公務員試験に受からなかったら、人生終わりなのかも。終わらないために、こういうところも受けておくべきなのかな。でも、公務員試験にも、国家試験にも両方受かる余裕は・・・
そもそもあと何ヶ月だ?全部3ヶ月とかしか猶予がないんじゃないか?
なんでもっと早く動かなかったんだ?
私は何をやってたんだ?
いやいや、無理だよ
私は寝れなくて・・・鬱になって・・妹が倒れて・・実家に帰って・・・・・・・・・
辛い日々に感情が引き戻される。
友達はそんなことないんだろうな
私が萎びた姿で万年床で突っ伏していた時も、妹を深夜病院に連れていった時も
みんなは各々の人生のために勉強したり、健康な生活をしていたんでしょう。
なんで?なんで私は。
なんで・・・・・
トントン、と肩を叩かれて我に返る。
「ねえちょっと疲れたよね?パフェでも食べない?」
察しのいい友達がそう言って私を手招きした。
「あっ、ごめんそうだよね。あー、疲れたー!そうしようそうしよう。」
慌てて立ち上がった私のお尻には、今朝母親が書いて置いていった、朝食について書かれた付箋が張り付いていた。
”牛乳期限切れているから、飲まないで”
顔がカッと熱くなった。
なんだよ。
誰かなんとか言ってよ。
もう、こんなの懲り懲りだ。
いつも情けない私と友達は駅ビルを出てカフェに入った。
「やっぱり福祉業界は全体的に、給与水準に納得いかないなあ〜」
アイスコーヒーをがぶ飲みして、一息ついた友達はそう言った。
「国試に受かればまだなんとかなるけどね。ほら、資格手当があるでしょ?」
「んだねー。私一般企業中心に受けているから、国試は手が回らないわ」
「全部全部は無理だよね」
二人の顔を交互に見ながら私はまだ、ぼーっと考え事をしていた。
「そうだ。楽しいこと考えようよ!ほら、卒業旅行とかさ!」
え、旅行?
「あ!それ私も言おうと思ってた!」
「せっかくだから海外がいいなあ」
「わかる!社会人になったらなかなか行けないし。」
「えー?私はボーナス貰ったら行く気まんまんだよ!」
「さすがだね。フッ軽は違うわ〜なんかそう考えるとやる気出てきた」
か、海外旅行だって・・・?
頭の中に飛行機を思い浮かべると、心臓の鼓動が速くなるのがわかった。
みんなが楽しそうに、スーツケースを引いている。私はトイレに駆け込んで、冷や汗を流しながら頓服を飲み込む。
そんな光景が目に浮かんだ。
私は行けない。その言葉さえも、モチベーションアップで輝く笑顔の二人の前では飲み込む他ない。
「私は韓国を案内してほしいなあ。話せる人がいるとめちゃ心強いよ。」
「え?韓国でいいの?それなら全力で案内する!」
「さすが、韓国アイドルを追っかけてきただけあるねえ」
「そうよお。語学の検定試験まで受けたオタクなんだから」
「すごいよねそのバイタリティ」
私は訳がわからなくなって、ニヤーっと笑ってみた。
二人はニコッと笑顔を返してくれた。
きっと同意していると取られたのだろう。
ああもう、どうにでもなれ。
「じゃあ私はこの後用事があるから」
1日に何個もタスクを詰め込める友達はそう言って、さわやかに去っていった。
少し心配そうに私を見つめるもう一人の友達と、しばらく無言で歩く帰り道。
疲れきった私は逆に頭がまっさらになっていた。
「韓国、いいね」
そう言って笑ってのけた。
「うん、楽しみやね」
彼女はホッとしたように微笑み返してくれた。
全部やるよ。やりますとも。
私ならできる、
私ならできる、
私ならできる。
まだ自分を信じる力は残っている。
「じゃあ、また!」
重いカバンを握り直し、家とは逆方向の自習室へと歩き出した。