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歌から滲み出すものをゆっくり考える

 短歌雑誌やネットの投稿などを読んでいると心に引っかかるのは良い歌や良い批評ではなく、居心地の悪い気持ちの悪い歌ばかりだということに気付きます。
レビューに書いてもなんやかんやで横やりが入って消される始末になることは残念なので、一旦こちらに書くことにいたします。

NHKテキスト NHK短歌2024年8月号(日本放送協会 NHK出版) の中の
「こころ以上ことば未満 松村正直の短歌入門」という見出しのものについての感想です。
比喩表現について、4首の短歌を引用して解説されています。

・自販機のなかに汁粉のむらさきの缶あり僧侶が混じれるごとく
「石蓮花」 吉川宏志:書肆侃侃房

・バゲットを待つやうに待つわが父の焼きあがり時刻午後四時三十分
「青雨記」高木佳子:いりの舎

・除雪機の排雪筒に詰まりたる雪を掻き出す摘便のごと
「大空のコントラバス」 福士りか歌集 :柊書房

・サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい
「銀河を産んだように」大滝和子:砂子屋書房

選んだ歌人もそうですが、選ばれた歌がいずれもどうしようもない歌ばかりで頭を抱えてしまいます。これらの歌人を含めてほぼすべてのプロ歌人達に言えることですが、
「とにかく自分を神様みたいなポジションに置かないと歌が詠めない」
という慢性的な病を患っています。普通に考えれば神様という視点なら大局を見通して、力のないものや弱い立場のものへ心を寄せながら希望を説くものですが、自分が可愛くて仕方ないバカな歌人達は自らを飾り褒め称えることに必死なようで腐ったナルシズムの中で溺れたまま、落書きにも似た歌をたれ流しているのです。

まずは4つの歌それぞれについて思うところを書きたいと思います。
「自販機の・・・」
解説者が言及していた異質という色味の混じった様子の表現も大げさですが、派手な色とアルファベットやカタカナが多用されている自販機の各パッケージの中の紫色の汁粉を僧侶に見立てた所など、安易な落差思考が伺えます。そもそも紫色は小豆の代名詞でもありますし、僧侶は日本だけの専売特許ではありません。作者は多国籍感の強いカラフルなサンプルという対象に引きずられて、自販機という入れ物が日本独自の文化で発達したガラパゴスな製品であることを忘れてしまっているのです。実は自販機はとても面白い題材です。日本の独自の文化が育んだ製品の中に、「お茶」とか「お汁粉」といった更に日本を強く意識させるものが入れ子のように収まっている実に日本らしい物体なのです。
私も海外の方に何度か言われたことがありますが、接頭辞として「お」がつくことの珍しさが異国の文化の奥行きをより拡げていることは間違いありません。もう少し先まで思考して、見えなくても敬い、へりくだるという精神性をきちんと見い出せたなら、もっと別の表現ができたでしょう。
上辺の薄っぺらな部分ばかりを見ることは観察とは言えません。
「自分にはこう見えたんだよ!」と声高に語られても、「ああ、そうですか」としか言いようがありません。それだけの短歌もどきです。

「バゲットを・・」
歌人としての資質云々よりも人としてどうなのか?と思いたくなる酷い歌です。
評判のパン屋に掲げられているバゲットの焼き上がり時間を知らせる掲示と、火葬場で案内されたのであろう火葬時間とを「待つ」ということの対比で組み合わせています。評者は喩える物と喩えられる物が無関係であればあるほど直喩の力が大きくなるなどと戯言を書いていますが、バカさを通り越して笑えます。自分の父親だから、その死をぞんざいに扱ってよいということはありません。どんなに憎たらしい相手だったとしても、軽々しく喩えるべきではありません。安易にパン屋の掲示が頭に浮かんだとしても、バゲットと火葬されている人を同列に扱うという人間性を疑うような表現を平気でやってしまうことに危機感すら覚えます。どこまで落差が欲しいのですか?そして、そのためなら何をやっても良いのでしょうか?あまりに考えが浅はかで幼稚です。作者も評者も、もう二度と歌人などと名乗らないで頂きたいと思います。短歌ですらない。

「除雪機の・・・」
これもバゲットの歌と同様に、安直で浅はかな思考しか持ち合わせていない歌人もどきの駄文でしょう。仕草が似ていること、そして「はいせつ」の発音が同じことに触発され悪魔の誘惑に堕ちた悪い例と言った方が良いかもしれません。「掻き出す」側の視点にしか立てない神様気取りの作歌だから、「掻き出される」側の弱みや痛みが全く想像できないのでしょう。
看護者や患者を見守る者として心の根底にあるべき慈愛の欠片もありません。除雪機と摘便を必要とする患者を比べることなど必要でしょうか?前述のバゲットの歌と同様に落差を狙って「とにかく短歌にならないかなぁ」というバカな妄想が、このような”人でなし短歌”を産んでしまうのです。これを「ブラックジョークだ」などと言える人は頭がどうにかなっているでしょう。神様の視点を気取って作っているにもかかわらず、神様の慈愛を持ち合わせていない、それはエセと言われても仕方在りません。

「サンダルの・・」
結構な頻度で目にするこの作者の代表作のような作品ですが、随分壮大な神様なのでしょう、「銀河を産んだような」なる大げさな言い回しです。どこかの俳句大賞のようにやたら「冬銀河」を連発する素人にも似た芸当です。多くの歌人に言えることですが、落差の対象物のチョイスが悪いのです。「サンダルを踏みしめる人」と「銀河を産む人」が余りにもかけ離れていることに気付けないことは歌人として致命的です。自分大好きで自分中心の神様視点に固着しているため、肌感覚の感性が劣化し麻痺しているのです。
靴下やストッキングを脱いで素足を風に晒したとき、本来は小さな指の間からも感じ得るものがあるはずなのに、すぐに「銀河」に飛びついてしまう。「わたし」が「宇宙」と対峙しているなどという評者のヨイショも炸裂しています。ヒロイン妄想が激しい幼児と同レベルの感受性しか持ち合わせていないからすぐに落差に逃げてしまうのでしょう。昨今の若者にも言えることですが、「人生一の・・・」「今日一番の・・・」などというくだらない表現が多すぎると思います。もはやうわの空で相づちを打つしかありません。
「ふうーん、それで?」。

よくこのような短歌、このような作者、このような評者で短歌雑誌の体裁が務まっているものです。ここから何を学べというのでしょうか?

以前からミルクさんもこの評者はダメだとおっしゃっていましたが、その通りでした。
ちなみにお知り合いの短歌が掲載されていたとのことでこの号を買われたらしいのですが、掲載部分を切り取っただけですぐにゴミに出したそうです。(ミルクさんにとっては読む価値のないもの)
なぜここまであからさまで幼稚な思考しか出来ないのか、ご意見を伺ったところミルクさんらしい含蓄のある言葉が返ってきました。

大きく息を吸って、吐いて、更に吐いて、肺を空っぽにして、息を止めた後で再度息を吸い込むとき、ほんの一瞬苦しさに襲われます。
吐ききって吐ききってやっと息を吸い込むという負荷こそがもたらす一瞬の苦しさを表現するのが短歌なのであって、その一瞬に気付きもしない鈍感さしか持ち合わせていなければ、到底歌人などと名乗るべきではありません。ほんとうに賢い人は経験していなくても思索が正常に働いて心の波紋が薄く小さくなっても追いかけることができますが、自分が好きなだけの怠け者は言葉の振動にばかり重きを置いて、心の揺れを推し量ることもできません。幼児用のプールであっても、荒れている海であっても、賢い人は水の怖さを正しく認識できるものです。心の機微の代弁者であることの前に、自分の代弁者になってしまって歌は散文化し堕落してゆくのでしょう。気付けなければ歌人としては致命的です。

このミルクさんの言葉を聞いてもわかるように、生ぬるい歌壇の現状に未来がないことは明かです。一方的に断罪しているように思えますが、ミルクさんは一貫して「もっと上を目指せ」とおっしゃられているだけなのです。
もっともっと時間を掛けて丁寧に作歌しなければ、心の発する小さな波紋はキャッチできないことをご自身の短歌をもって示されているのだと思います。

私も上記の四首と似たような短歌を目にしたことがあります。

・遺影(イエーイ)と言ひ合ふうちにぎしぎしと空が混み合つて来たけどイエーイ
藪内亮輔 『海蛇と珊瑚』 角川書店

角川短歌賞を最高得票で受賞された方がこの在り様です。
若いから許されるとか、勉強できるから鋭いだとか、トンチンカンにも程があります。
「影さえも無くなってしまった」故人の事を悪戯に歌題にするべきではありません。すべからく若手歌人はこの調子ですから、未来も希望も展望もないのでしょう。

タイトルの歌はミルクさんにしては珍しく自分に近い出来事を詠われたものですが、色褪せたベンチに座る(あるいは寝転がる)映像からゆっくりと過去の出来事への回想へと思考が導かれます。それが良い人なのか、悪い人なのか、良い想い出なのか悪い想い出なのか明確な事象を指すのではなく、静かに類推する作業を楽しめと言われているようでとても心地よい歌になっている気がします。これはまだ歌歴1年に満たない時期のものだそうですが、「美談に追いやって」なんて凡人からはひっくり返っても出てきません。
学ぶべきは誰からなのか、考えるべきはどういうことなのか、また一つはっきりしたように思います。

・想い出の人を美談に追いやって独り占めする褪せたベンチを

まだまだブログに未掲載の歌がたくさんあるそうなので、これから少しずつお聞きしてこちらに投稿できればと思っています。

ミルクさん 短歌のリズムで  https://rhythm57577.blog.shinobi.jp