たんぽぽわた毛のひとりだち(1996)
この話は私が中学3年の時に24日で書き上げたもので、小説のようなものを書き始め「まとも(なも)ので」3作目とノートの表紙裏にメモ書きがあった。本当は人と人で書きたかったけれど、考えていたらこうなったらしい。
まだペンネームもなくて、浮かんだままにペンを走らせていた頃の作品。
あと、この年の夏休みの自由研究みたいなもので、『かもめのジョナサン』の日本語翻訳にチャレンジし、五木寛之さんの日本語訳を読んだのですが、2章立てになっているのはその影響だったことを思い出した。
15歳のわたしが書いた拙い言葉ですが、当時の自分の置かれていた状況を書いたものでもあります。基本的に原文ママです。時々漢字に変換した程度。
人の顔や体格なんかが違うように、人それぞれ性格や物の考え方に、差やズレがある。これは人が人である以上、変わることはない。でも、今、人の考えはクローン化したのか、少しでも自分と合わないと、それは違うといい、相手を差別する。人はそれを、「いじめ」という。
これは人間社会だけではない。たんぽぽの社会だってそうだ。「いじめ」というのは、人が人である限り続く。人類が滅亡しなくてはなくならないのかもしれない。でも ―― まわりに温かく見守る誰かがいれば、いつかなくなるだろう。
1
今日も太陽はさんさんと照っている。そしてその太陽のように熱弁をふるっているのがいる。わた毛学校の先生である。
今日からは新入生が入り、早速授業を始めようとしている。立派なわた毛となり、立派に子孫を残していくために、花弁たちにも教育が必要なのだ。
「新入生の皆さん、ようこそわた毛学校へ。ここで短い間ですが、我々たんぽぽについて、勉強していきます。立派なわた毛となり、立派に花を咲かすため、皆さんここで頑張りましょう」
まだ咲いたばかりの花弁一枚一枚は、将来を担うわた毛の元である。そんな花弁たちが、これからこの先生のもとで、”立派”になるために日々努力するのだ。
「では今日は、一枚一枚の体の構造についてやりましょう。教科書4ページを開いてください。1分間、黙読」
一枚の花弁が悲しそうな顔をしながら、教科書とにらめっこしている。時間が経つにつれ、顔はなおうつむく。
「読めましたか? ではその人、読んでください」
指名された花弁は教科書を持ち直し、小さなせきを1つして、緊張しながらも大きな声で読んだ。
「私たち花弁の体の大部分は、一枚の花弁。黄色で、頭部には4つの切れこみがあります。形は舌状です。下半身には子房があり、この中には、将来種子になる胚珠が入っています。その先には冠毛が生えています。これは白く、たいへん細いもので、他の花のがくにあたるものです」
「ありがとう。君たち花弁は、1つの大きな家に、集団で暮らしている。同じ家に住んでいるものは、みんな兄弟だ。そして、みんな同じ花弁だ。姿、形、すべて同じ・・・」
悲しそうな花弁の顔から、1粒の雫が落ちた。悔しさでいっぱいの表情。でも誰も気付かない。
ボーっとしているうちに、授業が終わった。花弁は涙をふくと、まわりを見回してみた。同じ仲間がいる。いや違う。同じじゃない。何故、私だけこんな花弁なんだろう ―――
兄弟のうちの1人が言った。その目は、軽蔑の笑を浮かべていた。口元でかすかに浮かべる悪笑・・・。
「こいつ見てみろよ。まだ咲いたばかりなのに、色あせてるぞ。それに切りこみもヘンだし、3つみたいだぞ」
「ホントだー。なんかかっこわる―」
花弁の目に、再び涙があふれてきた。1つ、2つ・・・と雫が落ちていく。震えているくちびる。耳中でエコーしている悪口。
先生のうそつき ――― みんな同じじゃない。同じじゃない!
兄弟の中誰一枚、他に色あせてる者はない。切りこみの形がヘンなのも、3つのもいない。見た目はこの花弁の他、みんな同じだった。 何故? ――
産まれたばかりで、まだ学校に入る前は、みんな仲良くて、差別もなかった。この花弁も幸せな気持ちでいれた。でも、学校に入学し、先生の”同じ”という言葉が、ひっかかった。たとえ外見が違っても、一枚の花弁なのに――
くる日もくる日も授業は開かれた。先生は熱弁をふるう。そしてあの花弁は、悲しそうな瞳をしている。
「・・・花は雨の日や夜は閉じ、晴れた日は日光に当たるために開きます・・・」
先生はゆっくりと教科書を読んだ。みんなも、目で文字を追っていく。あの花弁は、顔を教科書にうずめ、今にも泣きそうだ。
「みんなはまだ、雨の経験はないが、明日あたり降りそうだ。雨が降ると寒くなるので、みんな集まって過ごすように」
翌日、先生の予想は見事に当たり、雨が降った。閉じた花の中で、あの花弁は今日も、悲しみの表情を隠せない。
そのうち、隣にいた兄弟の1枚が、あの花弁に気付いた。雨足が強くなり、花はまた閉じた。中はまた狭くなった。
「あっち行けよ、この色あせた奴」「こっち来るなよ」兄弟は口々に言いながら、花弁を押す。花弁も必死に抵抗する。
「あっち行け」「こっち来るな」「どけよー」花弁の瞳には、涙がたまってきた。押されて押されて、ボロボロの花弁。
雨が止んだ。花が開き、大きく息を吸うと、花弁は散らばっていった。
午後から授業があった。あの花弁は、悲しみの表情をいっそう悲しくさせて、瞳に涙をためて、ボロボロになった花弁を、小刻みに震わせていた。
「みんなだいぶ成長したね。冠毛も長くなってきたし。旅立ちの日もそんなに遠くはない。今日は時間が短いので、先生の体験談でも話すことにしよう。 先生もこうして花になる前は、一枚の花弁。そう、みんなと同じだったんだよ。先生が住んでいたのは、こんな都会の公園の片隅なんかじゃなくて、もっと広い野原だった。人が来ないわけじゃなかったから、友達たちが幼い子に摘みとられたりもしたよ。だから旅立ちの時、摘みとられた仲間の分も生きようって誓った。みんなも、もし仲間が摘みとられたりしていったら、その仲間の分まで生きるんだよ」
いつもよりいっそう熱弁をふるう先生。その言葉にうなずく生徒たち。そしてあの花弁は ―― 空想していた。
もし私が摘みとられても、ギザギザにやぶかれても、誰も気にはしないし、悲しんでくれないだろう。存在すら、気付いてもらえないかもしれない。
そして、また強く思った。 同じじゃない! ――――
「ねぇねぇお母さん。たんぽぽが咲いてるよ。見てみて。ほら。こっちこっち」
幼い女の子が母親の手を引いてこの公園の片隅にかけてきた。その瞳でじっとたんぽぽを見つめている。
「すごくキレイだから、1つ摘んでいこう。そんでお部屋にかざるの。あと、茎で笛作るの。ほら、上手でしょう」
こうして仲間の一家は1つ消えた。そんな親子を横目でにらみながら、泣いている花弁たち。友を失った悲しみと、次のターゲットは自分ではないかという恐怖。こんなふうで、何家ものたんぽぽたちがここから消えていった。
何故か、あの花弁のいる花だけは、摘みとられることなく無事だった。あの花弁は、仲間たちが失われていく兄弟の悲しみから変わった怒りを受け止めなくてはならない日々を過ごしていたのだ。きっかけは、この花の一部の花弁、つまり兄弟の一部が摘みとられた時だった。かろうじて助かったこの花弁に、みんなが怒りをぶつけた。
「なんでお前が残って兄さん達が摘みとられたの?なんであんたが残ってるのよ ―― 」
みんな口々に言った。近所のたんぽぽたちも言う。
「あの花弁、まだいるわよ。あそこの一部摘みとられた時、なんで一緒にとられなかったんだろうね」
花弁の瞳から大粒の雫が落ちてゆく。何で? 何で私はこんな仕打ちを受けなくちゃならないの?
私だって立派なたんぽぽの一員になりたいのに。なる権利があるのに ――
外見が違うから?それともみんなと違う花弁には幸せになる権利はないの?花となって咲く将来は約束されてないの?同じじゃなきゃ、だめ?
私だって ―――― 私だって、花を咲かせたいのに・・・
何家もの仲間が消え、長い間急行だった学校が久しぶりに開かれた。あの花弁のいる花は、まだ残っていた。
「今日が最後の授業となりました。では、教科書の最後のページを開いてください。ここに書いてある、たった5行のことが、今まで勉強してきたことの中で、いちばん大切なことです。よく聞いていてください。
わた毛は、花弁が枯れて冠毛がのびると、背も大きく伸びます。旅立ちへの最後の準備です。そして花の茎がのびて、天気の良い、風の気持ちいい日に・・・君たちわた毛は旅立つのです・・・」
先生は言葉をつまらせ、瞳に涙をためていた。あっけにとられている生徒を見て、先生はふと我に返った。
「ごめんな。先生は先生になってもう何年もたつけど、やっぱり生徒を送り出り時は寂しいんだ。なんかこう・・・」
そして、たんぽぽわた毛学校は、本当に短い間だったが、閉校した。そしてわた毛たちは、花弁が枯れるのを待ち、旅立ちの日を待つことになった。
でもあの花弁は、また考えていた。私は本当に飛んでいけるのだろうか。可冠毛という翼で、この大空を飛べるだろうか。本当に私は ――― 花を咲かせることができるのだろうか。
春の変わりやすい天気のせいで、なかなか旅立ちのチャンスは訪れなかった。その間に、花弁は枯れ、冠毛も成長していた。あとは、天気のいい、風のきもちいい日を待つだけだった。なかなか訪れたいチャンスにおどおどしている花弁たちだったが、これから旅立つ新しい夢の地を想像して、ワクワクしていた。
でもあの花弁の胸の中は、ワクワクやドキドキよりも、不安でいっぱいで、他にはなにもなかった。
閉校から2週間後、やっとチャンスは訪れた。絶好の”旅立ち”日和となった。カラッと晴れ、風がソワソワ吹いている。花が開き、一人前に成長したわた毛たちが、冠毛を広げて一斉に飛び立っていった。が、一枚だけ飛ばなかった。あの花弁だった。兄弟から離れ、一枚で花にしがみついていたのだった。必死に。
花 ―― つまり花弁たちの母が、初めて口を開いた。この一枚の花弁の泣き顔を見て。
「なぜ行かないの? ・・・ やっぱり怖い?」
花弁ははっとした。・・・やっぱりって、もしかして私のこと・・・
「本当はすごく怖かった。飛ぶのがすごく怖かったんだ。私みたいな、みんなと違う花弁は、花をさかせられない気がして。咲いても、色あせたみにくい花しか咲かせられない気がして。飛んでも、またいじめられる気がして。怖かった・・・」
花弁は泣きながら、前よりいっそう強く花にしがみついた。甘えん坊のように、強く強く・・・
「わかるわ、その気持ち。母さんも、同じだったから。母さんも、同じ思いをしたから。みんなにからかわれて、なんで私だけこんな思いをしなくちゃいけないのって。やっぱり旅立ちの時怖くて。でもしがみついてた私に母は冷たく『早くいかないとみんなにおいていかれるよ』って。私は泣きながら、大空で誓ったの。私の子供に、私と同じような子がいたら、絶対かばってあげようって。でも結局、あなたには何もしてあげられなかったね。ごめんね。今度はあなたの番よ。大丈夫。さぁ、翼を広げて、大空に飛び立つの。そして新しい土地で、傷ついた花弁の心をいやしてあげるのよ」
花弁はうなずき、涙をふいた。おそるおそる翼を広げると、こわごわと大空へと飛び立った。ゆっくり、ゆっくりと ――
―― ありがとう、母さん。私はきっと、母さんの代わりに、傷ついた花弁の心をいやす花になります。 必ず ―――
花弁は風に乗り、都会の街並みを抜け、大空をどんどん旅していく。野を越え、山を越え、街を越え ――
ふと風は止み、わた毛はぽとりと落ちた。広い野原の真ん中に。
翌年の春、あのわた毛は発芽し、立派な花を咲かせた。どの花よりも、キレイで立派な花を。
まるで、みにくいアヒルの子が美しい白鳥となったかのように ―――
2
長い冬が終わり、また春が訪れた。あの一枚の花弁も、立派な花を咲かせている。そして今は、わた毛学校の先生をしているのだ。別れ際、母に誓ったあの約束を果たすために。
今日は入学式。生徒との顔合わせの日だ。ここで、自分の学ぶことをみんなに教えて、立派なわた毛にしていくのだ。
「みなさん、わた毛学校へようこそ。ここでほんの短い間ですが、私たちたんぽぽについて勉強していきます」
まわりを見回しながらのあいさつ。そして花の瞳はとらえた―――一枚の花弁を。この花の脳裏によみがえる記憶。この花の過去を漂わせるべく一枚の花弁。なんということだろう。神様のいたずらとしか言いようがない。
「さて、教科書の4ページを開いて。じゃあ、先生が読むからよく聞いて居て下さい。私たち花弁の体の大部分は、一枚の花弁。黄色で、頭部には4つの切れこみがあります。形は舌状です。下の方には子房があり、この中には、将来種子になる胚珠が入っています。その上には、わた毛となる冠毛が生えています。これは白く、たいへん細いものです。これは、他の花のがくにあたるものです」
読み終わるとすぐに、あの花弁の方を見た。やはりうつむいている。瞳には、今にも雫になりそうな露。
「今日はこれで授業は終わります。午後は仲良く遊びましょう」
喜びながら散る花弁たち。でもあの花弁は寂しげにうつむいている。他の花弁が、この花弁に気づいたようだ。
「ねぇ、みんな見てみて。こいつ、咲いたばかりなのに、こんなに色あせてる。切れこみヘンだし。おかしいよねー」
「ホントホント。何こいつ。お前ホントにたんぽぽの花弁なの?」
花の瞳に、この哀れな花弁と、幼い自分が重なる。もう、いてもたってもいられない。
「君たちは何をしているの? 寄ってたかって」
「だって先生、この花弁、オレたちと違うんだもん」
「たとえ外見が違っても、みんなと同じ一枚の花弁よ。この花弁だって、たんぽぽの花弁なのよ」
花弁たちはうつむいた。花には怒りの表情さえある。許せなかったのだ。
数日間は、この花弁に対するからかいはなかった。花が瞳を光らせてみていたからだ。でも、花弁はいつもうつむいていた。悲しみの表情で毎日を過ごしていた。
雨が降った。花はきつく閉じる。あの花弁は、やっぱり他の花弁にからかわれていた。花の監視の瞳がないからだ。
「おい、お前。こっちくんなよ。ジャマ」
「こっちに押すなよ。狭いのに。あっち行けよ」
押されて押されて、振り回されて。大粒の雫が瞳から降っている。でも、みんなはからないをやめない。
花は少し息を吸った。雨が止んだのだ。花が開くと花弁たちは散り、午後からの授業の用意をした。花が全部開いたのを確認すると、授業が始まった。
「・・・花は雨の日や夜は閉じ、晴れた日は日光に当たるために開きます。今日は午前中雨が降ったので、みんな雨の日がどんなものかよくわかったと思うけど・・・」
花は話しながら、あの花弁を見た。押されてボロボロになり、瞳からあふれている雫。思わず、その花弁のところへ行った。
「どうしたの?誰がこの花弁にこんなことしたの?」
「先生、今日雨降ってた時に、おしくらまんじゅうしてたんです、寒かったから」
他の花弁たちはごまかす。
「じゃあ、なんであなたたちは花弁がキレイで、この子だけボロボロなの?」
花弁たちはうつむいた。花は、花弁たちをきっとにらむ。花弁たちは逃げていった。
「もしまたこういうことがあったらすぐに言ってね」
花は花弁にやさしく言った。
「気休め言わないでよ。先生に何がわかるっていうの?この辛い気持ち、わかりもしないで」
花は驚いた。そんなふうに思われていたなんて―――
「わかるわよ、先生は」
花はそう言うと、その場を去った。はっきり言ってショックだった。自分と同じ思いをさせたくなくて、頑張ってきたつもりだったのに。
移りやすい春の天気のせいで、なかなか晴れず、休校が続いていた。その間花弁たちは成長し、花は、花弁のことが気になって仕方なかった。そして、やっと晴れた。
「みんな久しぶりね。今日は授業はやめて、先生のお話にします」
花の瞳はさりげなく、でもはっきり、あの花弁の方を見ていた。
「先生は今、こうして花として咲いているけど、1年前は、みんなと同じ花弁だった。同じと言っても、花弁ということ以外はすべて違った。外見は色あせているし、切りこみは3つ。まわりを見ても、誰一枚として、私のような花弁はいなかった。
私の通っていた学校の先生はやたらと、同じってコトバを使ってた。そんな時いつも、同じじゃないって思ってた。よく兄弟やまわりにからかわれた。そんな時、いつも思ってた。外見が違っても、1枚の花弁なのに、なんで私だけこんな思いをしなくてはいけないんだろうって。旅立つ時、すごく怖くて、母にずっとしがみついてた。そしたらね、私の母は言ったの。『母さんも同じ思いをした。だから、もし自分の子に自分と同じような子がいたら、その子のことをかばってあげたいって思ってたって。でも母さんは何もできなかった。だから、次はあなたの番よ』って。だから私は先生になって、そんな花弁の気持ちをみんなにわかってもらいたかったの」
花弁たちは驚いた。中でも一番驚いたのが、あの色あせた花弁だった。
「だから、もしみんなの中にそんな花弁がいても、その子だって一枚の花弁なのよ。たとえ外見が違っても、一枚の花弁なのよ。自分と違うからって、その子の心に傷をつけてはいけないのよ」
口調を強めて、花は語った。花弁たちはうつむいら。
「今日はこれで終わります」
花が去ろうとした瞬間、後ろから一枚の花弁が飛んできた。息を切らしながら。
「先生っ。ごめんなさい。あんなこと言って」
あの、色あせた花弁だった。
「先生、本当は私の気持ち誰よりもわかってくれていたのに、気休めいわないでなんて言って、ごめんなさい」
「いいのよ。わかってくれたなら」
花は花弁をやさしくなでた。すると、その後ろから花弁たちが走ってきて、あの花弁を取り囲んだ。
「ごめんね。あんなひどいこと言って」
「ボロボロになるまで押したりしてごめん」
みんな口々にあやまった。花はその場から去っていった。自分の過去を話してよかったと思った。
花弁たちは、誰も摘みとられることなくすくすくと育った。授業も、いよいよ最後の日をむかえようとしていた。
「みんな、今日が最後の授業です。今から読む、たった5行が、今まで勉強してきた内容で一番大切なところです。わた毛は、花弁が枯れて冠毛がのびると、茎も大きく伸びます。旅立ちへの最後の準備です。そして、花の茎がのびて、天気のよい、風のきもちいい日に、君たちは旅立つのです」
教科書を閉じると花は、花弁たちの顔を見回した。
「みんなは、どんなところへ飛んでいくのだろう。先生がここの来る前にいたのは、都会の公園の片隅だった。この中から、私のいた所へ行く子もいるかもしれないね。新しい土地では何が待っているかわからない。でも、一つだけ忘れないでね。もし、外見の違う花弁がいても、その子も、一枚の花弁だっていうことをね。では、これで終わりにしましょうね。またいつか逢えるといいわね」
わた毛学校は閉校し、花弁たちはわた毛となり、旅立ちの日を待つこととなった。その間は、新しい土地のことを考えてははしゃぐわた毛たちだった。
ちゃんと咲けるかなと心配になったり、この花のような先生になるだとか、一枚一枚がいろんな思いを抱いていた。
そして、やってきた日 ―― 旅立ち。風がソワソワしている。わた毛たちはおもいっきり背伸びをして、翼を、冠毛という翼を開き、大空へゆっくりと一歩踏み出した。花も、自分の子供たちを送り出す。
あの花弁も風に乗り、大空にいる。そして花の方へ近づいてきた。
「先生、ありがとう」
そっと言うと、風に乗って飛んでいった。みんな思い思いの方向へ。この広い野原を抜け、山を越えていく。地に落ち、また風に乗りと、何度も引っ越しをくり返し、やっとのことで新しい土地に落ち着いた。
1年後の春、新しい土地で花弁たちは花となり、先生となり、花弁たちにこう教えているだろう。
外見がたとえ違っているのがいても、みな一枚の花弁だということを ――
(おしまい)
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