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映画『浮き雲』 フィンランドの昭和枯れすすき(ネタバレ感想文)
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大好きカウリスマキの長編映画で2003年以来の再鑑賞。おそらく唯一映画館では観ていなかった作品。大きなスクリーンで観られたことに感謝。
いきなりネタバレでラストシーンを語りますけど、主人公たちが空を見上げます。
おそらく唯一、主人公達が顔を上げるシーン。
おそらく唯一、カメラが上から見下ろすシーン。
おそらく、主人公らの視線の先には、雲が浮かんでいるのでしょう。
(普通なら見上げた先の空を映すけど、カウリスマキはそういうことをしない)
久しぶりに観て、このラストショットで泣いちゃったんですよね。
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しかもね、カウリスマキ作品常連のマッティ・ペロンパーに捧げてるんですよ。この映画の前年に心臓発作で44歳で亡くなってるんです。
もしかするとマッティ・ペロンパーで企画されていたのかもしれないな。
それも含めて泣く。
カウリスマキは小津安二郎を信奉していて、私はカウリスマキ映画を「小津の進化系」と呼んでいます。
なので、やはりカウリスマキ常連の本作主演女優カティ・オウティネンは「フィンランドの原節子」と呼んでいます。
マッティ・ペロンパーが長生きしてれば「フィンランドの笠智衆」と呼んだのにな。
しまった!同じことを『パラダイスの夕暮れ』(86年)でも書いてた。
こういう作風なので見落とされがちですが、カウリスマキって意外と社会派だと思うのです。
実際、私も見落としていました。
「難民三部作」の1作目『ル・アーヴルの靴みがき』(2011年)で、「難民とか社会情勢を扱うんだ」と思いまして、
『希望のかなた』(17年)では、カウリスマキ史上最大の熱弁をふるわれて「まるでケン・ローチかと思った(<そんなわけないけど)」と、ビビッてたじろいだわけです。
カウリスマキが変わったのか、カウリスマキが憂うほどフィンランドの社会情勢がヤバいのか、いずれにせよ近年急にカウリスマキが社会情勢を取り上げるようになった印象があったんですが……
違った。
既に本作でも、テレビニュースで世界の不穏な状況が流れていました。
カウリスマキの映画って、別世界というか、ある種の「宇宙」あるいは「異世界」みたいに見えるんですけど、実は現実世界と地続きであることは放棄していない。
その「現実」世界と地続きの場所を舞台に(それ故市井の人々が主人公になる)「ささやかな希望」が描かれる。
決して、能天気な大ハッピーエンドではない。
現実世界のささやかなハッピーエンド。
でも、まあ、社会派というのも違うな。人間ドラマでもないし。
でも、コメディーだけってわけでもない。
なんだろう?得体の知れないジャンル(笑)
原題は「Kauas pilvet karkaavat」というフィンランド語で、直訳すると「遠くに雲が逃げる」という意味だそうです。
だとすると、ラストシーンは雲一つない青空なのかもしれませんね。
(2024.12.08 北千住シネマ ブルースタジオにて再鑑賞 ★★★★★)