【紫陽花と太陽・上】第五話 報告会@遼介宅 中学二年生/六月
以下、本文
(ピンポーン……)
「あれ、誰だろう」
「はい」
「よぅ」
「あれ、剛だ。どうしたの急に」
「まぁ急だよな。お前んち、電話機壊れてんじゃねぇの? 全然通じないんだけど」
「うっそ、ちょっと今見るよ」
「勝手にあがるぞー」
「……」
「どうだった?」
「受話器が外れてた」
「あー、それでか。一応来る前に電話しようとしたんだけどな」
「そうなんだ。いいよ、勝手に来て。いなかったら帰ればいいじゃん」
「まぁな」
「そうだよ、家と家、徒歩二分なんだし」
「これ、親から遼介にって」
「何? 僕に?」
「正確には、遼介のおうちに、って言ってた」
「何だろう? お菓子かな?」
「そうだと思う。……ほら、今月お袋さんの命日だろ? それでだと思う」
「毎年いつも何だかありがとうね」
「菓子だったか?」
「うん、高そうなやつだった。食べられないと思うけど……」
「なんで」
「椿に取られるんだよね。美味しいやつは特に。うまい棒の辛いやつは押し付けるくせに」
「取り返せよ。弱い兄だな」
「泣かれるよりはいいかなって思っちゃうんだよね。そしたらだんだん調子に乗ってきた」
「そうだろうな。いつもくれると思うだろうな」
「僕が悪いのかな」
「さぁな。……じゃあ、今食えば? こっそりと」
「……開けてみる。……わぁー、やっぱり高そう」
「デパートの地下とかで買いそうなやつだな。和菓子っぽいな」
「開いた。……えっ、すごい、何これ⁉」
「んん? ……おぉ、すげぇな」
「きれいだねー。何ていうお菓子だろう、すごいきれい」
「ゼリーっぽいな」
「一個、二個、……五個もある!」
「よく見ろよ、六個だぞ」
「あ、ホントだ」
「今食っても、まだ全員分あるじゃねぇか」
「父さんは単身赴任でいないし、帰ってくるのはまだ先だからね。今、剛と一緒に食べちゃう」
「俺も? いいのかよ」
「いいって、いいって。今、お茶を淹れてくるね」
「おぅ」
「はい、小皿とスプーン」
「あぁ。乗せればいいのか?」
「せっかくだからね。大事に食べたい」
「はい、お茶」
「さんきゅ」
「うへへへへへ、どんな味だろう。楽しみ」
「笑い方気持ち悪ぃよ」
「ぷるぷるしてるね。それに、色がキレイだね」
「そうだな。……うめぇ」
「もう食べたの? ……あ、ホントだ。美味しい」
「ブドウっぽい味だな」
「そうだね」
「……」
「……」
「……この色、どっかで見たなぁ」
「ん? 紫陽花だろ? 菓子名に『紫陽花』って書いてあるぞ」
「あー、だからゼリーの中に紫やピンクの色が見えるのか」
「うまい」
「あ! 分かった! この色、この前あずささんが着てた服の感じにそっくりだ!」
「急にどうした。……この前って?」
「うーんと、剛の試合見に行った日かな。外で会うの、それ以外ないし」
「おー、確かにな」
「大人っぽい服だなぁって、びっくりしたよ」
「そうなのか」
「うん」
「よく一緒に来たよな」
「あずささん? そうだね、誘ってみたらいいよって言ってくれた」
「でも体調悪くなっちまったんだろ?」
「そうなんだよね……」
「悲しそうな顔すんなよ。雨だったし、人混みのせいもあるんだろ」
「あまりお出かけしないって言ってた」
「まー、私生活、謎だよな」
「うん……」
「最近、よく一緒に飯食ってねぇか? あずさと」
「そうだよ」
「教室にはいねぇけど、どこで食ってんだ?」
「中庭だよ。茶室の裏に座れるところがあってさ、いつもそこで食べてる」
「はぁ、すげぇ場所で食ってんな」
「毎日一緒に食べてるよ。あずささんもね、お弁当、いっつも自分で作ってるって言ってたよ」
「へぇ」
「話してみると、いつの間にかすぐ時間が経っててさ。楽しいよ、いつも」
「あの女と何を話すのか、皆目見当もつかねぇな」
「何を……? うーん、今日は『出汁の取り方』を教えてもらったよ」
「あぁ、料理か。弁当作るくらいだから、遼介と話、合いそうだな」
「うん。あずささん、すごくいろいろ知ってる。朝、ささっと作るための下ごしらえのこととか、いつも食べるごはんのこととか。難しいメニューは作らないけど基本の料理をすごく丁寧に作ってるなぁって、話をしながらいつも思ってるよ」
「そんなに話すのか」
「僕がいろいろ聞いてるのがほとんどだけど、全部丁寧に教えてくれるよ」
「クラスのやつと、話、しなくなったよな。遼介」
「えー……。だって、何の話か分からないんだもん」
「そうか?」
「うん……カラオケの曲の話もテレビの話も、よく分からない。うちじゃテレビは椿か姉さんたちばっか見てるし……」
「プリンセスがどうの、って言ってたな」
「そうそう、フリフリのスカート履いた三色くらいの女の子が敵をやっつけるやつね。もー毎年内容が変わるから、名前覚えられなくて。椿に怒られるんだよ」
「学校のやつとそんな話はしないよな」
「プリンセスのこともよく分かってないしね。というか、母さんの代わりに家のことを始めてから、クラスの人との距離をすごい感じるようになったよ」
「……」
「昔はさぁ、みんなでワーって鬼ごっことかドッジボールとかして遊んだけど。今はね……。みんな部活もしてるし、それ以外は何してるんだろうね」
「そうだなぁ、テレビとか」
「とか」
「ゲームとか」
「とか」
「まだ言うのか。漫画読んだりアニメ観たり、音楽聞いたり、本読んだり?」
「そっかぁ」
「あ、本な」
「ん?」
「これ。お前、前に絵本を探してるとか言ってなかったっけ」
「言ってたよ。学校の図書室を見てみたりもしたよ」
「絵本、親の知り合いから譲ってもらったらしくて、何冊か持ってきた」
「本当⁉ ありがとう!」
「……はい、これな」
「何なに? ……ノンタンのたんじょうび、あ、聞いたことある。こんとあき。かくれんぼ。ぐりとぐら。北風と太陽」
「最後のは、ちょっと年齢高めかもって言ってた」
「北風と太陽……? あとで読んでみようかな。漢字ないよね?」
「お前が読むのかよ……。ふりがなくらい振ってんじゃね? 絵本なんだし」
「漢字は、極力見たくない」
「今からそんなんでこれから先どうすんだよ……」
「勉強、ヤダ……。あずささんと一緒に宿題をやって、どうにかなってるくらいだし……」
「勉強も一緒にやってんのかよ」
「うん。あまりに僕が宿題を忘れるから、心配された」
「分かる。心配になるよな」
「どうして忘れるのか、解決方法がないか、考えてくれた」
「真面目だな」
「あずささんは真面目だよ。それで、学校で終わらせちゃえばいいねってなった」
「確かにな。家に帰ったら忙しいもんな」
「忙しいし、疲れて寝ちゃうし、宿題があったことも忘れちゃうしね」
「牛乳臭くならなくて済むな」
「前に話したっけ。……記憶力いいね!」
「からかってんだよ。まぁ、最近宿題やれてたのは、そういうことだったんだな」
「うん!」
「……」
「どうしたの?」
「……いや、あずさのイメージ、だいぶ変わったからさ」
「イメージ?」
「前は、ちょっと、近寄りがたい雰囲気がすげぇあって、距離置いてた」
「そうかな。でもわりと話すようになったのは最近だね」
「遼介ばっかり話しかけてたよな、始め」
「そうだね。全然笑わないから緊張してるのかと思って、話しかけてた」
「……あぁ。どうした、急に吹き出して」
「え? いや、試合の日にさ。あずささんが剣道にすごく詳しくて。それが、事前にルールガイドを熟読してきたんだって」
「はぁ?」
「もう何年も剛の試合、見に行ってる僕はルールなんて全然よく分かってないのにさ。あずささん、真面目で勉強家で、ホントすごいなぁって思ったよ」
「お前、まだよく知らねぇのかよ」
「面! は分かるよ。あ、一本取った! 勝った! って分かる」
「お、おぅ……」
「でもお互いが棒を持ってさ、しばらく動かない時とかは、何してんだろうなって思う」
「棒って。竹刀だよ。あと、相手がどう出てくるのかを見極めてんだよ」
「ぼーっとしてるんじゃないんだ」
「するわけねぇだろ。試合中に」
「棒持って、ぼーっと。あははは」
「自分で言ってウケるなよ」
「そうかぁ、見極めてんだ。剛もいろいろ考えてるんだねぇ」
「少なくとも、お前よりは格段に考えてるな」
「あははははははは」
「おーい、爆笑するところか? 今」
「はははは」
「大丈夫か?」
「……ヒィヒィ、あぁ笑った。やっぱ剛と話すると、楽しい」
「そうかよ」
「相変わらず口が悪いのが気になるけど。もう慣れたし」
「俺の口は変わらねぇな」
「だよね。あずささんは『五十嵐くんは口調が厳しいな』って言ってたよ」
「そのままの感想だな」
「嫌い? って聞いたら、『そうではない』って言ってたから、大丈夫!」
「そうかよ」
「五十嵐くんって言ってたからさ、剛でいいよって言っといた。たぶん呼び捨てしてくれるよ。真面目だから」
「はいはい」
「あはは、返事が不真面目だ」
「今日は? 椿はどこか行ってるのか?」
「和室で寝てるよ。保育園でお昼に寝なかったんだって」
「げ、この菓子の証拠隠滅しとかねぇと、ヤバいじゃん」
「そうか。いいなーいいなーになるよね」
「うまかった。ごちそうさま。お茶も……んっ、と飲んだし。帰るわ」
「わかった。……はー、晩ごはんの準備かあぁ……」
「ダルそうだな。そりゃそうだよな。悪い、邪魔したな」
「んー? 全然だよ。椿が寝てなければ買い物に行きたかったんだけどね。寝ちゃったし、一人で置いておくわけにも行かないから、諦めてたんだ」
「家にいてくれて、俺は助かったけどな」
「久しぶりの一人の時間だったんだけど、テレビも漫画も興味がないから本でも読もうと思って。でも結局ぼーっとしてた」
「読んではいないんだな」
「うん……。ま、でもおかげで剛とおやつタイムできたから、いっかな」
「普段なかなか話せないからな」
「部活あるから仕方ないよ。試合は終わったけど、また練習頑張ってね」
「まぁな。もうすぐ試験も始まるから、しばらく活動休止になるけどな」
「……試験」
「ふっ……泣きそうだな。あずさと宿題してんだろ? 少しは効果あるんじゃね?」
「勉強が身に付いたという実感をさっぱり感じない」
「実感を感じない……日本語として、どーよ」
「間違ってる?」
「たぶん。てかどうでもいい、食事の支度があるんだろ。俺もう行くわ」
「はぁい。お菓子、ごちそうさま」
「試合、見に来てくれてさんきゅーな」
「うん」
「……何か、俺や親でできることあったら、言ってくれよ」
「うん」
「じゃ、また明日」
「明日は、土曜日でお休み! 来週だね」
「そうか。じゃな」
「おやすみー」
「おぅ」
(つづく)
(第一話はこちらから)
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