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連載小説「心の雛・続」 第五話 作戦会議

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「皆の者。よくぞ集まってくれましたな!」

 わたしは真っ平らな胸を反らし、威厳を精いっぱい出しながら一同を見渡した。

 裏庭の一角。ここにはありとあらゆるハーブや四季折々の植物が植えられていて、その植物を支えている微生物や虫たちものびのびとホームを築いているような、夢の国。奥野心おくのこころ先生が丹精込めてお世話をしている、夢の国。
 いつだっけ、ここに、丸太を薄く輪切りにしたような木のテーブルを先生は設置した。
 わたしはそこに仁王立ちし、右手をぴょっと天へと向けていた。

 一同がダルそうに頷いた。

 目の前には全部で三人。
 全員背中にはチョウチョのような羽が生えている。

 たぶんオス。わたしと同じ栗色の髪をした彼は「グリン」。
「いつも突然呼びつけるけど、何? もしかして、説教?」
 鼻の上にそばかすがあってチャーミングなんだけど、それを言ったらすごく嫌がられた。

「今日、ミント、初めて飲んだ。不思議な香り。わたし、好き」
 ふんわりと微笑んで肩を揺らしたのは「スーマ」。わたしと同じくらい長い髪は赤毛をしていて、薄紅色の羽の先端がちょっと千切れている。

 オスだと豪語しているのでおそらくオス。スーマの双子の兄「ラーフ」、スーマと一緒の赤毛で長い髪を後ろでひとつに結んでいる。ひょろっとしていてすぐ笑う。

「スーマは珍しくミントをおかわりしたもんな。よっぽど好きになったんだぜ、きっと。んで? 今日の要件は何だよ、ひな。おっさんは俺たちが毎日花を拝借してるのに、気が付いちゃったってことか?」
 赤毛のラーフが言った。

「お、お、おっさん〜〜〜⁉」

 わたしは髪が逆立つのを感じた。
「ラーフ! 今、おっさんって言った? 心先生のことを、おっさんって言ったぁ⁉」
「言ったよ」
「失礼ね!」
「人間の、子どもじゃない男って、おっさんだろ」
「失・礼‼」

 あははと大口を開けて笑うラーフにわたしは飛びかかる。ひょいひょいと軽やかに羽のあるラーフはわたしの手からすり抜けて空に舞う。あぁ〜! 悔しい〜!

 グリンが言った。
「雛、それで、集まってくれっていうのは何? あの医者は確かに俺たちの食糧をこうして育ててくれてるけどさ、俺らは見つかりたくはないんだよね」
「う、うん……ごめん、急に呼び出したりして」

 グリンは目つきがちょっと怖い。わたしは首をすくめながら今日のお願いを三人に言うことにした。

「実は、心先生がずっと元気がないんだ。だから、元気になってもらう作戦をね、みんなで考えたいなぁって思ったの」

 そばかす栗毛のグリン、微笑むスーマ、空から戻って丸太に座ったラーフが「へぇ」と相槌をうった。

 彼ら三人は妖精の中の「生き残り」だ。人間の狩りからどうにか逃げ、森の奥の奥までやってきて、わたしも知らない集落を作って、今そこに住んでいるらしかった。妖精の主食は花の蜜。先生はわたしのためにいろんなハーブや草花を裏庭に増やしてくれた。

「あの医者、毎朝水やりか花を摘みにここに来てるけど? いつも微笑んで花摘んで、自力で帰ったりしてるけど?」

 グリンが淡々と先生の状況を説明した。この裏庭を最初に発見したのはおそらくグリンだ。人間を見つけてとてつもない憎しみを持ったとか。

「体は元気でも、心は元気じゃないときがあるの。急に吐いたり顔が真っ青になる時もあるんだから……」

 わたしは言いながらグリンを見た。何度も先生を見つけては石や枝を投げたこともあったと言っていた。親の仇、仲間の無念を晴らしたい、そういうあらゆる憎悪で目の前の先生に思いの丈をぶつけたそうだ。

「わたし……、ミントやいろんな花の、お礼、したいな……」

 スーマがふわりと微笑んでわたしの服を引っ張った。口数の少ないスーマは一時期笑うことができなかった。美味しい花の蜜と集落で仲間と一緒にいるうちに、少しずつこうして微笑むことができるようになった。

「ありがと! スーマ! どうやってお礼をしようか考えたいの!」
 元気よくわたしが言うと、スーマは嬉しそうにした。

 赤毛でひょろいラーフが続きを促す。
「それにしてもさ、雛のその服、何なの? この超日常にそんなフリル、必要なくね?」
「えっ」
「俺たちなんて生きるのに必死だぞ。服はそのへんのボロキレで十分。フリル着るやつは都会っ子だな」

 わたしは思わずスカートの裾(レースのフリルが付いている)を引っ張った。可愛い服が憧れで、そういう服を先生からいただいたのがとっても嬉しくて、でも普段は着る予定も特にないし……と、みんなと会う今日着ることにしただけだ。

「かわいい、それ、わたし、好き……」
「ううっ……! スーマぁー! 好きって言ってくれて嬉しいー」

 心がぺしゃんこになりかけたわたしに、スーマが共感してくれた。嬉しいことこの上ない。服に興味のないラーフは、やれやれと肩をすくめていた。

「花の蜜の礼ならさ、前にしただろ? 集落のみんなで涙を出し合ってさ、大きなハスの葉に積み上げて裏庭に置いておいただろ。それじゃ不服だっていうのかよ?」

 ラーフが腕を組みながら言った。続けてグリンが補足した。

「あの医者は俺たちの涙に気付いてくれてたよ。一粒も零さないようにそーっと葉っぱを動かしてた」
「あ、そうなんだ。さすがグリンだな。毎朝おっさんを監視してるだけはあるな」
「別に……。栄養価も高く種類も豊富な食事を入手できるのは、ここの裏庭が一番だからね」
「確かにな!」
「それで、ラーフ。聞いてくれ。あの医者は本当によく分からないんだ。俺たちが贈った涙の粒を、彼はどうしたと思う?」
「え? ……さ、さぁ?」

 グリンとラーフの話は続いている。わたしは何となく先生が大量の涙を見つけたとして、次にとる行動を予想することができた。

「あの医者、草花に向かって盛大にバラ撒いたんだぜ!!!」

 や、やっぱりーーーーー!!!!!


「なぁにぃーーー⁉」

 ラーフのその反応も予想通り。いえね、普通の人間なら涙は喉から手が出るほどほしいんだよね。自分が使わなくても誰かに売ったりとかさ、できるから。そうなんだけど先生はちょっと別次元の人間なの。いらないからバラ撒いたんじゃなくて、お花たちの栄養のためにって撒いてるだけなのよ。

「ふふふ、先生、変な人……」

 スーマ、変人扱いしないで〜!

「ちょ、ちょっと待って! 心先生はありがたく頂戴して、もっと良く育ちますようにって撒いているだけなのよ! 誤解しないでほしいんだけど……」
「ふーん? 集めるだけ集めて、誰かに高値で売りつけるとかしないわけ?」
「しないしない」

 こればっかりは自信を持って言える。先生はお金とか、地位とか、名誉とかもいらない。わたしたちの特別な涙だって、良い肥料ですねって思ってるよゼッタイ。
 なんなら五七五七七の短歌も作って撒いてるよ。
♪ようせいの  なみだは はなに  よい ひりょう
 こうしてまいて  げんきにそだてよ(字余り)
 とかね!

「じゃあ……何をしたら元気になるんだろう……?」

 スーマがぽつりと呟いた。グリンの知っている先生の日常、わたしの先生の印象などをアレコレ話して、みんなで知恵を出し合った。
 言いながらわたしは嬉しい気持ちになる。この三人は、なんだかんだ言っても先生に対して『食糧(花の蜜)を作ってくれるありがたい人』だと評価してくれている。人間のそばにいるわたしを、妖精の風上にも置けない裏切り者と思わないでいてくれる。

 そういうちょっとしたことが、今のわたしにはとても嬉しかった。


 丸太テーブルに座ってわたしたちは作戦会議をし続けた。お天道様はゆっくりと移動して、四つの影を長く細いものに変えていった。
 なかなか思いつかないものだな。
 わたしはふぅとため息をついた。

「お前、儚い少女を装ってんの?」
「えぇっ?」

 薄いミントグリーンを基調としたゆるふわっとした可愛い服を着たわたしを見て、ラーフがケケっと笑って言った。

「その服着て、おもむろにため息とかついてさ、雛、人間に近くなりすぎじゃね?」
「そんなこと……!」
「これだけ考えても案とか出てこねぇし。おっさんの好み、知らねぇし。雛はさ、そりゃ大事なんだろ? おっさんのことがさ。恩人だしさ。でも俺たちは別にって感じなんだよ。所詮『人間』で、身内の『仇』だ。だからそこまで相手のことを考えることってできねぇよ」

 ぷくっと頬を膨らませ、わたしは抗議した。……抗議しようとして、一瞬立ち止まる。

「分かったわ。確かに『人間』は『仇』だね」

 否定しなかったわたしを見て、グリンもラーフも不思議そうな顔をした。

「やっぱりわたしがもっと考える。自分がしたいことだもの、最後まで諦めないで心先生が元気になることを、わたしなりに考え抜いてみるよ。
 ひとつ、覚えておいてほしいことはあるの。この裏庭の花たち、食糧を快く提供するということがどういうことかを」

 人間の近くにいすぎたからそう感じるのか、それとも先生の近くにいたからなのか。
 別にみんなの考え方を変えたいわけじゃない。自分の意見を押し通したいわけでもない。
 わたしも先生も、ただ目の前の人に向けて『違う考え方もあるよ』と伝えたいだけなのだ。どうするのかは相手次第。決断するのは相手次第。

「お腹が満たされれば、きっと少しは前を向けると思う。
 心が整えば、身体も整うの。
 そこに、対価とか必要ない。
 できる範囲でできることをまっすぐやる人も、この世界にはいるんだよ」

 素敵……とスーマが両手をパチンと叩いた。
 たくさん花の蜜をいただいてスーマも笑えるようになったじゃない?
 実は先生の嬉しいことって、スーマの笑顔を見せることかもしれないよ。

 先生が辛い顔をなさるのは、わたしたち妖精の仇である人間を助けようとしているからに他ならない。罪と人を分けている。先生は決して、R様のしたことを認めてはいない。

 グリンがそばかすの浮いた鼻を指でこすって言った。
「あの医者……そこまで考えてる奴か?」

 ラーフも言った。
「人間って、何考えてるのかちっとも分からねぇ」

 スーマを見れば、キョトンと困った顔をして首を傾げた。わたしは思わずこう答える。

「わたしたちもね、何を考えているのかけっこう分からないものよ」



(つづく)


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