pedi_itto

みんな元気。

pedi_itto

みんな元気。

マガジン

最近の記事

詩を読むということ

 最近短歌がブームになっているらしい。Twitterを初めとしたSNSと短詩型文学である短歌の相性が良かったことや、同じ短詩型文学でも俳句は季語を使用しなければならないのに対し、短歌が比較的自由に創作できることなどが要因だとか。  翻って「詩」はどうだろうか。「現代詩ブーム」などという言葉は(少なくとも最近)聞いたことがない。小説を読むのが好きですという人はよく聞くが、詩を読むのが好きですという人はあまり聞いたことがない。  でも詩もいいんですよ、これがなかなか。  とい

    • 中之条ビエンナーレに行ってきた

      中之条ビエンナーレに行ってきた。 中之条ビエンナーレは、群馬県は中之条町で2年ごとに開催されている国際芸術祭である。今年が第8回目で(第1回は2007年)、国内の国際芸術祭の中では比較的古参?かもしれない。 なお私が住んでいる埼玉県にも「さいたまトリエンナーレ」と呼ばれる国際芸術祭があり、第1回が2016年に開催されたのだがいまいち盛り上がらず、トリエンナーレという名称をいきなり反故にし(トリエンナーレは「3年に一度開かれる国際美術展覧会のこと」を指す)第2回目は2020

      • お金の使い方

        最近考えていることが「お金の使い方」である。 お金の使い方と言っても、サブスクを活用してすさみ切った日々の生活に潤いを与えようとか、お菓子はなるべく買わないようにしてダイエットをしようとか、そう言うのでは無い。 そう言うのでは無く、「このお金を使うことによって、自分は何に影響を与え、その結果何が起こるのか」ということを考えるように心がけているのだ。 例えばスーパーに行き、牛肉を買うとする。スーパーには大抵、国産や豪州産、米国産などの産地の異なる、そしてもちろん部位の異な

        • あのころ

          前の投稿からかなり時間が空いてしまった。 そもそも特に書くことも書きたいことも無いのだから、投稿が続かないのもむべなるかな。 中学生から大学生の頃、ブログを書いていた時期があった。7年くらい続いていたと思う。週に3、4本のペースで記事を書いていたあの頃、そんなに搔き立てていたものは一体何だったんだろう。 と書いているうちに、少し思い出してきた気がする。そうあの頃、さくらももこのエッセイにはまっていたのだ。言わずと知れた『ちびまる子ちゃん』の作者であるさくらももこだが、エ

        マガジン

        • 保存用
          1本

        記事

          肩こり・胃もたれ・疲れ目

           タイトルに挙げた単語は、ごく一般的に使われる身体の軽い不調を示した言葉たちである。 「最近肩こりがひどくて……」「脂っこいものを食べて胃もたれになっちゃって……」「疲れ目の原因はスマホばかり見ているからじゃないの?」  例文も挙げてみた。日本中至るところで聞かれる文章だ。  ただ昔からこの言葉たちに違和感があった。違和感があるので、まず自分からはこの言葉を使わないし、人との会話の中で出て来ても、曖昧にうなずいてごまかしたり、とにかくその場をやり過ごしてきた。  なぜ

          肩こり・胃もたれ・疲れ目

          31歳になった

           半年ほど前、31歳になった。30歳になった時は、得も言われぬ感慨があったが、31歳の誕生日は特になんの感慨も無かった。  ただ誕生日から約半年が過ぎ、最近思うことがある。それは「自分の物心が付いた当時の、親の年齢に近づいてきたな」ということである。  男性の寿命も80歳を超え、健康寿命も70歳を超える時代、その長い人生から見れば31歳なんてもちろんまだまだ道半ばだ。しかし幼少期に見ていた親の年齢の近づいてきたという事実からは、そんな「人生の長さ」とは無関係にどうしてもど

          31歳になった

          宇宙から見たらどうでもいいし

           「宇宙から見たらどうでもいいし」といった類の言説がある。主に「大抵の悩みなんて、宇宙の大きさから考えれば、取るに足らないちっぽけなものだ(だからそんな事でくよくよするな)」といった文脈で使われる。  深く落ち込んでいるとき、ふとこの言葉を思い出すと「そうだ!俺の悩みなんてちっぽけなものなんだ!宇宙の広さ万歳!VIVA宇宙!」と、一瞬心が晴れた気になるが、それも束の間、自分のような根っからのペシミストになると、次の刹那には「いやいや、俺にとっては宇宙の広さなんて関係ないんだ

          宇宙から見たらどうでもいいし