宇宙から見たらどうでもいいし
「宇宙から見たらどうでもいいし」といった類の言説がある。主に「大抵の悩みなんて、宇宙の大きさから考えれば、取るに足らないちっぽけなものだ(だからそんな事でくよくよするな)」といった文脈で使われる。
深く落ち込んでいるとき、ふとこの言葉を思い出すと「そうだ!俺の悩みなんてちっぽけなものなんだ!宇宙の広さ万歳!VIVA宇宙!」と、一瞬心が晴れた気になるが、それも束の間、自分のような根っからのペシミストになると、次の刹那には「いやいや、俺にとっては宇宙の広さなんて関係ないんだよ!この目の前の悩みが、今、俺にとっての、唯一無二の、大問題なんだよ!死にたい!」と切り替えることが可能である。
さて話は少し変わって。先日久しぶりに乗った電車。車窓からふと外を覗いてみた。するとたくさんの一戸建て、マンションが所狭しと立ち並ぶ住宅街。
ふと思った。この一つ一つの家に少なくとも1人、多ければ4,5人の人が住んでいるとすると、この眼前に広がる光景の中で一体どれくらいの人が、寝起きし、働き、食べ、時にセックスし、時に喧嘩し、時にテレビを見たりし、時に掃除をしたりし、生活を営んでいるのだろうと。
100人?1000人?しかもである。その一人ひとりに「意識」があって、思い思いに行動し、思考し、感情を持っているのだ。なんて途方がない。
さらに妄想は広がる。東京の人口、一千万人。一千万人それぞれにやはり、意識がある。今この瞬間、全員がそれぞれ別のことを考えている。さらに日本には1億人、世界には70億人もの人が存在し、皆それぞれ唯一無二の意識を持っている。
「宇宙から見たらどうでもいい」
確かに宇宙の広さは果てしない。しかし果てしないが故に、想像が及ばない。現実感がない。
ただこの地球に70億人の人がいて、しかもそれぞれみんな意識を持って生きているというのは、想像がぎりぎり及ぶが故に、その途方のなさに慄然としてしまう。
何の話だっけ。