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花言葉は『適応力』。

大根農家の朝は早い。

さっと着替えて格納庫へ。コクピットに乗り込み人型重機を起動させる。脳波接続を開始すると、重機と自分の手足を同期させる調整が徐々に施されていく。フルダイブリンクにもすっかり慣れて、今では自分の体以上に動かせる。跳ぶのも走るのも思いのままだ。
「固定解除、開門。」
音声認識で機体のロックを外してゲートを開く。月面を数分進むと、眼前に大根畑が現れた。灰色のレゴリスに鮮やかな緑の葉。そして根元に覗く白い大根。美しい。
「よしよし、今日も元気そうね。」
屈み込んでマニュピレータで優しく撫でてやると、指先に柔らかい植物の感触が伝わってきてくすぐったい。農業は良いなぁ。そんなほのぼのとした農家の日常を警報とノイズ混じりの通信音声があっさり破壊する。
「大尉、レーダーに反応、数1つ。お客様です。」
「その大尉っていうのやめてよ、私はただの大根農家。」
機体を軋ませながらよっこいしょと立ち上がると、地上でのクセで重機が膝についた土を払うような動きをしてしまう。レーダーの示す方向を振り向くと、地球産のタコをクトゥルフ寄りに10倍くらい進化させたような、触手付きの赤みがかった宇宙生命体が飛翔してくるズーム映像が映し出された。

侵略の尖兵としての超小型宇宙生命体、多少グロテスクなタコにしか見えないそれを「タコをしばくにゃ大根が一番。」と、畑のド真ん中、収穫したての土つき大根で駆逐してしまったのが私の父親。つい20年ほど前の話だ。その先は冗談のような話が続く。大根に含まれる何かの成分がタコ型エイリアンに効果はばつぐんだとか、死骸から採取された未知のタンパク質が大根に作用すると宇宙空間でも育つ夢の宇宙大根になるとか、宇宙大根に含まれる新元素ラファニウムが夢の新素材になるだとか、そんな感じであれよあれよと時代が進み、気が付くと日本の片田舎にある大根農家の跡取り娘は、高度農業アドバイザーという肩書と軍籍を与えられて月面に居た。なぜなのか、未だによく分かっていないけれど。

「大尉、接敵まであと200秒切りました!戦闘準備を!」
「はいはい。ただの重機なのにねぇ、君は。」
「何度言ったら分かるんですか、それは最新鋭の戦闘用ヒューマノイド!ってあれ、数4」
「切りまーす。」
警報と通信をすべて切って取り戻した静寂にやれやれと嘆息。
「害獣駆除といきますか。」
私は腰にマウントされていた装置を手に取り、足元に生える宇宙大根の芯の辺りを狙ってぐっと押し付ける。
「スパイク射出、固定!」
装置から打ち出された杭がさらに太い大根の中心に潜り、放出された薬液によって瞬時に癒着する。装置を持つ手に感じる重みと存在感が増す。
「接続よーし…」
まるで月面に突き刺さった伝説の剣。その柄にあたる装置をしっかりと両手で持ち直し、足に力を込める。
「収…穫ッ!」
父の教え通り、腰と腕だけに頼らず、全身のばねを使って勢いよく引き抜く。超小型ミサイルにも負けない10メートル級の、白く輝く立派な宇宙大根。これを今から振り回すわけだ。残り20秒。視界中央を凄い形相で突進してくる8本足の悪魔。叫び声を上げているようだけれど、宇宙だから聞こえない。真空で良かったと心から思いながら、収穫したての大根を構える。
「せいッ!」
剣道の要領で大上段から真っ直ぐに振り下ろす。メシャッという柔らかめの手ごたえ。よし、仕留めた。そう思った瞬間に攻撃を当てた1体の背後から、さらに3つの影が飛び出してくる。
「ちょ、4体!?聞いてないんだけど!?」
勢いで無線をつなぐ。負けじと
「無線切るからじゃないですか!」
と反撃が返ってくる。同時に背中に衝撃を受けて機体が揺れる。
「3体相手なんて無理無理無理!バーストモード発動申請ッ!」
「申請確認…承認されました!解除コード発行、行けます!」
「ッしゃぁぁぁぁ!行くよ、ラファニウスッ!!」
雄叫びとともに愛機の名を呼ぶと、全身が発熱し感覚が研ぎ澄まされる。
「私の大根が…火を、吹くぜッ!」
真横を通り過ぎようとする1体を勢いそのまま、反射的に振り抜いた大根で叩き潰すと、残り2体が死骸を巻き込みながら絡み合い始める。
「ちょ、融合!?」
発光とともに合体した巨大宇宙生物はもはやタコにすら見えない。
「それならこっちも奥の手よ!ダインスレイヴ、抜刀!」
音声認識で大根に薬液が追加注入される。宇宙大根に含まれるラファニウムが活性化し、強度と毒性を急激に増加させていく。それに伴い大根が純白から漆黒を経て紅く染まっていく。それはまるで血濡れた鉄杭。
「来いやぁぁぁぁぁ!」
踏み込み強く、向かってくる巨体に放つは渾身の突き。刺さると同時にトリガーを引くと怪獣の体内で大根が弾ける。響く断末魔が機体を震わせ、やがてそれも収まった。遠くから聞こえる安否確認の無線に「切りまーす。」と一声かけて、私は全身の力を抜いた。

やれやれ、大根農家も楽じゃない。

~FIN~

花言葉は『適応力』。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:ペス様
『大根が火を吹くぜ』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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