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パワハラ死した僕が教師に転生したら 17.転職する社会

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 教師の11回目の社会の授業。
 教壇にいるのは、大きな瞳を閉じて、少しだけ微笑みを浮かべているような表情の教師。
 瞳を開き、生徒達全員の表情を確認してから、ゆっくりと話し始める。
 
「今日の授業は、何故、前世の僕が、僕をパワハラ死させたあのファミレスの会社から逃げ出せなかったかについて話します。僕も他の労働者も、あんな会社はとっとと辞めるのが一番なのです。しかし、それができない人達がいる、これが今の社会なのです」と教師が言う。
 
「・・・・・前世の僕は転職、今勤めている会社を辞めて他の会社に勤めること、これがとても多かった。あの会社に入るまでに6回も転職しているのです。つまりあの会社が7社目、そしてあの会社から逃げ出そうとすれば7回目の転職が必要なのです。しかし、今の社会では・・・・・」
「・・・・・その転職は全部・・・・・やはり・・・・・パワハラが原因なのですか?」と文香が冷ややかな皮肉混じりの笑顔で訊く。
「先生には、やっぱり、そういう引き寄せ力が、あるのかなぁ?」と愛鐘が亜麻色の長い髪に指を通しながら優しい笑顔で言う。
「うー・・・・・そういうヤバイ会社ガチャに・・・・・7連続で当たり?」と優太が訊く。
「まあ、アトムってのは、そういう生き物だよな・・・・・次があってもきっと・・・・・」とニヤニヤした冬司が言う。
「パラノ野郎!引きつよつよつよ、引きつよつよ。引きつよつよつよ、引きつよつよ」と黒目と両方の肩を交互に上下させ、大声で小さなヒヨコ達が歩くように言う鳥居。
 
 首を90度にかしげ、目を細めて笑いながら深い溜息をつく教師。
 
「・・・・・さすがに違うのです。最初と6回目の転職はパワハラも一因となっていますが、あの会社で受けた程ではないですし、他の転職は違います。それに、最後の会社以外はそんなにヤバイ会社ではなかったのです」
「うー・・・・・じゃあ、なんで、そんなに会社変えた?」と優太が訊く。
「・・・・・前世の僕には、すごく内気で繊細なところがあって、同じ人間関係が何年も続くととても気が重くなってしまう、心の中に何かドロドロしたものが溜まってよどんでしまい、逃げ出したくなってしまうのです。それで、子供のような大人だったので、本当にそうしてしまう・・・・・」
「先生との関係はまだ2か月ですが、既にとても気が重いです。心の中がドロドロなのです」と文香が黒縁眼鏡の奥の瞳を虚ろにさせて言う。
「そう?・・・・・もっとリラックスして、楽に聴いてもらえれば良いのですが・・・・・」
「・・・・・そうすると何をされるか分かったものではないのです」と文香がとげのある声で言う。
「ははははは・・・・・それから、何かもっと自分に向いた仕事、好きになれる仕事があるんじゃないか、今の仕事は何か違うんじゃないかと、いつも思っていたのです。そういう思いも転職を繰り返した理由です。何年かある会社で働くと、何かが違うと思って、他の世界を覗いてみたくなる・・・・・まあ、何の計画も持たず、いい年をして無邪気にフラフラしていたと言われれば、その通りなのですが・・・・・」
「うー・・・・・現世のアトム先生はどうなの?」と優太が訊く。
「現世はずっと教師ですよ。転職したことはないのです」
「・・・・・今からでも他の世界を覗きに行った方が、視野も広がるかと・・・・・」と文香が言う。
「僕は教師になりたいと思って転生してきたので、他の職業に就くことは考えたこともない・・・・・これも転生条件の一つなのかもしれませんが・・・・・」
「・・・・・なんて迷惑な条件・・・・・でも転任はできるのですよね?」
「・・・・・まだこの学校に転任してきたばかりなのですが・・・・・それで、前世の僕は6回転職しているのです。そして、あの会社から逃げ出そうとするなら、7回目の転職をしないといけない。だけど、これはかなり難しいのです。
 それは、今の社会では、会社がある労働者を雇う、採用するかどうか決める際に、転職回数が多いほど安定しない人、長続きしない人、あるいはどこか問題のある人と評価され、採用してもらえないからなのです。そして7回という数字は、今の社会の一般的な許容限度を大きく超えているのです。
 更に、僕はもうすぐ四十歳になるところで、年齢的にも転職が厳しくなっていました。それは、多くの会社が、四十代、五十代の労働者より、二十代、三十代の労働者を採用したいからです。若い労働者の方が柔軟に環境に適応する力があるし、体力もある。定年までの期間も長く、長い間会社に勤めてくれる可能性もあるからです。四十代、五十代というだけで採用してくれない会社もたくさんあるのです。
 しかも、前世の僕には専門的な技術や能力が何もなかったのです。思うままに色々な業界に転職を繰り返した結果、誰にでもすぐ身につくような浅いスキルしか持ち合わせていなかった。つまり技能の面でも、雇う側にとって価値の低い、魅力のない労働者だったのです」
 
 教師が淡々と授業を続ける。
 
「そして、僕があのファミレスの会社でひどいパワハラを受け始めたのは入社後2か月が過ぎた頃です。ここで転職しようとすれば、僕は前の会社で2か月しか持たなかった人というということになります。そうなるといよいよ長続きしない我慢できない人、どこかに問題がある人と受け取られてしまうのです。
 そして、2か月で前の会社を辞めざるを得ない理由を説明し、理解してもらおうと思えば、理屈の上では、いかにひどいパワハラがあったかを訴えなければなりません。でもおそらく、これをやればやるほど、逆に僕の能力や性格に問題があった、あるいは、なんでも人のせいする性格だと受け取られてしまうのです」
 
「・・・・・まあ、採用の面接であんな異常な話をする人では・・・・・」と文香が言う。
「・・・・・話はゾクゾクして面白いけど・・・・・まあ、ヤバイ奴には関わらない方が無難だな」と冬司がゴツゴツした指で褐色の顎をなでながら言う。
 
「ええ、そうなってしまうのです・・・・・それで、前世の僕は、6回目の転職もかなり苦戦したのです。ほとんど書類選考の段階で落ちる、面接まで進んでもことごとく落ちる。前の会社はパワハラが嫌で既に辞めていましたから、何ヶ月も無職で、少ない貯金もなくなりかけていた。不採用通知を受け取るたびに、これから僕はどうなってしまうんだろうと不安でたまらなかった。それで、もう正社員は無理かなと落ち込みながらも応募を続けていたら、1社だけ、正社員として採用してくれた会社があった。それがあのサイコ社長の会社だったのです・・・・・今思えば、物事には必ず相応の理由があるという話なのですが・・・・・そして、そこから更に2か月で7回目の転職しようとしたらどうなる・・・・・正社員はまず無理、そうなると派遣社員か、いよいよアルバイトしかない・・・・・前世の僕は、そのことが怖くてたまらなかったのです」
 
「うー・・・・・正社員と派遣社員は、どう違う?」と優太が訊く。
 
「派遣社員は、一時的に必要な仕事や正社員にさせるほどでもない仕事をさせるために、会社が派遣会社を通じて雇う労働者です。派遣会社に登録している労働者を、派遣会社から会社に派遣してもらい働かせる、会社は派遣会社に派遣料を払い、このうち派遣会社の取り分を除いたものが派遣会社から労働者に給料として払われる、という仕組みなのです。一方、正社員は会社が直接雇うのです。
 それで、派遣社員の給料は、正社員と比べ、低いのです。派遣社員の給料は時給制がほとんどで、ゴールデンウィーク等で会社が休暇になれば、その時期は給料がないのです。正社員は月給制なので、こういうことはないのです。
 また、会社のビジネスが不調で利益が出なくなった時に、最初にクビにされるのが派遣社員なのです。会社と派遣会社との間で決めた数か月の派遣期間が終われば、会社は派遣社員を切ることができる。そして、切られた派遣社員は、次の派遣先の会社が見つかるまでは、給料がない。言わば、都合の良い調整弁とされてしまうような労働者なのです。正社員はもっと安定しているのです」
 
「・・・・・そう、それで当時は、あのサイコ社長の会社が、僕を正社員として雇ってくれる最後の会社だと思い込んでいたのです。この会社で踏みとどまらなければ、どこまでも転がり落ちて行ってしまう、やがては社会からはじき出されてしまうという強迫観念があった・・・・・それで我慢していたら結局ああなってしまいましたが・・・・・今思うと、勇気を持ってもう一度転職しようとしてみれば良かったのですが・・・・・」
 
「うー・・・・・転職は・・・・・ヤバイ?」と優太がもそもそと訊く。
 
「いや、そうではないのです。前世の僕のように無計画に転職を繰り返すのは良くないですが、きちんとした転職には素晴らしい面が沢山ある。今とは違う会社で働くことで、自分の持っている技術や能力を高めたり、新しい技能や知識、広い視野で物事を捉え考える能力を獲得できる。それにより、労働者としての自分の価値を高めることができる。今の会社では希望してもできない仕事を任される可能性もあるし、より自分に向いた仕事に出会える可能性もある。転職により給料が増えたり、長時間労働から解放される可能性もあるし、パワハラから逃げ出せる可能性もある。転職は労働者にとって、前向きなチャレンジなのです。
 もちろんチャレンジですからリスクもあって、うまく行かないこともあります・・・・・でも、そういうチャレンジは、何度でも認められるべきだと思うのです。しかし、今の社会では、転職回数が多いだけで問題がある人と決めつけられてしまい、チャレンジできる回数は限られてしまうのです」
 
 一呼吸置いてから、教師が授業を続ける。
 
「どうしてそういう決めつけをしてくるのか、と言えば、理由はいくつもあります。
 まず、30年位前、1990年代前半位までは、多くの労働者が、一部の有名な大きな会社に入り、そこで当時の定年である六十歳まで勤めることが最も有利な選択だと考えていたからです。その頃までは、一部の大きな会社に入れれば毎年、歳をとる毎に給料は一応上がっていったし、六十歳までクビにされず雇ってもらえたのです。日本の大きな会社が成長を続けていて、利益もたくさん出たから、そういうことができた時代だった。そして、そういう大きな会社に入れない人達や、大きな会社以外の会社も、それに倣い、それに近づこうとした。そうなれると思った。そういう幻想が社会を覆っていた時代なのです。その時代には、自ら転職する人は少数派、社会の多数派に同調しない異端、信じられないヤツだったのです。
 ただ、同じ会社に六十歳まで勤め続けるというのは、息が詰まる、とても苦しいものでした。入社した会社が自分に合ってなかったり、仕事が自分に向いてなかったとしても、リセットする訳にはいかない。ひどい社長や上司との人間関係が何十年も続き、媚びへつらい続けないといけない。本当に心の中がドロドロになってくるのです。そして彼らも長時間労働を強いられ、悪意と暴力にさらされていた。そんな中で、必死に我慢を重ねて六十歳というゴールまで辿り着こうとしていたのです。そして、そうやって必死に我慢する自分を肯定するために、彼らは転職する人を否定する必要があった。転職する人を我慢の出来ない落ちこぼれだと見下して、死にそうな思いで我慢をしている自分を正当化したのです。
 そして、このような時代に社会に出た昭和のおじさん達、さらにそのおじさん達に影響を受けたその下の世代の人達の中には、当時の価値観が今も残っていて、自ら転職する人に否定的なのです」
 
「また、転職はチャレンジであり、チャレンジには必ずリスクが伴います。例えば、転職先に嫌な上司がいたり、長時間労働やパワハラがあるかもしれない。それは実際に転職先の会社に入ってみないと分からない、リスクなのです。そして多くの人は、リスクがあると途端に動けなくなる。勇気を持って、リスクを取って、より良くなるために行動することが苦手なのです。だから、今の会社がひどい会社でも、さらにひどくなることを恐れて、今の会社に残る。給料が安くても、長時間労働やパワハラがあっても、我慢してそこに残る人が多いのです。そして彼らも、必死に我慢して今の会社に残る自分を肯定するために、転職する人を否定的に捉えるのです。あるいは、自分には出来ないことをしてしまう人へのやっかみなのかもしれません。
 そして、このように安い給料や長時間労働を我慢して会社に残る労働者は、株主や社長にとってとても都合が良いのです。だから株主や社長は彼らを褒めたたえるし、株主や社長も転職には否定的なのです。
 そして、このような転職に否定的な人が多数を占める社会では、転職回数の多い人や短期間のうちに転職を繰り返している人は、そのことだけで、彼らが形成しようとしている同質的な、我慢を肯定する社会に不適合な人間、問題のある人と評価されてしまうのです」
 
 教師が深呼吸をした後、少し微笑みながら授業を続ける。
 
「ただ、今の二十代、三十代の人達には、転職を肯定的に捉える人、そして実際に何回も転職する人が増えています。転職を、自分の技術や能力を高め、広い見識を養い、労働者としての自分の価値を高めるための手段と考える人が増えています。また、ひどい会社や自分に合わない会社はすぐ辞める、我慢しない人が増えています。
 これは希望なのです。こういう人達が社会の多数派となれば、社会は変わって行きます。転職回数が多いだけで問題がある人という決めつけはされなくなる。
 自分の価値を高め、より良い待遇を得るために何度も転職することは当然であるという価値観が労働者の間に共有されるし、ひどい会社や自分に向かない会社をとっとと辞めるのは当然であり、無意味な我慢はすべきでない、という価値観が共有されて行くのです。
 そして、労働者どうしが転職回数の多い人を排除しなくなることで、自分の転職回数が多くなったときにも排除されなくなる。そのような労働者間の暗黙の約束が社会に形成されて行くのです」
 
「うー・・・・・よくわかんないけど・・・・・転職は、できた方がいい・・・・・でないと、ヤバイ会社ガチャで当たったら大変」と優太が言う。
 
「ええ、そうなのです。それから、今の若い人達の中には、生涯に渡って何回も転職を重ねたいと思う人も出てきています。若いうちにスキルアップのために何回か転職し、その後は自分に合った会社を探して腰を落ち着ける、というのではなく、自分の技能を高め続け、より良い待遇を得るために生涯に渡って転職を続ける、そういう生き方をしたい人達です。おじさんになってからも何回も転職するのです。
 そして、このような生涯に渡って何回も転職したいという人達が社会の多数派になったら、社会はどうなるでしょうか・・・・・」
 
 大きな瞳を輝かせて、熱い口調で授業を続ける教師。
 
「それは、誰もが、当たり前に転職を繰り返す社会です・・・・・それは、誰もが一つの場所に留まらず、より良い場所を、新しい体験を求めて何度でも旅に出る、冒険的な社会なのです・・・・・それは、誰もがいつもフレッシュな気持ちでいる、躍動的な社会なのです。
 そこでは、転職回数の多さは長続きしない人、問題のある人という否定的な評価ではなく、多彩で深い技能と経験、広い視野と多角的な思考力を持つ人、そして、それらを活かして創造的な仕事をする可能性のある人という肯定的な評価につながるのです」と歌い上げるように言う教師。
「・・・・・でも、前世の先生みたいなテキトーに転職を繰り返す人は別ではないかと・・・・・」と目を細めた文香が言う。
「・・・・・いや、もちろんあんな風では駄目ですよ。労働者の誰もが、もっと真剣に自分の技術や能力と向かい合い、自分の技能がいくらで売れるかを考え、技能を高めていくのです」
「・・・・・でも、労働者を雇う社長からしたら、転職しないで長く勤めてくれる人の方が便利だし、頼れるし、会社のことも良く知ってるし・・・・・結局はそういう人が重宝されて、給料もそういう人にたくさん払うのではないですか?」
「確かに長く勤めてくれる人も必要です。そうしたい人もいるでしょう。それは、そうすれば良いのです。でも、長期間勤めたことで、その会社のことしか知らず、同じような考えになってしまった人達だけでは、ビジネスのための新しいアイデアが生まれにくいのです。そこに、色々な会社を経験した人を交えることで、創造的な発想が生まれたり、その会社の改善すべき点が分かる。それが利益につながるのです」
 
 更に熱い口調で語り続ける教師。
 
「・・・・・そして、給料は、誰にとっても上がる可能性がある。転職を引き止めるために、他社より給料を高くしなければならないし、転職活動中の人を採用するためにも、他社よりも給料を高くしなければならない。誰もがどんどん転職する社会では、そうしなければ、労働者は他の会社に取られてしまうのです。労働者を獲得するための給料の引上げ競争が社会中で起きるのです」
「・・・・・本当なのですか?」と文香が怪訝な表情で訊く。
「ええ、本当なのです。そして、誰もが転職を繰り返す社会では、株主や社長は、労働者を尊重し、大切にせざるを得ない。そうしなければ、労働者はより有利な条件を求めてどんどん去ってしまうからです。労働者には、常に行き場があるのです。だから、労働者を踏みにじるようなサイコ社長の会社には、労働者が誰もいなくなり、こういう会社は自然に淘汰され、無くなってしまうのです」
「・・・・・本当に、ですか?誰もが転職するようになっても、結局、行き場のない人がたどり着く、終着駅のようなひどい会社は残るのではないですか?」
「・・・・・でも、そういう会社の数は減るはずです。勤めさせて頂くのではなく、勤めて頂く、そういう社会が来るのです」
 
「・・・・・そんなに上手く、行くのかなぁ?」と愛鐘が大きな瑞々しい瞳で微笑みながら訊く。
「ええ、大丈夫です」と明るい笑顔で自信満々に答える教師。
「・・・・・あ!・・・・・みんな、来世の先生の話、覚えてる?」と文香が周りを見回し早口で言う。
「うー・・・・・あの、ロボ軍団のヤツ?・・・・・アトム先生が予言者だった?」と優太が言う。
「それ。人類は勝てるっていう先生の予言で人類がロボ軍団と戦争するんだけど、予言は大嘘のハッタリだったって・・・・・」と文香が言う。
「うー・・・・・今のも・・・・・大ウソ?」と優太がのそのそと言う。
「・・・・・それで結局、戦争で人類の半分が死んじゃったって・・・・・」と文香が続ける。
「・・・・・アトムの話を真に受けてたら・・・・・人類の半数が・・・・・失業する?」と冬司が乾いた声で言う。
「パラノ野郎!・・・・・迫り来るのは・・・・・うああああああああーっ!」と大声で言い、プールに飛び込む真似をする鳥居。
「転職しまくるだけで給料が上がるわけがない。直ぐ辞めてくヤツに高い給料を払う理由がない、逆に使い捨てだ」と颯太が冷たく言う。
 
「それにお前の言う、誰もが転職を繰り返すことのできる社会になったら、結局は労働者がクビにされやすくなる、リストラが容易になるんじゃないのか?日本の経営者は、給料が高い割にパッとしない中高年の労働者をリストラしたくてたまらないんだろ?」と虚ろな瞳の颯太が続ける。
「・・・・・それは違うと思います。リストラは、転職を繰り返す社会を加速させる要因になる。でもその逆、転職を繰り返す社会の実現がリストラを招くことはないと思います。転職しやすい社会になろうがなるまいが、会社は利益のために必要と判断すれば労働者をリストラするのです」
「・・・・・本当にそうか?お前の言うような中高年の誰もが容易に転職できる社会が実現したなら、リストラされた中高年にも一応、行き場がある。そうなれば経営者は、そして社会全体も、リストラに抵抗感を持たなくなるんじゃないか?日本を代表する大企業の経営者たちが、中高年のリストラに何の抵抗感も持たなくなったらどうなる?」
「そんな極端な行動には出ないと思いますが・・・・・ただ、もし私達の多くが転職を繰り返す社会を求め、それが実現した結果、大きな会社の社長たちがそう動くなら・・・・・その時は、中高年の労働者達は、とっとと新天地に羽ばたいて行けば良いのだと思います」と静かな笑顔で言う教師。
 
「・・・・・どこまでもパラノイアだな」と端正で冷たい瞳を動かさずに、馬鹿にしたような口調で颯太が言う。


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