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「涙雨」~雨に濡れた紫陽花が紡ぐ物語~

 紫陽花の季節になりました。花言葉は「移り気」「心変わり」だと一般的には言われていますが、「ひたむきな愛情」だと解釈する人もいます。

 紫陽花を西洋に紹介したシーボルトと、彼の妻だった「お滝」との短い結婚生活に由来するそうです。別れても、彼をひたむきに愛したお滝の姿から生まれた花言葉なのでしょう。

 「ひたむきな愛情」といえば、以前に読んだ浅田次郎の「ラブ・レター」という小説を想い出します。中国人女性(パイラン)と偽装結婚をした男性が、戸籍上の妻が亡くなった場所を訪れる物語です。彼女と会ったのは、入国審査の時だけでした。

 男性は新宿にある裏ビデオ店の雇われ店長でした。パイランは彼の素性を何も知らないまま、バーでの過酷な仕事を続けます。孤独な彼女を支えたのは、生活を共にしたことのない男性の存在だったのです。遺品の中に、死の床で綴った男性宛の手紙がありました。

「私が死んだら、吾郎さん会いに来てくれますか。もし会えたなら、お願いひとつだけ。私を吾郎さんのお墓に入れてくれますか。吾郎さんのお嫁さんのまま死んでもいいですか」
彼への感謝とひたむきな思いが溢れた文面に、男性は号泣してしまいます。

「吾郎さんのおかげで仕事たくさんしました。お金たくさん送りました。死ぬのこわいけど痛いけどくるしいけどがまんします。……吾郎さんの写真見ながら泣いてます。いつもそうなのだけど、やさしい吾郎さんの写真見ると涙が出ます。悲しいのつらいのではなく、ありがとうで涙出ます。」

 パイランのひたむきな思いに心を動かされた男性が、彼女の遺骨を抱いて故郷に帰る場面で小説は終わります。雨に濡れた紫陽花は、お滝やパイランの一途な思いを彷彿させます。「涙雨」という言葉をふと想い出してしまいました。


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