中島敦の「宇宙論」・・「セトナ 皇子」「狼疾記」(閲覧注意)
中島敦(1909-1942) 33歳で夭折。『山月記』『李陵』が有名でしょうか。
『セトナ 皇子( 仮題)』という小さな作品があります。特に注目する個所を箇条書きします。
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1) 古書 を 拡げ て いる 中 に、 ひょいと 或 る 不安 が 彼 の 心 を 掠め た。
2) 彼 は たしか、 最初 の 神 ラー の 未だ 生れ ない 以前 の こと を 読み、 且つ 考え て い た。 ラー は 何処 から 生れ た か? ラー は 太初 の 混沌 ヌー から 生れ た。 ヌー とは、 光 も 陰 も ない、 一面 の どろどろ で ある。 それでは ヌー は 何 から 生れ た か。 何 からも 生れ は せ ぬ。 初め から 在っ た ので ある。・・初め に ヌー が 何故 あっ た か? 無く ても 一向 差支え なかっ た のでは ない かと。
3) 何 を 馬鹿馬鹿しい、 と はじめ は 嗤 い 棄てよ う と し た セトナ 王子 も、 暫く 考え て いる 中 に、 この 疑問 が 決して 馬鹿 に なら ない のに 気 が つい た。 馬鹿 に なら ない どころか、 この 疑 は、 春 の 沼辺 の 水草 の 根 の 様 に、 見る 見る、 彼 の 心 の 中 に 根 を 張り 枝 を 伸ばし て 行く。 世界 開闢 説 について ばかりでは ない。 日常 目 に する 凡て の こと に、 この 疑い が、 からみつく。
4) 何故 在っ た か。 無く ても 良かっ た ろう に。 何故 在る か、 無く ても 良い だろ う に。
5) 以後、 王子 は 何事 をも いわ ず、 何事 をも 行わ ず、 蝋 の 木偶 の よう に なっ て 一生 を 終っ た。
6) 死ぬ 迄 の 間 に 彼 の し た こと は、 たった 一つ。 それ は、 頭 に 火皿 を のせ、 手 に 二股 の 杖 を つい て、 その 書物 を ネフェルカプター の 墓所 へ 返し て 行っ た こと で ある。
7) 墓所 の 入口 の 扉 を 閉め た 時、 彼 は、 後 の 世 の 人々 が この 書物 によって 再び、 不幸 に 陥る こと が あっ ては いけ ない と 思っ た。 彼 は 扉 の とじ 目 に 魔法 の 封 を し た 上、 或 る 呪文 によって その 墓 の 入口 が 全然 人目 に つか ない よう に 変え て 了 っ た。
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このテーマの参考になる別の作品『狼疾記』の一節を引用します。
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8) 自分は死んでも地球や宇宙は此の儘に続くものとしてこそ安心して、人間の一人として死んで行ける。それが、今、先生の言うようでは、自分達の生れて来たことも、人間というものも、宇宙というものも、何の意味もないではないか。本当に、何のために自分は生れて来たんだ? それから暫く、彼は――十一歳の三造は、神経衰弱のようになって了った。
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世界 開闢 説 3) に関するセトナ皇子の疑問は:
a) (世界 開闢は) 何故 在っ た か。 ..4)
b) (世界 開闢は) 無く ても 良かっ た ろう に。 ..4)
c) (この疑問は) 人々 が不幸 に 陥る ..7)
三造の疑問は:
d) 人間が生れて来た意味は? (生れて来たことに何の意味もない)
e) 人間の意味は? (人間に何の意味もない)
f) 宇宙の意味は? (宇宙に何の意味もない)
g) 何のために自分は生れて来たんだ?
現代風にアレンジすると:
a) 宇宙誕生の理由は何か?
b) 宇宙誕生がなくてもよかったろうに!
c) この疑問は人間を不幸にする。
d) 人類誕生の意味は何か?
e) 人間の意味は何か?
f) 宇宙の意味は何か?
g) 自分は何のために生まれたのか?
このように整理すると、これらの疑問は、現代物理学「宇宙論」とも重なるのではないでしょうか。それと、思索する人間、"φιλόσοφος" 「フィロソフォス」(「哲学者」)を問う疑問でもあるのではないでしょうか。
中島敦の「宇宙」が、とても魅力的に思えてきます。
わたしは、中島敦の「宇宙」から、ソクラテス以前の哲学者たちを想起させられます。特に、パルメニデスを。
21.Nov.24 あまりにもあいまいな-レジリエンシ