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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #53 『ほりだしもの めでたき御代のおはなし』金子光晴

PARK GALLERY が発信するカルチャーの「本」担当。2024年の夏、地元・長崎で古書店を開業したパークスタッフ秋光つぐみが、PARK GALLERY へ訪れるみなさんに向けて毎週一冊の「本」を紹介する『わたしのつれづれ読書録』。
本とは出会い。
長崎から、パークに想いを馳せながら、誰かの素敵な出会いのきっかけになる一冊を紹介していきます。

2024年10月31日の一冊
「ほりだしもの めでたき御代のおはなし」金子光晴(大和書房)

平成生まれの私にとって、明治・大正・昭和の時代は、ほんのちょっとだけ昔であり、生きてこの目で見ることはなかった幻想の世界のように捉えられる。昭和は祖父母や親世代が生まれて生きた時代だし「昔はこうだった」的な話を聞くこともよくある。明治や大正となると、時代劇やドキュメントなど再現映像や記録映像によって与えられるイメージが大体を占めることになる。

しかしここは古本屋業、今日この日まで生存確認された ”印刷物” によってその時代の奥行きを知ることだって可能なのである。夢があるとは思わないかね‥?(伊丹十三風に)

今日の一冊は、明治に生まれ、大正・昭和を生きた詩人・金子光晴による随筆『ほりだしもの めでたき御代のおはなし』。

「女学生」「一口噺」「五島ばなし」「貧談」「京都の寄席」‥と続くおはなしは、落語のように目まぐるしい展開、滑稽な人間模様、呆れながらも笑みの溢れる大胆なオチが、それぞれ鮮やかに決め込まれていて、思わず「人間てオモシロイ」とため息まじりに漏れ出してしまう。

本書は金子氏の晩年、1975年に刊行された。

明治、大正、昭和とこれまで生きてきた時間の中で出会った友人、知人、行きずりの人々のドラマティックな人間模様や、艶かしい色恋沙汰を面白おかしく描いている。

その登場人物たちは変わり者も多く、そんな人物が現実に居るとは‥その周囲でこんなことが起こるとは‥などと、なかなかに信じ難いことばかりだが、金子氏がいわゆる「持ってる」というか、引き寄せるものがあったのだろう。

笑い話と捉えられるものもあるが、決して馬鹿にしているということはなく、彼らに対するやわらかな愛情のしたためられた、”思い出ばなし” といったところだ。

さまざまな人間がいて「普通」の人間なんて一人もいない。一人ひとりにそれぞれの喜劇や悲劇がある。

どんな人にもその場の立ち振る舞いだけには現れない裏側の事情を抱えながら生きている。はたまた、その全てが目にみえるかたちに徐に出てしまう者もいる。

そんな人物たちを観察し、物事の成り行きを見届け、巧みに ”おはなし” として書き上げた。そんな金子氏の愉快な人柄と、作家としての見事な手腕を味わうことができるのだ。

また、私が気になるのはやはりこの ”おはなし” の舞台背景、時代背景だ。明治から昭和。私の知らない世界。

女学生の衣服が袴から水平服に変わる、親が決めた許嫁がいる、女遊びのため五島という未知の島へ出向く、無一文で巴里を彷徨う、友と遊郭へ出かける、旅廻りの浪曲師を見に芝居小屋へ行く‥など

人々の職業や、生活習慣、風土、文化など、現代と比べた民俗的な変化も楽しむことができる。そういった時代の違いがあるにも関わらず、結局人間の本質的な部分にはあまり違いがなくて、その滑稽さや愉快さにグッとくるものがあるのかもしれない。

この時代を生きた人間の描くリアリティが、なんとなく現代にも繋がってくる。

一項読み進めることに、明治・大正・昭和を往来し、時代の風習を嗅ぎながら、どこか現実味のある “人間くささ” にも反応してしまう、金子光晴のマジックにかかってしまう一冊だ。

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秋光つぐみ

古書堂 うきよい 店主。
グラフィックデザイナーなど。
2022年 夏からPARK GALLERY に木曜のお店番スタッフとして勤務、連載『私のつれづれ読書録』スタート。2024年 4月にパークの木曜レギュラー・古本修行を卒業、活動拠点を地元の長崎に移し、この夏、古書店を開業。パークギャラリーでは「本の人」として活動中。
【Instagram】@ukiyoi_inn

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