『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #52 『九つの物語』 長谷川四郎 / 安野光雅
2024年10月23日の一冊
「九つの物語」長谷川四郎 作 / 安野光雅 画(青土社)
かねてより目標としていた古書店の開業を、今年の夏に果たしてもうすぐ3か月が経つ。この3か月は、長崎、熊本、博多、北九州と九州各所の業者市へ出向き、仕入れに奮闘している。
自分の好きな・興味のある作品・作家・ジャンルの本にアンテナを張り、「売りたい」「売れる」「売れるまでに時間がかかっても置いておきたい」など、一冊一冊の本に対してそれぞれの想いを膨らませながら、品物と向き合い、仕入れている。そうした下積みを少しずつ重ね『古書堂 うきよい』としての世界を構築していきたいと考えている。
しかし日々たくさんの本に触れているものの、じっくりと文字や絵に触れ、一冊を読破するという時間は圧倒的になくなってしまった。この連載があるからこそ、かろうじて「毎週一冊」本と向き合う時間が意識的に確保され、保たれている。筆者がそんな状態なのに、本を読むことを進めるなんて傲慢だ、そう思われても仕方がない。私もそう思う。
けれども、一週間のうちのこの時間があることで、私にとっては暮しのバランスが守られている。本を捲る、眺める、読む。この行動が、他の何にも代えられない唯一無二のものであることを毎度確かめさせられるからだ。
ほんの一時間強ほどの時間があれば、たった ”九つの物語” を読むことに費やしてもいいのかもしれない。そういった日常の中に存在する限られた “自分の時間” を”許してみる” ことが、日常から少し離れた新しい世界に連れて行ってもらうきっかけとなる。
今日の一冊は、長谷川四郎による『九つの物語』。
私はまずこの本の装幀に心をとらわれた。和風呂敷のような渋みの深い総柄が広がる中に、ラベルを貼り付けたようにレイアウトされたメインイラスト。タイトルとイラストレーションが組み込まれた小さな四角形の中に描かれた、葉・月・鳥・虎。欧風とも和風ともとれる異国情緒の滲み出すデザインは安野光雅によるもの。
やや正方形に近い比率で型取られた20センチほどのサイズ感は、机の上にまっすぐに広げて読んでみたくなる贅沢感を帯びている。
本を読むとは、こういう贅沢を味わうことでもあるのだと、体感する。
1ページ捲ることに、扉を開けて物語の世界の入り口に足を踏み入れる、そんな想像が湧く。
ほかの誰にも見えない白鳥湖を見ることができる少年、枯れ果てた竹を救うよう促すくろんぼのかぐや姫、死の灰を生の粉へと変えるはなさかじいさん‥少し不思議な登場人物たちが繰り広げる、シュールでファンタスティックな世界が描かれる。
それらは決して豪華絢爛なファンタジーではなく、我々の日常にもひょっとすると現れるかもしれない物語。はたまた、今も昔も変わらない世の中の無情を風刺した厳しいメッセージであるかもしれない。読者によって、どんな解釈が生まれるかもそれぞれ異なってくることが予想でき、またそれも興味深い。
人はみな、何者でもない自分に還り、なんでもない、意味のない時間を過ごすことがあってもよい。それは大きな自然を目の当たりにした瞬間にどうしようもなく訪れるかもしれないし、ふと孤独を感じ全てから手を離した瞬間に立ち現れるかもしれない。
例えば週に一度の本を読む時間があることで、そういった余白をいつでも心に宿すことができるのだぞ、と己に語り続けられるような気がする。
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